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物理術師から幻術師まで、大きく異る方向の天才魔法使いが6人集められ、最終的に排除する1人を決める、ファンタジー×SF長篇──『アトラス6』

この『アトラス6』は著者オリヴィー・ブレイクがロースクール在学中にセルフパブリッシングで刊行したのち、爆発的に人気が出てAmazonPrimeでのドラマ化も決定している話題のファンタジー長篇だ。記事名にも入れたが、他者の行動に関与するエンパスに他者の思考を読み取るテレパス、世界の物理的事象に干渉する物理術師など様々な「特殊な力」を行使する、凄腕魔法使いたちの物語となる。

世界中の貴重な蔵書を守護する秘密の組織〈アレクサンドリアン協会〉、そこでは10年に1度、6人の在野の魔法使いらが選出され、うち5人だけが入会を果たし、富や名声、協会しか持っていない資料へのアクセスが許される──。と、魅力的な冒頭のあらすじに加えて表紙イラスト&装丁が最高だったので期待して読み始めたのだけど、中身はその上がりきったハードルにちゃんと答えてくれるおもしろさだ!

冒頭、6人の魔法使いらが〈協会〉に所属する〈管理人〉アトラスによって一人ひとりこのゲームに参加しないか? と誘いを受ける場面から物語は始まるのだが、その時点で各魔法使いらのキャラが立っていて、この手のジュブナイル寄りのファンタジーにおいて重要な部分をクリアしている。また、「6人中1人」を「排除する」仕組み上、似た能力や性質を持った者同士で同盟を結んだり、誰を排除するのかをトロッコ問題的に議論したりと、サバイバルゲームとは異なるおもしろさが出るのもうまい。

この世界での「魔法」は物理的事象に関係してくるものもあるので、そのあたりの描写はサイエンス・フィクションのように読めるし、男女混合の6人であることから、物語の合間にはラブロマンスもあればブロマンス的な男同士の関係もあって──と、無数の要素がてんこもりになった作品である。

ざっとあらすじを紹介する。

前提となる世界観だが、魔法は一般に知られるもので、魔法大学もあれば、魔法を使ったベンチャーキャピタリスト会社なども存在するようだ。世界の人口は95億人で、そのうち魔法が使えるものは500万人。中でもメディアン級と呼ばれる魔法使いで確認されているのは6%、最高峰の魔法大学に入学できるのは10%程度だという。

さらにその中から選抜が進み、30人まで絞り込まれた最終選考ををくぐり抜けたものたちが、世界最高の魔法使いが集まる〈協会〉から選ばれし6人となる。彼らは最初に6人集められるが、最終的に会員になれるのは5人だけ。最初に〈協会〉の勧誘を受けるのは、世界に二人しかいない元素を使いこなす物理術師のリビーとニコだ。

ニコは有名なメディアンの一族の出で、幼い頃から宮殿で個人的に訓練を受けていた天才。一方リビーは家系に魔法使いすらもおらず、最初は魔法大学ではなくコロンビア大学に行くつもりで──と世界有数の才能を持ちながらも、いやむしろそうであるがゆえの葛藤を抱えた二人の在り方と共に、勧誘の過程が描かれていく。

続いて勧誘を受けるのは日本人のレイナ・モリ。この世界ではトウキョウは魔法的なものと常人の両方の技術において進歩の震源地であるとされる。レイナ・モリは、そんなトウキョウで生まれた瞬間から自然を操るナチュラリストとしての才能を発揮し、病院の高層階にいながら、観葉植物、花瓶にいけられた見舞いの花、それら自然の産物が赤ん坊である彼女に這い寄ってきたというほどの逸材だ。『レイナの祖母は彼女の誕生を奇跡と呼び、レイナが初めて息をしたとき、世界はそれに応えて安堵のため息をつき、彼女に与えられた命の恵みにすがりついたのだといっていた。』

レイナはギリシャの魔法使いであるキルケーの手稿のうつし(読んだ人たちが内容を書き留めた伝達版)を読んでいるが、突如現れた勧誘者のアトラスに、〈協会〉に参加すればその本物が読めると言われ、参加を決める──。

