基本読書

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2033年、中国の日本侵攻によって東京が東西で分断された世界での事件を追うSFミステリ─『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』

この『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』は、マルカ・オールダー、フラン・ワイルド、ジャクリーン・コヤナギ、カーティス・C・チェンの4人の作家陣が送る近未来(2033年)の東京を舞台にしたSFミステリの連作小説だ。

近未来、外国人視点で日本を舞台にして書いたSF小説──というと謎のニンジャが暗躍していたり相撲取りが異様に強かったり、ニンジャスレイヤー的なトンチキ日本観がまっさきに思い浮かぶ。だが、本作は書名が『九段下駅』と日本人しかわからないような駅名が入っているように、日本の描写──それもお台場ガンダムであったり、ほっかほっか亭であったり、紛争の火種となる靖国描写であったりといった微妙にローカルな日本ネタを拾っていく真面目(?)路線のSF・ジャパン・ノベルである。

とはいっても舞台の東京は、我々の知る姿とは大きく異なっている。たとえば舞台の年代は2033年だが、この世界では南海大地震に襲われた機会に乗じて中国が日本の首都を抑えようと急襲。結果的に東京の西側(と九州も)は中国に掌握され、東側は防衛の観点からもアメリカの管理下に置かれ、緩衝地帯にはASEANが駐留。中国はとりあえずの軍事目標である東京を手に入れたのでそれ以上の行動を起こしていないが、東京はいつでも戦争が再勃発する緊張状況下にある。そのうえ、中国の侵略後、エネルギー価格の急騰、ガソリン不足によってタクシーも姿を消し、分断されたことで地下鉄も満足に動かなくなり、社会はかつての安定性を欠いてしまっている。

もちろん日本人も中国とアメリカに実質分割統治されたままでよしとしているわけではなく、中国へ反発するもの、アメリカも中国も追い出したいものなど様々な政治思想・レジスタンスらの思想・行動が入り乱れ、カオスな状態になっているのがこの世界の東京の現状なのである。また、日本をせっかく舞台にしたのだからと言わんばかりに『ブレードランナー』や『攻殻機動隊』のように、ネオンきらめく日本の町並みが描写され、人体改造によって強化された腕や眼(赤外線で夜でも見えるなど)を持つ人々が大勢いたり、それが作中で取り上げられていく各事件と解決にあたっても重要な意味を持っていく。

最初はバカSFなのかな、と思いきや中国とアメリカの間で板挟みになっている現実の日本の状況を過激な形で描き出した感もあり、問題意識は現実の政治テーマの地続きにある。各事件を追っていく過程でこの世界の過去に何があったのか、そして「今から日本を中心にして、アメリカー中国ー日本の三国の間で何が起ころうとしているのか」──という大きな絵も浮かび上がってくる、トリッキィなだけでなくストレートにおもしろい作品だ。以下、詳しく物語の流れなどを紹介してみよう。

あらすじなど

物語の中心になっていくのは女性刑事のバディである。ひとりは九段下の東京警視庁本部(もともとあった霞が関の本部は中国侵攻時に破壊された。ちなみに皇居は札幌にうつっている)に出勤する是枝都。もうひとりは、アメリカ大使館の要請を受けてアメリカの平和維持軍から日本に派遣されその相棒となった、エマ・ヒガシ中尉である。

是枝都ら日本の警察サイドからしてみればアメリカから調査など様々な意図のもと送り込まれたであろうエマ・ヒガシを歓迎する理由などないが拒むこともできず、二人は微妙な緊張を保ちながら様々な事件を解決していく──というのが大まかなストーリー。是枝は同性愛指向があることが後に判明するが、この二人のラブロマンスが安直に展開するわけでもなく、別の文化圏で育ってきた二人がその価値観を衝突させながら信頼関係を構築していく、バディ物としてぐっとくる作りになっている。

二人が取り組んでいく事件はひとつひとつはそこまで大したことがないように見えるが、深くおっていくうちにその背後にある大きな流れ──反社会的勢力の中島会の暗躍であったり、中国の思惑だったり、国内のレジスタンスの動きであったり──が見えてきて、そのすべてが戦争に向かって繋がっていくことになる。

たとえば、二人は第一話の「顔のない死体」で、文字通り顔が削がれなくなった男の殺人事件の調査を担当する。男は成形プラスチック部品を生産する久川工業で輸出入に関する税関との折衝を担当しているだけの、一見したところ殺害される要素など持たない一般人に見えるが、実は同じタイミングで銃などの武器を載せたコンテナが何者かに強奪される事件も起こっていて──とシンプルであったはずの殺人事件がその背後にある、大きな陰謀への足がかりとなって発展していくのだ。

 エマは自分たちが逮捕した痩せっぽちのスズメみたいな男の切羽つまった思いや、坂本の正義感あふれる、おそらくは愛国心から来る怒りを考えずにはいられなかった。「この事件が戦争に関係あるとは思っていなかった」エマは気持ちをどう言葉にしていいかわからず、それだけ言った。
「すべては戦争につながっている」都がエマに言った。「すべてがね」

細かな日本描写

本作は連作短篇形式でそれぞれのエピソードが、事件の発生→事件の捜査、犯人の確定とミステリ的にシンプルにまとまっていくのも魅力的なポイントだが、それ以外で触れておきたいのは、本作における細かな日本描写にある。

たとえばエマが〈ほっかほっか亭〉にいって都と話しながら「すきやき弁当がいいんじゃない」とすすめられるシーンとか、登場人物らが移動するシーンがかっ飛ばされるのではなく○○線で乗り換えて〜と具体的な乗り換えと共に語られるとか(『階段をおりて警察署を出たふたりは三田線に乗り、巣鴨に向かった』)、日本の警察が近未来になってさえ同性愛者に差別的だとか──そうした細かな描写が(海外で書かれた)日本を舞台にした小説としてちゃんとしていて、日本の読者として嬉しくなってくる。

漫画ネタも豊富で、取り調べの過程で訪れる技術者の女性がココネと名乗り、自ら『ココネって呼んで。芦奈野ひとしが昔描いていた漫画に出てくるロボットと同じ名前』(『ヨコハマ買い出し紀行』のこと)と語ったり、光る刀の話がスターウォーズの話題とセットで出た後に『チャールズは(……)ジョークが不発に終わった失望を隠した。「うちはサスケだって光る刀を持っていた。アメリカの専売特許というわけじゃない」』と語ったり──と細かなツボポイントを上げ始めたらきりがない。

おわりに

人体改造やらきらめくネオンサインなどから古き良きサイバーパンク感を出そうとするとどうしても古臭さが出てしまうものだが、本作の世界では震災と侵略によってデータの大半が失われており、近未来とはいえテクノロジー的には後退しているので、自然な形で古臭さと現代性が同居した世界観を作り上げている。

主人公のエマの得意技もドローンの活用という現代的なもので、ドローンを攻撃にも防御にも、偵察にも使うことで物語の進行に役立てていく。めちゃくちゃおもしろい作品だが難点を一つ言えば、何も大きな物語が終わっていない、続きが気になるところで話が終わっているところで、なんとしてでも続篇が読みたいところである。