基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

厳重に階層が固定されたミツバチの社会を蜂視点で描き出す、神話的なディストピア文学──『蜂の物語』

週刊少年ジャンプにはこれまで様々な打ち切り漫画が生まれてきたが、僕がその中でも最も打ち切りがショックだったのが、マキバオーなどで知られるつの丸による『サバイビー』だった。ミツバチを主人公に、その生態やスズメバチなどの敵との戦いをしっかりと描き出していく異色作。登場蜂物が俺達は群れなのだから一匹死んでも全体が生き残ればいいんだ!! といってスズメバチに向かって腕や足などを欠損させながらも戦いをやめず、虐殺されていくさまは子供心にトラウマを負ったものだ。結果的に打ち切りになってしまったわけだけれども、『サバイビー』を読んでいてミツバチって物語の主人公にするには格好の題材だな、と思わずにはいられなかった(『みなしごハッチ』の記憶も関係しているが)。というのも、虫でありながらも高度な社会性がある点が、人類社会とのアナロジーで想像力を喚起させやすく、ミツバチの周りにはスズメバチのような強敵がウヨウヨしていて、物語展開上あると嬉しい絶望的な戦いが頻発しやすい。さらに、女王蜂は寿命が尽きかけると、巣に新しい女王蜂が生み出され、古い女王蜂が1万〜2万ほどの働き蜂を連れて出ていくダイナミックな世代交代のシステムあり、こうした部分もドラマティックである。

こんなことを考えていたので、いつか長篇の『サバイビー』が読みてぇなあと思い続けていたのだけれども、海外ではこの「ミツバチの視点から描き出す人生」を描く作品が刊行されていたようだ。イギリスの劇作家として知られるラリーン・ポールの小説第一作である本書『蜂の物語』がまさにそれで、ある養蜂家に育てられているミツバチの巣を舞台に、巣の中の死体処理や掃除を担当する、最底辺の階層に属する一匹の雌蜂であるフローラ717を主人公に物語が展開する、蜂文学である。

蜂版『侍女の物語』

蜂の社会は当然だが完全に役割が固定化された社会で、頂点に子供を産める女王蜂がおり、雌蜂は働き蜂として女王に餌を持ち込み、巣の中を掃除したりといった労働に従事するために存在している。本作の主人公フローラ717も、最初は死体をどかしたり掃除をする最下層の衛生蜂としてキャリアをスタートさせるが、その知性(この物語内では通常衛生蜂はしゃべれないとされているが、フローラは喋ることができる)や働き(スズメバチとの死闘)が認められて、例外的に様々な役割を経験していく。

蜂たちは〈集合意識〉によって管理され、〝受け入れ、したがい、仕えよ〟、〝怠惰は罪〟、〝不知は罪、強欲は罪〟というルールが何度も何度も繰り返される。蜂からみれば集合意識に管理され、役割が固定し、群れのために死んでいくのは当然だが、人間の視点からみると高度に管理されたディストピアであり、アトウッド『侍女の物語』やオーウェル『一九八四年』の蜂版であるとの評もある。社会の持つ意味が人間と蜂では全然違うが、確かに起こっていることを見比べると、あまり大差はない。

ミツバチのサイクルが描かれていく

女王蜂は上位存在だが、無限に生きるわけではない。女王が病気であることが徐々に明らかになり、女王亡き後、どの族が女王を産むのか──といった世代交代の話題と、ミツバチ社会の一サイクルが神話的に描かれいくのも本作のポイント。

サイクルの描写の一つとしておもしろかったのが、きちんと越冬が描かれている点だ。マルハナバチや社会性のコハナバチのコロニーは、通常冬眠する交尾済みの女王だけを残して死滅するが、ミツバチのコロニーは冬の間も社会的集団としての機能を保ち、休眠状態などになるわけでもなく、活動し続ける。巣穴内のミツバチは、互いに寄り添うことで断熱性のある「越冬蜂球」を形成し、飛翔筋を利用して自らを温めることで、気温が-30度を下回るような環境であっても生き残ることができるのだ。

「わが娘たちに祝福あれ」女王が言った。「ふたたび会わんことを」
「これより〈蜂球〉を作ります」サルビア巫女団がひとつの声で言い、姉妹たちに指図しながら球をつくりはじめた。
 まずは最上級の族からだ。蜂たちは王族を取りかこみ、それぞれの体を優雅な切りばめ細工のように引っかけてから族から族へとつなぎ、下まで到達すると、たがいを引きあげ、ささえ合い、呼吸できるすきまをつねに正確かつ慎重に残しつつ、中心の女王を包む大きな塊のまわりを囲むようにのぼった。

本作ではこうしたファンタジックな描写になってはいるものの、越冬に備え死者が増加しながらもなんとか命をつなごうと越冬蜂球を作り上げる様が描かれていく。

もう一つ、ミツバチの生態において、(物語的に)外せない要素の一つに「スズメバチとの戦い」がある。通常、スズメバチとミツバチは体格が違いすぎてまるでかなわずに虐殺されるのだが、ミツバチはその数を活かした対抗手段を生み出してきた。たとえば、ニホンミツバチをはじめとしたアジアのミツバチは、スズメバチを取り囲んで自分たちの体を激しく振動させることで温度を上昇させ、47度以上にして蒸し殺す、「越冬蜂球」の応用技である「熱殺蜂球」という技を持っている。
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これをはじめて映像で見た時はかなりの衝撃を受けたのだが、実はニホンミツバチだけでなくセイヨウミツバチも同様のやり方(少し違うんだけど)でスズメバチを殺すことが近年報告されている。本書でももちろんバトルは発生するのだが──、このあたりの鬼気迫るvsスズメバチ戦の描写は、ぜひ実際に読んでみて欲しいところだ。

おわりに

衛生蜂という最下層から始まるフローラ717の立身出世の物語を通して、読み終える頃にはミツバチという魅力的な虫に興味を持つようになっているだろう。僕はもともとミツバチけっこう好きな方だと思うけど、それでもさらに好きになったし、ついでにいろいろ調べてしまった。