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我々が宇宙で暮らすためには何が必要なのか?──『スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法』

近年、イーロン・マスク率いるスペースXや、アマゾンのジェフ・ベゾスのブルー・オリジンなど、民間の宇宙関連企業が大きく伸びている。国家的事業として中国の宇宙開発も加速しているし、火星に人を送り込む計画も、月に恒常的な人類拠点を作り上げる計画も、今や現実。10年〜30年単位の未来で実現が目論まれている状況だ。

たとえば、米国は2024年までに再び人類を月面に立たせ、火星など深宇宙探査への拠点として月周回軌道に小型の宇宙ステーションを構築する「アルテミス計画」を動かし、2030年代に火星有人探査も目標としている。月旅行はもはや夢物語ではない。

そうなってくると、我々が宇宙で安定的に暮らすためには何が必要なのか、という問いかけがますます重要になってくる。国際宇宙ステーション(ISS)の存在によって人間の長期宇宙滞在が可能なことは証明されているが、所詮数人、地上から400kmレベルの距離でのことである。月や火星といった遠く離れた場所に人類の拠点を作り上げるには、また別のレベルの技術が必要とされる。この『スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法 』は、そうした人間が宇宙で長期に渡って暮らすための具体的な話、人間が宇宙に暮らすために必要な要件と技術について解説している一冊である。

最初はISSで人間がどう生活しているのかが書いてあるぐらいの、軽めのエッセイみたいな本なのかな〜と若干ナメながら読み始めたのだが、そこはさすがのブルーバックス。具体的に火星や月に拠点を作り上げる際に、どのような課題があっていま用いられている技術は何なのか。そして、この先使えるようになるものとして研究されているのはどんな技術なのかを、しっかりとした説明と共に紹介してくれている。

人間が宇宙で暮らすためには何が必要か

普通人間は宇宙で生きていけないので、NASAはその(宇宙で暮らすにあたっての)困難と解決すべき課題として、5つのテーマをあげている。一つは、「重力場」。長期間低重力の状態が続くと人体においては心肺機能と筋骨格系への影響があり、これを克服する必要がある。二つ目は、「孤立\幽閉」で、長期間孤立状態が継続することに対する肉体的・精神的なケアについて。三つ目は、「不適合\閉鎖環境」で、長期間にわたる船内環境の維持と有害なウイルスなどの繁殖をどう防ぐのかについて。

四つ目は「宇宙放射線」の問題で、大気がなく直接放射線をうけることになる問題への対処が必要とされる。五つ目は、「地球との距離」で、食料や物資を容易に渡せないので、ISS程度ならともかく、月や火星想定なら、循環の実現が必要とされる。

これらを具体的に解決するために、どのようにしたら健康を維持できるのか。食物を安定的に宇宙で生産するにはどうしたらいいのか。エネルギーを効果的に作り出し、蓄積するためにはどうしたらいいのか。繰り返し水や酸素を補給する必要がないように、身体から出たものを循環させるためにはどうしたらいいのか、といった疑問への答えが必要になってくる。本書は、その技術的詳細が明かされていくわけである。

水や空気を循環させる。

たとえば、実は水などの循環システムはすでに国際宇宙ステーション(ISS)に搭載されている。水で言うと、ISSにはWRS(Water Recovery System)と呼ばれる水再生システムがあり、トイレで回収した尿を、蒸留して水に変換。さらには空気中の湿度から回収した水分や使用済みの水と一緒に、濾過/浄化処理して再生している。

具体的な水の浄化過程については、イオン交換で尿中のカルシウムやマグネシウムを除去したり高温高圧の電気分解で有機物を分解したりといろいろあるわけだが、この再生システムの再生率は70〜80%程度で、半年ごとにフィルターの交換が必要など月や火星で使うには心もとない。この再生率の向上も、研究されているところである。

酸素も必要とされるわけだが、ISSでは米国の「Oxygen Generator Assembly」ロシアの「エレクトロン」という2つの酸素製造装置を持っている。これはどちらも、水を電気分解してO2を生成する装置だ。閉鎖環境を快適に保つためには酸素の製造だけでなく、人間の呼気に含まれる二酸化炭素(CO2)を外に排出し続ける必要があるが、最終的にはこれを循環させることも必要になり、実はこれも手法は存在する。

CO2からO2を抽出する方法の候補として存在しているのが、サバチエ反応を利用したものだ。サバチエ反応とは、水素と二酸化単竿を高温高圧状態にして、ニッケルを触媒にすることでメタンと水を生成する化学反応のことで、不要なメタンも生成されてしまうが、こちらも将来的にはCH4分解を行うことでH2を取り出す方法が検討されている。月や火星でのミッションを考えると100%は無理でも、それに近い数値での循環能力は求められる。それが実現に近づいていると思うと、と夢の広がる話だ。

スペース・アグリ技術

本書では水や酸素の循環再生の話、長期宇宙滞在における人体の健康を扱った話、エネルギー源の話といったテーマを中心に話題が進んでいくが、中でもおもしろかったのは宇宙農業についての話だ。食べ物を全部持っていくのは大変だから、月や火星に滞在するためには現地で食料を生産すればいいというのはわかりやすい理屈である。

宇宙農業についても、食糧生産に必要なエネルギーの最小化、限られた空間を活用する面積あたりの収穫量を増やす技術、ウイルスやカビを蔓延させない技術などいくつもの技術が関わってくる。その中でも、いろいろな側面でメリットを提供してくれるのが袋培養技術と呼ばれるもので、数リットル程度の容量の袋内で植物を栽培する手法である。袋の中で育てるだけ?? と思ったが、小ロットでの作物の栽培が可能なこと、メンテが容易なこと、病原中などの侵入を防げること。さらに、病気が蔓延しても別の袋に飛び火しないなど、相当なメリットが考えられる。0.4気圧という月などを想定した環境下では、レタス、じゃがいもなどの栽培が成功しているようだ。
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この章では他にも、空気中の窒素を有用な窒素化合物に変換する、水中プラズマ技術を活用した液体肥料の製造の理屈についても触れられている。

おわりに

他にも、エネルギーや人体の章では、人体から出た熱や体液をエネルギー源として動かすことができる、バイオ燃料電池のウェアラブル・デバイスであったりと、宇宙抜きにしても魅力的な技術について、いろいろと知ることができる。

そもそも、本書で述べられていく現在と未来の技術は、何も宇宙でしかつかえない技術や知見というわけではない。たとえば、新型コロナウイルスによって我々は分断を強いられ、擬似的に孤立状態に置かれているから、孤立状況下の人間のシミュレーションやそれを克服する方法は今すぐにでも役に立つ。エネルギーを効率的に生成・保存する技術が重要なのはいうまでもないが、水や酸素の循環は、地球の環境をこれ以上悪化させないためには必須の技術だ。「宇宙で暮らすことができるようになった人類」は、いうまでもなく「地球で安定的に暮らすことができるようになる」のだ。

スペース・コロニー開発は単なる夢やロマンではなく、我々の生活向上と密接に絡んでいる。そして、だからこそ効率よく開発が進められるという側面もある。「持続可能な開発目標(SDGs)」の観点からも、重要な一冊だ。