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習慣はどうやって形成されるのか?──『習慣と脳の科学――どうしても変えられないのはどうしてか』

いつも通勤や通学につかっている道は、何も考えずにも動けるぐらいには「習慣」になっているものだ。むしろいつものルートとは別の方角に行く必要がある時、そのことを忘れて「習慣」に引っ張られたりする。われわれは家の鍵をしめる動作をする時に、いちいち右手でかばんの右ポケットから鍵を出して差し込み右に回し──などと意識することもなく、習慣的動作によってほとんどを無意識にこなしている。

もし、習慣を脳に形成する力がなかったら、生活は面倒くさいものになるだろう。一方で、タバコや薬物のように、悪い習慣が形成されてしまう危険性もある。こうした習慣は、脳のどのようなプロセスによって形成されるのか? また、その仕組がわかるのなら、習慣を変えることもできるのではないか? そうした問いが連続していくのが、本書『習慣と脳の科学――どうしても変えられないのはどうしてか』だ。

習慣は誰の生活にも関係するから、刊行予告の時点で本書には期待していたのだけど読んでみたらやっぱりおもしろかった。習慣の形成の仕組みを知れば知るほど、副題にあるように「変えることは難しい」ことがわかるが(簡単に習慣を変えるコツを教えてくれる魔法のような本ではない)、同時に変えることは不可能ではないことも科学的な裏付けとともに教えてくれる。誰にとっても、我がこととして読めるだろう。

習慣は脳の中でどのように形成されるのか。

そもそも習慣とは何なのか。最初に「家の鍵をしめる」ケースを紹介したが、多くの人が家の鍵をしめたかどうか思い出せず、心配になってしまうように、習慣の特徴のひとつは「意識的な記憶から完全に切り離されている」ところにある。

たとえば、海馬が損傷すると記憶に深刻な障害がでるが他の学習にはほぼ影響をおよぼさないように、習慣と記憶は別の場所で機能しているようだ。では、具体的に習慣は脳の中でどのように形成されるのか。その理解のために必要なのが、「シナプス可塑性」と呼ばれる概念だ。脳内ではニューロンがシナプスを介してつながっていて、情報を相互に伝達しあっている。何を経験するかによってそのシナプスの活動・活発化する経路などが異なってくるわけだけれども、それに伴ってシナプスの働きを強くしたり弱くしたり、シナプスの数を増やしたりといった変化が起こる。

ドーパミンは快感と直接関わっているわけではない

何度も同じ行動をとるなどによってシナプスの強度が高まることが習慣の形成要因のひとつだ。ただ、ドーパミンがシナプスの可塑性を調節するので、結合の強度を高めたければドーパミンが必要になってくる。本書において、ドーパミンについての実験は、おもしろい事例が多い。たとえば、一般的にドーパミンといえば、これがドバドバ出る=快感がすごいイメージがあると思うが、実際にはこれは正しくない。

ドーパミンは快感に直接関わっておらず、関わっているのは「動機づけ」なのだ。ラットに対する”何もしなくても得られる少量の餌”と”金網を乗り越えないと(努力しないと)得られない大量の餌”を選ばせる実験では、正常なラットはほぼ確実に金網を乗り越えて大量の餌を得ようとする。だが、ドーパミンの働きを阻害されたラットは、努力しなくても得られる少量の餌を選択しやすくなったという。

餌がいらなくなるわけではない。ドーパミンが阻害されたラットは、餌を得るために努力をする意欲が減退しているのである。ドーパミンは、生物が報酬をどれだけ好むかではなく、ある状況下で特定の報酬をどれだけ欲しがっているか、そしてそれを得るためにどれだけ努力をしようとするか、動機付けの信号を発しているのだ。

なぜ習慣は容易に変わらないのか。

習慣は形成されたあとどのように変化していくのか。何らかのきっかけであっさり消えてしまうのか、あるいはしぶとく残り続けるのか──といえば、習慣はそう簡単に消えないらしいことがわかってきている。たとえば、新しい習慣を根付かせたり古い習慣をやめたと思っても、何らかのトリガーによって容易に習慣は息を吹き返す。

喫煙者は他人がタバコを吸っているのをみたり、タバコの煙がただよう場所にいくと条件反射的にタバコに火をつけたいという衝動に駆られる。これは、様々な手がかりが自身の喫煙体験とからまっているからで、習慣化された行動は、たとえもう報酬を求めていなくても関連された刺激によって引き起こされる。ニュースを流し聞きしているときに自分が関連しているニュースがくるとすぐに気がついて注意が向くことがあるが、習慣化した行動に関連する情報は、同様に注意を引きやすくなっている。

習慣を身につける時には大脳基底核の活動が重要になってくる。ある行動は、最初は前頭野と大脳基底核の認知機能に関わる部分によって学習が始まるが、時間の経過とともに運動皮質などが関わる部分が習慣を学習し始め、最終的には認知回路にとってかわり、認知システムによる直接監視から離れていく。大脳基底核の習慣の形成では習慣を構成する一連の行動をひとまとめにすることもわかっている。一連の行動が始まると、さらなる大脳基底核の活動がなくても最後まで実行できるようになるのだ。

つまり、習慣はその前後の一連の動作まで「まとめられて」いる。そうすると、トリガー(他人のタバコの煙とか)によってタバコに火をつけたくなり、ライターを取り出すなどの行動をとった時点で止まらなくなってしまう。

習慣はどうやったら変えることができるのか。

習慣について最終的に知りたいのは、どうやったら習慣を変えたり増やすことができるのかということだろう。運動習慣をつけたいし、甘いものなど間食、スマホのみすぎなどの習慣をやめたい。本書ではその話をする前段で、そうした習慣の形成・破棄に「意志力」や「自制心」が必要だというがそれは本当か? と議論している。*1

自制心や意志力は習慣の形成や破棄にあまり役に立たなそうだが、他の手段もある。たとえば、先に習慣は様々なトリガーによって引き起こされると書いたが、であればトリガーをできるかぎり排除するのは有効だろう。タバコの煙がある場所にいかない、スマホを使いたくない時間はスマホの電源を切っておくなどである。

また、習慣のトリガーを排除するための過激な一手として引っ越しもあげられている。『人生を変えることに成功または失敗した体験を被験者に書かせたトッド・ヘザートンとパトリシア・ニコルズによる質的研究では、変えることに成功した人と失敗した人のあいだに見られた大きな違いに転居の有無があることがわかった。変えることに成功した人たちは、失敗した人たちに比べて約3倍も引っ越しをしていた。』

おわりに

本書には他にも様々な手法が紹介されているが、肝の部分でもあるのでここから先は読んで確かめてもらいたいところだ。個人ができることから、まだ具体的には不可能だが、直接的に脳から習慣だけを消失させる実験も紹介されている。

本稿で紹介できていない箇所にもおもしろい記述は多い。個人的には、ここで紹介していない依存症がどのように引き起こされるのかを論じた章などもおもしろかった。内容はそこそこ難しいが、文章量的には250ページ程度なので、読み通すのはそう難しくないだろう。おすすめの一冊だ。

*1:結論だけ少し触れておくと、結局、実行制御を測定する課題と自制心を測定する調査のあいだにほとんど関係はない。自制心が強い人は衝動を抑えるのが得意なのではなく、そもそも自制心を働かせる必要性を回避することが得意な人なのだという。