- 作者: 郝景芳,及川茜
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2019/03/21
- メディア: 単行本
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収録作は全七篇で、その中には「北京 折りたたみの都市」のように中国の社会階層を圧倒的な情景で紡ぎあげてみせる作品もあれば、お前は中国のバリントン・J・ベイリーかよと言いたくなるような大スケールな物語が展開する「弦の調べ」、死後の世界のような淡い世界へといってしまったひとりの男の混乱と愛を描く情感たっぷりな「生死のはざま」など多才にして多彩だなあという感想が浮かび上がってくる。基本的にはSF短篇集といっていいだろうが、幅広い読者に訴求する内容だろう。
ざっと紹介する。
というわけで七篇をざっと紹介していこう。一篇目は、貧富の差によって3つの空間に区切られた北京を、捕まることを覚悟の上で金の為に荷物を運ぶひとりの男の物語である「北京 折りたたみの都市」。これは一度前述のアンソロジーで読んでいるのだけれども、あちらはケン・リュウ訳の英語版からの重訳で、こちらは中国語からのそのまんまの邦訳という違いがある。話の筋としてはもちろん同一なわけだけれども、漢字の使い方などでけっこう読み手としては受けるイメージが違うものだ。
折りたたみの都市ってどういうこと? と最初疑問に思うが、この北京はしきりなどで階層と空間が分割されているのではなく、二四時間周期でスペースが回転し、高層ビルが合わさって立方体になるなど、動的に変化することを前提とした分割都市なのだ。『転換が始まった。二十四時間周期の間の時間で、世界が回転し始める。鉄筋コンクリートの合わさる音がひとつに重なってこ壊れたベルトコンベアーのようだ。高層ビルは合わさってひとつになり、折りたたまれて立方体になった。ネオン、店の看板、ベランダ、そして付属構造物はいずれも壁に吸収され、貼りついて建物の皮膚となった。構造はことごとく隙間にはまり込み、どんな小さな空間も残らなかった。』
第一空間に住むものは二四時間の生活時間をもらえ、休眠に入ると第二空間が朝六時から夜十時まで、その後貧民層である第三空間はよる十時から朝六時までの生活時間を享受し──といったかんじで分けられている。正直な話、「いくらなんでもそんな面倒なことやらんでええやろ」と思わんでもないが、とにかくその情景と貧富の差によって空間が完全に断絶しているという社会の描き方がおもしろい一篇である。
続くのは空から鋼鉄人と名付けられた異星生命体がやってきて地球をまたたく間に侵略している最中の物語である「弦の調べ」。おもしろいのが、この鋼鉄人がなぜか古い都市や芸術に関係する場所を破壊しないことで、それに気づいた人間は狂ったように古い文明の都を目指したり、芸術公演団体はわけもわからず防衛の責務を負わされ、子どもたちにヴァイオリンなどを習わせるのがブームになった──という世界状況である。鋼鉄人は目下のところ月に住んでおり、地球人の言語を理解するが彼らの言語を理解させるつもりはなく、ゆるやかといえるような速度で侵略を進めている。
結局鋼鉄人はすべてを破壊するつもりはないわけだから、おとなしく彼らの覆う空の下で暮らしていれば、なかなかの人生が送れないとも限らない。どうせ勝てないんだし。だが──という反転が素晴らしいのである。
しかしいつでもそれに甘んじることなく、現実から離れた最後の幻想を抱く者がいるものだ。
林先生は月を爆破しようと考えた。
な、な、なにーーー!! 爆破だとーーーー!! という感じだが、そう、爆破である。サイヤ人か亀仙人のじっちゃんとかがいれば爆破も簡単に可能かもしれないが、どうもこの世界にはそういう人たちは存在しない。では、どうやって? というところでここでもまた「音楽」が関わってくるのだが──、それが軌道エレベータとか関わって無茶苦茶なことになるのだが──、それはこの紹介では伏せておこう。続く「繁華を慕って」は「弦の調べ」を別側面から描いた短篇で、こちらも逸品。
「生死のはざま」は、男が、死後の世界のようなところで、抽象的な世界を放浪しながらかつて好きだった女性と、現在付き合っている、そこまで愛してはいないけど憎くもなく、醜くはないがうーん微妙、キープかなみたいな女の子の間で揺れ動くみたいな話で、個人的には何がおもしろいんだかピンとこなかった。中国の伝説とかも絡んでくるので、そのへんがわかればもっとぐっとくるのかもしれないが。
「山奥の療養院」は、中国での研究者&子持ちの親戚付き合いの披露とある自動応答プログラムが接続されていく世知辛い話だが、前段の研究者苦労話と後段のSF的アイディアの繋がりが弱く、こちらも僕にはおもしろさのわからん作品である。続く「孤独な病室」はまた病院もので、大脳紊乱性呼吸不全なる病気にまつわる物語。患者にはランダムに生成されるなにかを脳波機で直接脳に与えることで症状が収まるようなのだが、これが実は──という話で、現代社会に対する皮肉がきいている。
ラスト、「先延ばし症候群」は、締切が迫るもまったく書けず、ちょっと進めるとすーぐに休憩してネットみはじめて終わんねー終わんねーやべえよやべえよという誰にでも起こっているであろうアレに陥った主人公が宇宙の終わりにまで思いを馳せるショートショートで、まあくだらない話だがくだらなさがいいかんじの作品だ。
おわりに
個人的に首をかしげるものもあるが、非常に独創的で読み甲斐のある短篇集であることは確かである。ちなみに原書にはあと四篇あるらしいが、そっちも読んでみたかったなあ。なんかタイトルがどれもそそるんだよね。「宇宙劇場」、「最後の勇者」「ケレスの飛翔」などなど。宇宙劇場ってなんやねん。↓補足いただきました!
原書底本から省かれたうち1篇はこちらのアンソロジーで既訳。https://t.co/Hvpi0NMlfD
— 山岸真(P.N) (@ymgsm) 2019年3月31日
ほか3篇の紹介がこちらに。https://t.co/6jPg4dVuHxhttps://t.co/mJHmx8U18bhttps://t.co/B7Jb6Qw8AL
収録作選択について訳者の方のコメントがこちらのスレッドに。https://t.co/XZxVoRrL67 https://t.co/979JPMwHz9
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)
- 作者: 郝景芳,ケンリュウ,牧野千穂,中原尚哉,大谷真弓,鳴庭真人,古沢嘉通
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/02/20
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