- 作者: リチャードパワーズ,Richard Powers,木原善彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2019/10/30
- メディア: 単行本
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本作は一言でいえば木とそれに関係する人間、人類の物語なのだけれども、それを繁栄して力強く巨大な木が表紙に鎮座している! 加えて邦訳書らしからぬ英題が邦題よりもデカく、金ピカのロゴで入っているのがめちゃ映える。書影が存在しないときから予約していたので、手元に届いた時あまりにも美しくてびっくりしてしまった。Kindle版も出ているが、パワーズ・ファンは本を買ってもいいのではないか。
で、読み始めてみればこれがまたパワーズらしい凄まじい圧にまみれた文章で、最初から最後まで圧倒されっぱなしであった。何しろ冒頭の一文は木の語り? で『初めに無があった。次に万物があった。』だからね。木は人類なんかよりもずっと長い時間スケールの中で生きてきたし、類がいなくなったあともしばらく繁栄してくだろう、木とは、そうした「大きな」存在であるということが、このノリで最初からガンガンに圧されていくのである。だが、同時に人間はそうした木を駆逐しつつある。
さらに遠くの木々が加勢する。おまえたちが想像する木──竹馬に乗ったマングローブから成る魔法の森、トランプのスペードみたいな形をしたナツメグの木、ゾウノキのこぶのような幹、ミサイルのようにまっすぐにそびえるサラノキ──は常に一部を欠いている。おまえたちの種族は木を全体として見ることがない。われわれ、木は、地上に劣らず地下にも生え伸びているのだ。
それが人間の厄介なところだ。根という問題。生命は、見えないところで、人間とともに歩んでいる。この場所でも、すぐ横でも。土を作り、水を巡回させ、栄養素を交換し、天気を生み、大気を形作り、とても人には数え切れないほど多くの種類の作物に食糧を与え、病を癒やし、雨風をしのがせている。
この『オーバーストーリー』は根、幹、樹冠、種子という4つの章から成り立っているが、最初の章でまず様々な境遇から「木」との関わりを持つ9人の人生が数十ページずつ語られ、幹、樹冠、と9人の視点がぐるぐると回りながら上昇していき、互いに見知らぬ人々がそれぞれの理由からこの世界から、人類から、木を救うために動き始める──というエコテロリスト・アベンジャーズかよみたいな話になっている。
9人のアウトサイダーたち
この9人の生い立ちや人生を解説していく冒頭の根の章からしてべらぼうにおもしろいのがすごいんだよなあ。たとえば最初に語られるのはニコラス・ホーエルという男。アメリカ、南北戦争前に植えられた栗の木の写真を、一月に一枚写真に収め続ける一族がいた。南北戦争から第一次世界大戦を経て第二次世界大戦を超え、親から子へとその役割が受け継がれていく。ニコラス・ホーエルはその最先端の男だ。
アメリカがついに世界的な戦争に加わることになったとき、フランク・ホーエルは第二騎兵連隊とともにフランスに送り出される。彼は自分が帰還するまで写真を撮り続けるようにと、九歳の息子フランク・ジュニアに約束させる。一年にわたる、気の長い約束。息子は想像力には欠けるが、その分、従順だ。
中国からの移民の父を自死で亡くしたミミ・マー。発育遅滞といわれ育つが、特定の領域においては特別な知性を発揮し誰も一人でやったとは認めない研究を幼少期からすでに進め、蜂や蟻に特別な価値を見出すアダム・アピチ。『レナードが妻の肘を折る。たまたまそうなったのだと父は言う。彼は自分を正当化するために、誰彼構わず話を聞かせる。そのときアダムは、人間が病に深く冒されていることを悟る。人類が長く生き延びることはないだろう。それは逸脱的な実験だ。もうすぐ健全な知性が世界を取り戻すだろう。ハチやアリの集団にみられるような、集団的な知性が。』
撃墜されるが巨大なベンガルボダイジュの枝のおかげで命を拾った空軍兵士ダグラス・パブリチェク。『後に人間を別の生き物に変える手伝いをすることになる少年』と評されるアスペルガー症候群で天才的なプログラマー、『支配』と名付けられた世界的に有名なゲーム開発者として成長していくニーレイ・メータ。木が共同体を形成していて、相互に合図を送りあっていると”早すぎた”主張をし、研究の道からはずれざるを得なかったパトリシア・ウェスターフォード、建物内の電流で感電し、光の精霊の声を聞くようになる女性オリヴィア──など、それぞれ生い立ちも異なれば能力も異なる人々が、それぞれのやり方で木との関わりを深くしていくことになる。
中国からの移民、インターネットの発展と共にゲームを巨大化させ、開発で巨万の富を得る男、森林に関する研究者など、みな何らかの形でアメリカの一側面を体現しており、同時にその背後には数百年に渡る歴史の流れを背負っている。それらを交互に折り重ね、一本の大樹を作り上げるようにして、世界から、アメリカから失われつつある原始林を守る戦いが開始されるのだ。
おわりに
序盤の圧倒的なテンションの高まりに反して、問題がないわけではない。中盤から終盤にかけていくらなんでも説教臭いところとか、単体としては一番惹きつけられた、ゲームプログラマであるニーレイの話がいまいちうまく本筋に絡んでなかったりと9人の物語であることのおもしろさが死んでいると感じられる面もある。
とはいえ、ラストに訪れるSF的なヴィジョン、植物と人類を通して長い生命の歴史と未来を幻視する壮大な視点と、ラストまで万全に楽しませてくれる逸品であることは確かである。