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地震から火山まで様々な津波の発生メカニズムを教え、いざという時に命を救ってくれるかもしれないノンフィクション──『津波 暴威の歴史と防災の科学』

この『津波』は津波の研究者であるジェイムズ・ゴフとウォルター・ダッドリーによる、世界中・歴史上で起こった津波についての一冊である。

本書のテーマのひとつに、どれほど大きな被害をもたらした津波であっても、人はすぐに忘れてしまう、というものがある。だからこそ、繰り返し津波の被害とそのメカニズムを語り継ぎ、時に魅力的なエピソードも添えて興味をひきながら、津波に襲われた時にどのような行動が生死を分けるのかを伝えていかなければならない。

「知識が津波から命を救う」例のひとつに、21世紀に入ってからの最大の津波被害をもたらした2004年のインド洋大津波(死者は22万人にも及ぶ)でのエピソードがある。この時、10歳のイギリス人のティリー・スミスはタイのリゾートビーチに休暇で遊びにきていた。彼女はちょうど地理の授業で津波について学んでいたので、海が引き始めた時にそれが津波の前兆だと気がつくことができた。彼女はそのことをすぐに両親に伝え、両親はそれをリゾートのスタッフに伝えたことで、このビーチは今回の津波災害で、犠牲者がひとりも出なかった唯一のタイの海浜リゾートになった。

知識があると、自分の命だけでなく周りの人たちを救うことにも繋がる。日本のように周りを海で囲まれた国で暮らすなら、その重要性はなおさらだ。とはいえ本書は危険危険! と危険だけを煽り立てる本ではなく、人類史以前に津波がもたらした大量絶滅の可能性についてだったり、果てはウイスキー蒸留所で起こった事故によるウイスキーの大津波に巻き込まれた人々についての話だったりと、扱っているエピソード・対象は幅広く、楽しみながらそのメカニズムと恐怖を教えてくれる一冊だ。

「TSUNAMI」の由来

「津波」は日本発祥だがその後世界で「TSUNAMI」として使われるようになったのだが、その歴史についても本書では触れられている。まず、「津波」が日本で最初に記されたのは1454年の享徳地震津波について述べた文書の中(当時は「津浪」)。

だが、日本で一般に使われ始めたのは1896年の明治三陸地震津波の頃からだった。その時日本の新聞各社が一斉に「津波」という単語を使い、同年の『ナショナルジオグラフィックマガジン』の記事でも「tsunami」が使われた。ただ、西洋での普及の理由は、1946年のアリューシャン地震津波でハワイに被害があった時、博識な科学者3人が津波という単語を採用し、その意味を丁寧に説明したことにあるらしい。

日本の単語が世界に広まったのには偶然の要素もあるのだろうが、ひときわ津波に襲われやすい国であり、その恐怖・脅威を伝える言い伝えが豊富に残っていたことも挙げられるのだろう。700年代や800年代から数々の津波の言い伝えあり、「津波」という単語こそ出てこないものの、様々な言い回しで津波を表現している。

牛のエピソード

個人的におもしろかったのは、1964年のアラスカ地震のエピソード。多くの住民が津波の危険性を理解しておらずサイレンが鳴らされているにもかかわらず見物に行って死んだり、漁師が自分の船を救おうと港に下りていって死んだりと反面教師的なエピソードに満ちているが、それよりも「牛」のエピソードが印象的だった。

地震や津波の際にはよく「鳥が消えた」とか「牛が高台に逃げていった」とか動物は危機を察知していた系のエピソードが語られる。著者らはそれは後付で思い込んだエピソードかもしれない、と懐疑的な面もみせるが、アラスカ州のコディアック島でのインタビューでは地震後に牛が丘の上へと逃げていったエピソードを数え切れないほど聞いている。一方、無数の牛たちが津波によって溺死した話も聞く。

はたして、どっちが正しいのか? といえば、インタビューの中で多くの牛を所持する牧場経営者がおり、その人物が答えを教えてくれた。なんでも、牛たちは地震が起きた時、牛は丘の上に一目散に走って逃げた。しかし、地震が起きてから津波がくるまでにかなりのタイムラグ(1時間)があったので、その間に牛たちは平地へと戻ってきて草を食みはじめ、その時に津波にやられてしまったのだという。どうも危機(あるいは地震波)の察知能力は本物のようだが、精度が高いわけではないらしい。

地震以外の理由によって発生する津波

地震警報がなったあとすぐに津波の心配はありません/津波にご注意くださいと警報が流れることが日本では当たり前なので、津波とは地震とセットだという認識があるが、津波は地震だけが起因となるわけではない。

たとえば津波を誘引する原因のひとつに「火山」がある。歴史上最大規模といえるのは紀元前1600年頃に起こったサントリーニ火山の噴火による津波だ。これはそうとう巨大な噴火だったようで、噴出物の体積は10〜1000立方キロメートルにおよぶ。どうやって火山の噴火が津波に繋がるの? と思うかもしれないが、噴火の初期段階で火山が崩壊し、大量の海水がマグマ溜まりへと流れ込み、水は灼熱に触れたことで一瞬で蒸気になり、大爆発を引き起こす。これをマグマ水蒸気噴火といって、当時波高60〜90メートルともいわれる破滅的な津波を引き起こしたとされている。

その津波は地中海東岸全域を飲み込み、その後世界中に伝播していった。エジプト人、バビロニア人、ギリシャ人など地中海文化の多くにはこの津波のことを指す洪水の神話があるうえ、モーセがエジプトを脱出する際に紅海が真っ二つに割れたという話はこの津波がもとになっているという説もある。火山による津波の例はそう多い訳では無いが、記録されているものは破滅的なものが多い。

火山よりも頻度は低いが深刻な被害をもたらすのが、「小惑星の衝突」による津波だ。地球の表面の約7割は海なので、小惑星が落ちるのは確率だけでいえば海の方が高い。たとえば約250万年前頃にエルタニン小惑星が地球の海に衝突した形跡が残っているが、これは現状では唯一知られている「深海への隕石衝突」の事例だ。

直径1~4kmほどの小惑星がおそらく秒速50km前後で、水深4、5kmの海底に衝突したと考えると単純に考えれば波高が4、5kmに達してもおかしくない。調査によってエルタニン小惑星は深海とぶつかった直後に粉々に粉砕され、融解し、蒸発したとみられる。それは当然破滅的な津波や気候変動を引き起こし、メガロドン(前兆30mにもなる巨大なサメ)などの絶滅のきっかけになったのではないかと言われている。

おわりに

地震以外の津波については他にもダムの決壊や、ほぼ閉ざされた湾内に地すべりで土がなだれ込んで周辺に水が津波のように押し寄せるなど多様なケースが紹介されている。今回は個別具体的な生存者たちのエピソードには触れなかったが、一人ひとりの体験談(津波をなめ腐って避難しなかったら一瞬にして8kmも流された人など)を読んでいくと、わがことのように津波の恐怖を感じることができるだろう。

椅子にふんぞり返って、自分たちの海は大丈夫だろう、「ここへはそんな津波は来ないだろう」と安心しきっている人々は、たくさんいると思う。大惨事が起きるのは、決まってそんな慢心に浸っている瞬間なのだ。(p298)

本書解説には日本の津波研究者である河田恵昭さんによる日本の津波の災害事例、防災・減災の現状などについても詳しく書かれているので、興味がある人はぜひ読んでみてね。