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タイムループ&人格入れ替わり殺人ミステリ──『イヴリン嬢は七回殺される』

イヴリン嬢は七回殺される

イヴリン嬢は七回殺される

タイムループ物のミステリィとか完全に大好きなやつなので、この『イヴリン嬢は七回殺される』がそうであると知った時は(タイトルからしてそうだし)ワーイ! と即座に飛びついたわけだが、読んでみたらもっと複雑怪奇なべつの何かであった。

イングランドのでかい館を舞台に繰り広げられる仮面舞踏会、金銭的にも痴情のもつれ的な意味でもお互いにいろいろな恨みや因縁を持つ複雑な関係性を持った登場人物たち、そこで起こる一件の自殺事件──舞台及び演出自体はこってこってな本作だけれども、とにかくその裏側に流れるルールが複雑なのだ! 主人公であるエイデン・ビショップは記憶を失った状態でこの館、ブラックヒース館にやってくる。

やけに複雑なルールを紹介する。

自分が何者かもわからぬままに森で殺人事件に遭遇し、混乱の中その日を終えるが、驚くべきことに二日目はまた別の人間となって同じ日を繰り返しているのだ! 勿論「それ、ループやん!」とわかるのは読者だけで、エイデンにそんなことわかるわけないから混乱しっぱなしなのだが、三日目に入りまた別の人間の体に宿ったタイミングで、〈黒死病医師〉の衣装を着た謎の男からゲームのルールを告げられる。

そこでループの事実を知らされ、同時にそこには人格転移も伴うことを知らされるのである。ループは8回、8人まで。このループを抜け出して日常に帰るためには、イヴリン嬢がこの日の終わりに自殺に見せかけて殺される事件の謎を解き明かさねばならぬ、しかもこの推理ゲームにはエイデンの他にも参加者がいて、この館のループから抜け出すことができるのはひとりだけだというのだ。「ははあ、『七回死んだ男』に『人格転移の殺人』のあわせ技なのね」とジャパニーズ・読者らしく納得して読みすすめるのだが、実はこのループと人格転移がまたけっこう複雑なのである。

たとえば、このルールでは1日が終わったら、別の人間に転移する。そうしたら当然、2日目で最初に入っていたAは元の人格を取り戻して動いているのね、と思うところだがそうではなくて、Aに入っているのはループ前の自分なのである。だからエイデンが8回ループしたら、8人の自分がバラバラに行動することになるのだ。だからn周目エイデンとn+a周目エイデンが会話するみたいな意味不明なことも起こる。

ループ+人格転移だけでもかなりのキワモノなのにこんな設定が加わって、そのうえさらにループしているのがエイデンだけじゃなく、ループ者同士の推理合戦になっているというのも複雑さに拍車をかけている。殺人事件の答えを導き出した一人しか脱出できないルールになっているので、この参加者同士の騙し合い要素まで入ってきて、〈黒死病医師〉が信頼できる保証も一切ないことから、説明されたルールにウソがあるのかもしれない、と疑念を抱きつつ読みすすめることになるのだ。

おわりに

人格転移といっても、Aに乗り移った時に完全に思考がエイデンに塗り替わるわけではなく、元の人格者の行動や言動にかなり制限されるので、バカな宿主を引き当ててしまうとろくに物を考えることもできなかったり──というあたりも、一人物の一人称視点でありながらも群像劇的である特異な読み心地に繋がっていておもしろい。

とはいえ、正直中盤ぐらいまでは「いや、いくらなんでも状況が複雑すぎておもしろいとかいう以前の問題なんだけど……」と若干ひきながら読んでいたんだけれども、終盤の怒涛の解決篇はシンプルに見えた殺人事件が二転、三転と転がり続け、このゲームのクリア目標それ自体(イヴリン嬢殺人事件の謎を解く)を問い直していく、ループや人格転移抜きにしても相当に良質なミステリィで、手のひらクルクルした。

同じ日常を繰り返す中で、いつもと違う行動をとることで、違った結果を導き出すことができる──「人は、変わることができる」という強い芯のある作品でもあって、ま、誰にでもオススメってわけではないけれども、ガッツリとしたミステリィを楽しみたい人にはオススメできる物件だ。「どうやってループとか発生させてんの?」みたいな科学的な解決・理解はもたらされないので、SF勢にはそこまでではない。