と、それぞれが固有の能力を持って、そうであるがゆえに性格的にも少しねじ曲がった魔法使いらなので(たとえばトリスタンは幻を見通し偽りを見抜くといわれる幻術師だが、能力のせいで冷笑主義的な人物になってしまっている)、〈協会〉の勧誘を受ける理由も、勧誘の手段も異なっている。時にその能力の真価がわかりづらい魔法使いもいるが、物語が進行していくにつれてその人物が選出された意味、そしてこの世界における「魔法」とは何なのかについて、より深堀りされていくことになる。

集団戦能力バトルもののおもしろさについて

さて、6人は勧誘を受けて一箇所に集められ、一緒に暮らし、食事をとることになるが、別にブルーロックみたいにいきなり他者を蹴落とせといわれるわけではない。むしろ6人の専門分野はおたがいに補い合うために選ばれており、物語の多くの場面で彼らは仲良しこよしというわけではないがお互いに交流をはかっていく。

研修生となった彼らに最初に与えられる任務は、〈協会〉の情報を狙う的に対する魔法的防御の構築だ。〈協会〉は秘匿性の高い組織なのでその情報を狙う者たちもいて、彼らは研修生ながらも──試験もこみで──その対応にあたることになる。

襲撃犯らは魔法使いだけでなく普通に銃を使う特殊部隊も存在していて(魔法使いは数が少ないので基本的に銃が主軸の混成舞台だ)、それにたいして物理術師やナチュラリストがどのように戦っていくのか──といったあたりは、能力バトル的なおもしろさがある部分といえる。物理術師はこの手の肉弾戦においては最強で、重力をゆがめたかと思えば周囲の物を好き勝手に動かし、防御も可能と反則級の強さがある。

一方で真実を見通すことができる幻術師(トリスタン)も敵の幻術使いに対抗するためには必須級の存在であり、遮蔽魔法など様々な能力が交錯する、「集団戦が発生する特殊能力バトルもの」のおもしろさがしっかりと描きこまれている。

「魔法」の深堀りとSF的なおもしろさ

能力バトル的な側面と同時に、「魔法」とは何なのか? を掘っていく部分も本作の魅力。たとえば、〈協会〉では魔法と科学のあいだに線引をしていないという。

「──自然に関する研究、そして生命それ自体の性質に関する研究のほとんどは、どのような魔法も排除しないことを暗にほのめかしていると指摘されている。実際、中世の天国と宇宙に関する研究にさえ、科学と魔法、両方の面から行われたことが示唆されているものがある。たとえばダンテは『天国篇』で、地球とその大気を芸術的に解釈しているが、それは不正確なものではない。ダンテが描いた天国の神秘的雰囲気は、科学と魔法、両方の力に起因していると考えられた」

たとえば物理術師は物理的事象を引き起こすと書いてきたが、彼らはどこまでのことができるのか? その能力を高め、研究を重ねていけば、ワームホールやブラックホールといった、現実の物理事象を生み出すことだってできるのかもしれない。

彼らはそれを応用すれば凄まじいエネルギーを生み出すこと、時間の干渉さえも可能にするだろう──と、本作はたしかに魔法が主軸となっているファンタジーではあるが、科学と魔法を区別しないがゆえに、物語後半からはSF的なおもしろさも発揮されていくのである。

おわりに

6人のうち5人しか正会員になれないわけだが、ではその排除された1人はその後どうなってしまうのか。また彼らが集められた「真の理由」は存在するのか? 才能ある彼らは本当におとなしくその選考過程を受け入れるのかなど様々な問いかけが続き、単に選抜の話で終わらないスケール性やミステリっぽさも後半では出てきて、上下巻ほとんどノンストップで読み切ってしまった。三部作の第一部なのでこれだけで話が終わっていないのだけど、非常におもしろい作品なので、ぜひ読んでね。

最後に宣伝

最近SFに入門できる本を書いたので良かったらこっちも買ってください。評判もけっこういいかんじです。