基本読書

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恋人から食事、命の価値までアルゴリズムで決定されるディストピア・コメディ──『クオリティランド』

クオリティランド

クオリティランド

17年のドイツSF大賞の一位作品である。ドイツの、それもSFはあまり翻訳されないのだが、3年前に同じく河出書房から監視社会物のドイツSF『ドローンランド』が出ており、妙な符合を感じる(編集者がランドが好きなだけかもしれない)。

で、ドイツSF大賞第一位とはいっても、帯に書かれている「AIとアルゴリズムが管理する格付け社会」とか、「食事も音楽も恋人もすべては決定されている」とか、こういった管理社会物の設定ではありふれすぎている。うーんいや悪かないけど、今さらそれを小説でド直球でやるのはどうなんだろうなあ……と思いながら読み始めたのだが、実際は管理社会を舞台にした風刺コメディといった内容であり、めっぽうおもしろく読んだ。コテコテの管理社会はコテコテの管理社会なんだけど、ギャグのネタフリ、ボケとしての管理社会なので、ツッコミを入れながらだと楽しく読める。

書名であるクオリティランドとは、そのまま作中に存在する管理社会型の国家の名前である。ここでは建国と同時に暦も塗り替え、「クオリティ暦」を採用している。クオリティランドの国民はただの人々ではなく、クオリティ・ピープルでなくてはいけないとして、まず名前の付け方もかえられている。すべての男子は父親の職業を名字とし、女子は母親の職業を名字にすべし、との規定があるのだ(受精した瞬間の職業である)。だから父親が無職の時に受精してしまうとペーター・ジョブレス(無職)みたいな最悪な名前になってしまう。それはそのまま、本作の主人公の名前である。

プロット的には、場末のスクラップ店を経営しているペーター・ジョブレスくんにピンク色のイルカ型のローターがアルゴリズムの誤配によって届けられたことから、返品しようにも「アルゴリズムは絶対」ゆえ受け付けてもらえず、七転八倒しているうちに国家をゆるがす大騒動へ──という流れでこのクオリティランドのグロテスクな側面を広範に渡って描き出していく。ペーター君の周りには幾つもの変人が集まっており、売れることがわかっている古典作品のカスタム版を「そんな低俗なやり方は私の主義に反している」と否定し売れないSF小説を書く狂った電子詩人カリオペ7・3。自由でいるための唯一の手段はクレイジーでいつづけることだと宣言し、予測不能な行動を取り続けるキキなど、キャラクターの魅力は素晴らしい限り。

一方で、ストーリー自体にはたいした魅力はない。アンドロイド議員が国のトップを狙って巻き起こる議論やプロパガンダ、アルゴリズムによる誤配問題に関わる騒動など、発生する事態と演出は練り込みも甘く手垢がつきすぎている。とはいえ、このクオリティランドを幅広く、魅せたい部分を魅せるためのプロットともいえ、そういう意味では十分に役目ははたしている。実際、けっこうなブラックジョークからいまいちよくわからん謎ギャグまで幅広く、読んでいて何度もくすくす笑ってしまった。

笑ってしまったギャグ

たとえば玩具メーカーによる電子乳母はあたりに大人がいないとおもちゃの広告を際限なく子供に見せるとか、無償の提供モデルはネオリベラルの信仰共同体などによって運営されていて核エネルギーの多くの利点についてなど、思想的な教育を受けさせられるとか。謎に四種類のマーシャルアーツをおさめる電子乳母もいる。

「この電子乳母は四種類のマーシャルアーツができるのよ」デニスはマルティンに説明した。「私たちの小さな娘を児童虐待から守ることもできるわ」
「でもどうして四種類も?」マルティンはたずねた。「もし児童虐待野郎が空手を知っていたら、カンフーか何かで応酬できるってことかい? 馬鹿らしい」

セックスをする時はまずコンドーム……ではなく、プレ・セックスの書類を読んで、署名するのがスタンダードであることとか。性交前の同意書には契約の目的、病気の有無、権利の付与からどんな性行為(膣内性交、口唇性交の権利、肛門……)に至るかまで事細かに100ページ以上記載されているという。『「性的行為について一〇〇ページも書かれているなんて」ペーターが言う。「とんでもない変態ポルノだよ!」』

自動運転の車は人的損失の出る可能性のある事故が避けられない場合、社会的な個人ランクが低い人間の方を跳ね飛ばす選択をとるとか『「つまり、レベル40のビジネスマン一人をはねるより、自転車で走っていたレベル8の役立たず二人をはねたほうがましということかな?」「そうだね。もちろん、すごく単純化すればということだけど」ヘルベルトが言う。「でも、大筋はそのとおりだよ」』これ、無論ギャグはギャグなんだけど、どれも現実にありえるかもしれない(そのままではないにせよ、近いものが)ものばかりなので、笑い飛ばせない深刻さが全篇通して存在している。

おわりに

とはいえ管理社会の描写は今読むと、ギャグにしても単調すぎるかなあ。『アントフィナンシャル』とかを読むと、中国の現状を書いているだけなのに、どのように人間のスコアリングがなされて、どのように受け入れられているのかといったリアリティのある管理社会を描き出しているから、特に管理社会物に関しては「小説より現実の方がよくできてるな」と思わせられるつらい時代になったなと思う。

アントフィナンシャル――1匹のアリがつくる新金融エコシステム

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ドタバタ・コメディとしてはじゅうぶんにおもしろいので、そういう人向けにはオススメです。