- 作者: ロイス・マクマスター・ビジョルド,鍛治靖子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2018/09/28
- メディア: 文庫
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ガッツリ世界観が作り込まれたファンタジィ作品なので、そういうのが好きな人達はぐっとくるだろう。僕もそういうのが好きなタイプである。本書には連作中編のような形で、ペンリックが魔術師へと変質するきっかけと最初の旅を描く「ペンリックと魔」、ペンリックと巫師の出会い、ペンリックが魔術師としてより成長した姿を描く「ペンリックと巫師」、何者かによって殺害された魔術師の謎を追う「ペンリックと狐」の三編が収録されている。ガッツリ550ページ超えで、読み応えはたっぷりだ。
では、以下簡単に各編の紹介と世界観の紹介を入れていこう。
世界観とか読みどころとか
主人公ペンリック・キン・ジュラルドは貴族の末子で、ある日婚約者との結婚式へ向かう途中死にかけの老婆を発見してしまう! 攻撃などを受けたわけではなく、単純な病気の結果であり、延命できない状況下。ペンリックはそのまま老婆の最後を看取ってやるのだが、実はその相手は最高級の「魔」を宿す魔術師だったのだ。そして、魔とは宿主が死ぬことで、その周囲にいる最も力の強いものに乗り移ってゆく。
つまり、ペンリックは特に魔術とは何の関連もない貴族の身ながら、たまたま最高級の魔を受け継いだ魔術師となってしまったのだ。乗り移られた直後に気を失い、一日経ってしまっているので結婚式も無事破談。魔術師なんてサイテー! と婚約者から別れも突きつけられ、さらには通常の「魔」の遷移フローから外れていることから、対応を相談するため魔と関連する庶子神教団の本部へとおもむくことになる──。
とまあ、その旅の途中で、「魔」とは何なのか、魔術師とは何で、どんなことができるのか、ペンリックは今後何をしていくのか──といったことが明かされていく。この世界で「魔術師」というのは「魔」を得たものであり、「魔」とは『魔はそもそものはじめ、心も形ももたないひと欠片の素霊として、混沌と崩壊が支配する庶子神の地獄からこの世界へ逃げ出す、もしくは漏れてくる』ものだという。
「魔」は乗り移った相手が死ぬと別の者に乗り移るわけだが、その際に元の宿主の記憶や知識、精神的な部分も残っているようなので、長生きしている魔は数十もの意識を抱えているケースがありえる。ペンリックが持つことになった「魔」、後にペンリックから総称として「デズデモーナ」という名が与えられる中にも、10人の女性とライオンと馬が1匹ずつ、計12人の存在が格納されている。つまりある意味では、ペンリックは口うるさい姉を新たに一気に10人も自分の中に飼うことになるのだ。
魔はどちらかといえば恐れられている存在で、親しげにコミュニケーションをとってくる相手もいなかったようなのだが(名前とかも普通つけない)、ペンリックはわりと素直で良い子なので相手に贈り物を与えるのを厭わず、デズデモーナと深く親密な関係性を築き上げていく。この二人(一人と十人)の、長い時を生きた老練な姉と、純朴な青年のカップリング、仲の良きかけあいがまたおもしろさのひとつだ。
「そういう医師は、特別な仕事をこなすために母神教団が囲いこんでいるのだと思います」一瞬考えてから、「魔は性別も学習します。デズデモーナは長い年月をかけて十人のご婦人──と牝馬と雄ライオン──を宿主としてきたので、いまでは女性としての自我を確立しています。彼女はめったにないほどとても年齢を重ねた魔なんです。女の歳をあれこれいうのは失礼ですよ、ペンリック!」彼の手がすばやく口を押さえた。「失礼しました。いまのがデズデモーナです」
このへんの、身体を共有しているがゆえのセルフ突っ込みもおもしろいし
「退屈ですよ」デズデモーナが哀れっぽい声をあげた。「退屈、退屈、退屈です」
ペンリックはすぐさま彼女からくちびるの支配をとりもどし、慎重に鵞筆を走らせていた頁にむかって微笑を投げた。
「蚤を退治してください」
このへんなんかは、「お前はシャナ(『灼眼のシャナ』)か何かの萌えキャラかよ」と突っ込まざるを得ない可愛さ(齢数百歳)である。
魔術師には何ができるのか
さあ、しかし魔術師にはいったいなにができるのだろうか。たとえばそれまで宿主だった者たちの知識が受け継がれていくので、多言語を容易く読み、話し、書くことがでいるようになる。火をつけたり、鍵を開けたり(鍵をかけるのは秩序の増大にあたるので難しいらしい)、寄生虫や蚤を潰したりとまあいろいろなことができる。
いわゆる魔術的な超常現象を起こすのはこの世界では魔術師以外にもいくらかいるらしい。そのうちの一つが、ウィールドに存在する「巫師」だ。魔は神から逃げ出したものだが、巫師の魔法は人がつくったもの、この世界それ自体から生じたものだという。ペンリックが正式な魔術師になるまでを描いた「ペンリックと魔」に続き、「ペンリックと巫師」では国の宮廷魔術師となったペンリックが、同国家の上級捜査官とタッグを組んで、殺人事件に関与しているとみられる巫師を追うことになる。
三編目「ペンリックと狐」では同じく殺人事件が物語の発端となっているが、犠牲者はペンリックと同様の魔術師で、しかも殺された後、魔が何者に乗り移ったのかわからない──というところから捜査がはじまるミステリっぽい一編で、それぞれの話でこの世界の魔術の在り方をより深掘り、拡張していく話が揃っている。「ペンリックと狐」に関してはタイトルにも入っている&ペンリックの例もあるので明かしてしまうと、魔は人間だけでなく緊急的に動物(今回は狐)に乗り移ることもあるんだよね。
おわりに
未訳のペンリック・シリーズはあと三編残っているみたいなので、こちらもはやく読めると良いなあ。〈五神教〉の世界観がいいのはもちろんだが、ペンリックとデズデモーナがな……またいいんだよな……。