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人間に子供が産まれなくなった未来を描き出す、森博嗣によるSFシリーズ、ついに完結!──Wシリーズ

人間のように泣いたのか? Did She Cry Humanly? (講談社タイガ)

人間のように泣いたのか? Did She Cry Humanly? (講談社タイガ)

森博嗣による、人間による子供がほとんど生まれなくなり、人工知能などの電子知性が人間を遥かに上回る能力を発揮しはじめたばかりの状況を研究者の視点で描き出すWシリーズが先日出た第十作目『人間のように泣いたのか?』でついに完結。

この記事では完結ということでざっくりシリーズへの総評的なものをして置こうと思うが、まずなにをおいても素晴らしいSF作品であったというところは最初に書いておきたいところだ。特に、高度な人工知能、ロボットが当たり前に存在し、人々の寿命が飛躍的に世界はどのような社会をとるのか──意思決定、政治の在り方・戦争、研究手法などなど──といった描写は、10作ものシリーズ物であるから世界各地の細かい部分まで含めて描かれ、議論されており素晴らしいポイントの一つ。

研究者を主人公に据え、理屈を通して未来社会を描き出していくやり方についてもスマートであり、これまでのシリーズ読者向けの世界観の繋がりなど、要所要所で幾つもの驚きが用意されていて、シリーズ通読者向け/これから読む人へのファン・サービスもたっぷり。一言でいえば、とにかくすべてが楽しいシリーズだった。

世界観とか

舞台となっている時代は現代より数世紀あと。人間は細胞を入れ替えることによって寿命を飛躍的に伸ばしており、シリーズ読者には耳覚えがあるであろう「ウォーカロン」と呼ばれる、人工的に作られ、人間と見分けのつかない有機生命体が数多く存在している。なぜか人間が子供を産めなくなったことによって、相対的なウォーカロンの数は増えつつあり、人間自身も自分たちの身体をメカニカルなもの、人工的なものに置き換えつつあるこの世界は、人間と非人間、生と死の境界が揺らぎ続けている。

シリーズ第一作の『彼女は一人で歩くのか?』では、そんな世界にあって、識別し難いウォーカロンと人間を高い精度で判別できる解析方法を構築しつつある研究者ハギリの視点を通して、この世界の状況が断片的に描かれていく。彼の研究はウォーカロンと人間を区別する。それはすなわち「人間とはなにか、その特異性とは」を明らかにするものだが、彼の研究を嫌がる勢力もあり、その生命を狙われることになる。

ゆるやかな世代交代を描き出していく

ハギリは自身の研究者としての仕事や、あるいは政府機関の要請によってウォーカロンと人間に関わる場所へ世界中とんでいって、それが物語の起点となるわけだけれども、その過程で多くの人工知能や電子知性がこの世界に存在することを目にする(あるいは、ハギリ自身がそれらを目覚めさせ、社会と結びつける)ことになる。

各巻には明確にテーマや問いかけ、たとえばウォーカロンから生まれた固体は、人間なのかウォーカロンなのか? であったり、人間を遥かに超越した演算能力を持った超高度AIの裏を書くにはどうしたらいいのか? がある。かなり細かく入り組んだテーマや議論が設定されていることもあるが、これについては、まだ人間はその支配的な立場をウォーカロンにも人工知能にも明け渡していないが、これから先はおそらくはそうではないだろう、次第に世界の支配権は人間ではない別種の知性へと(それが人工知能なのか、人間やウォーカロンが自身を改変した結果としての知性なのか、それらが融合したものなのか)明け渡されていくだろうという見通しがみえる、ゆるやかな世代交代の渦中の時代設定だからこその細かく複雑なテーマ設定でもある。

たとえば、シリーズが進むにつれて超高度なAIが世界に幾体も存在することがわかってくるのだが、それら超高度AIは所属勢力が明確にわかれており、”超高度AI同士の情報交換を認めるか否か”といった議論も必要になってくる。超高度AI同士は人間を遥かに超える知能を持っているので、そのやりとりを監視するのは不可能だ(データ量的にも)。チェック・アルゴリズムの構築も考えられるが、超高度AIによる偽装を見破るのは不可能だろう。だから議論は「彼らを信頼するのか、しないのか」という前世代のようなやりとりにまで戻ってしまうことも考えられる。

仮にAIからの提案をしりぞけて、それを受けて別の行動をとろうとしても、そうした反発の行動さえも予想され、気づかないうちにコントロールされている可能性があり──と考え始めるときりがない部分でもある。

はるかに超越した知性が跋扈する世界で

SFとして僕が最も興奮したのはこの人工知能周りの話で、ようは幾数体ものAIが考え、人間にはなんの予測もつかないほど先のことをシミュレートし、未来の危機に対して手を打ってくる場合、思考の遅い人間からすると「なぜか突然意味不明なことが起こった」みたいなカオスとしかいいようがない状況に陥ることがあるんだよね。

それがよく現れているのが完結巻『人間のように泣いたのか?』で、作中で起こっている事件の多くが読者と、登場人物の人間たちにはわからない。カオスな状況にみえる。でも、そこには未来を見据えた人工知能たちの思考が渦巻いている。わけのわからないことが起こっていることはわかるが、自分たちにはなぜそうなっているのか理屈がみえないので、ひたすらこうではないかと推論を重ねて行動するしかないのだ。

 人間には予想ができないほど先の未来を計算し、とても評価ができないほど複雑な要因を理由としてまとめ上げることが、人工知能ならば可能なのだ。演算結果の可能性を、彼らは確率で判断するだろう。危険なものを避け、不確定なものを遠ざけ、安心で安全な選択をする。それがときどき、人間には異様な行為、突拍子もない愚行に見えるかもしれない。

そうした状況下で人間は何をすればいいのか。ゆだねて、状況に流されていくのも一興だろう。あるいは、人工知能たちが確率を出しさえしないような突拍子もない行動を”発想”するなど、裏をかいたっていい。人工知能はいつでも人間(自分と)協調行動をとってくれるわけではないのだから。そして、それについて考えるのは「人間とはなんなのか」について考えることもであるし、同時にウォーカロン、人工知能の思考方法について考えることでもある。人工知能の演算結果は正しいようにみえるが、時にはそれが間違ったデータに基づいて間違った結論を出すこともあるのだから。

人間とは異なる思考法をする知性の在り方を推論し、なぜ彼らはこのような行動に出たのかをひたすら考えていくことには、ある種ミステリ的なおもしろさもある。

他シリーズとの関連について

さて、他シリーズとの関連として一番強いのはやはり『女王の百年密室』、『迷宮百年の睡魔』、『赤目姫の潮解』からなる〈百年シリーズ〉だろう。Wシリーズよりはだいぶ前の時代で、ウォーカロンの存在や一部登場人物が共通しており、ストーリーに絡んでくる。もちろん、それらは読んでないと楽しめないというものではない。どちらが先かはともかくとして、両方読むとおおなるほどと繋がりがみえてくる。

おわりに

人間とはなんなのか。それを問い続けたシリーズであったから、最終巻の情緒的なラストには思わずぐっときてしまった。いやあ、綺麗に、スマートに終わったものである。シリーズ全体を見渡してみても、ミステリ的な巻あり、戦闘が盛り上がる巻あり、世界中に飛び回り、ドラマチックな巻あり──で全部のせみたいな豪華さがある。森さんの全作品を読んでいるが、その中でも特別なシリーズになった。

十巻まとめ

Wシリーズ 全10冊合本版 (講談社タイガ)

Wシリーズ 全10冊合本版 (講談社タイガ)

シリーズ第九作(前作)

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