基本読書

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早川書房の2000作品以上が最大50%割引の秋の電子書籍セールがきたので、新作ノンフィクション・SFを中心にオススメを紹介する

毎年秋頃に恒例となっている早川書房の電子書籍最大50%割引のセールがきているので、今回も「前回から今回にかけて、新しくセール対象になった作品」を中心に紹介していこうかと。期間的には、だいたい2023年12月頃〜2024年4月頃の作品までが新しくセール対象になっている。個人的には今回は、SF・小説よりもノンフィクションにおすすめしたい作品が多いので、ノンフィクション多めの編成でお送りします。

早川書房は先日自社の電子書籍ストアも始めたので、Kindleなどでの電子書籍セールはもうないかもな思っていたのだが、どうやらやってくれるようだ。しかしこれから先もずっと続くとは限らないので、欲しい本は買える時に買っておくべきだろう。
https://amzn.to/3BY5fff
※今回セール一覧ページや「セール中」みたいな表記がないみたいなので参考程度に2023年12月頃〜2024年4月頃で期間を区切ってます

ノンフィクションのおすすめを紹介する。

今回のセールの目玉は、先日ノーベル経済学賞を「制度がどのように形成され、国家の繁栄に影響を与えるかの研究」で受賞したダロン・アセモグルらの著作、中でもその最新邦訳作である『技術革新と不平等の1000年史』だ。

一般的に、AIの発展など技術革新が起こったらそれによって生産性は上がって、経済は成長し、雇用も生まれ、経済全体にとっても良いことがあるとされてきた。しかし、本当にそうだろうか? 本書は、新しいテクノロジーが生産性を向上させても、それが繁栄をもたらすかというとそんなことはなく、不平等と貧困を増大させることもある──という事例を、1000年にわたってみていく一冊である。

単純な話だが、新たなテクノロジーが業務を自動化し、労働者を不要なものとするなら、労働者に利益が還元されるはずがない。セルフレジ技術が発展し、レジ係を廃止してセルフレジに置き換えた場合、面倒な作業がユーザーに転嫁され、労働者はただ減らされただけだ。儲かったのは経営者だけである。では、どうしたらテクノロジーの発展を不平等と貧困の解消に役立てられるのか──? という問いが下巻では論じられていく。AI失業が話題になる今、読んでおきたい本だ。

アセモグル&ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』(上・下)、『自由の命運』(上・下)、どちらも今回セール対象になっているようなので、合わせておすすめ(どちらも記事を書いているので、興味がある人は読んでみてね。特に国家は〜がオススメ)。さて、ノーベル賞とは関係ないが個人的に超おすすめなのが、1740年代に起こった英国線ウェイジャー号の漂流、そしてそこからの数年がかりでの帰還を描き出した、冒険・歴史ノンフィクションである『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』。

ウェイジャー号は財宝を積んだスペイン船を追う密命を帯びた250人の乗組員がいる大規模な船だったが、過酷な航海と壊血病によって南米大陸を航行中嵐に飲み込まれてしまう。わずかに生き残った乗組員たちはろくに食料もとれない無人島に到達し、食料や武器を奪い合い、海軍の規範を維持することもままならず、果てには殺人や空腹ゆえに人肉食にまで及ぶものが現れて──と、絶望的な状況を描き出していく。

『蝿の王』的なサバイバル、出発時のわくわくする冒険、帰国してからの法廷劇と、どの章も異なる読み味で楽しませてくれる。一気読み必至のノンフィクションだ。

続いては、言論の自由の歴史について書かれた歴史ノンフィクション『ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史』。言論の自由は昨今突然現れた概念ではなく、古代アテナイの政治家、ペリクレスは紀元前431年にすでに開かれた議論、反対意見の許容といった価値観を称揚している。歴史的にみてグーテンベルクの活版印刷技術の発明やインターネットなど「人々が情報・意見を発信する」頻度が増えると、次第に誰かが「これは行きすぎだ」といって制約を加え始める。

言論の自由の歴史は一進一退の歴史であり、それがもたらす功罪、問題意識も変化していく(たとえば現代でいえばフェイクニュースの蔓延とそれにどう対策していくのかなど)。言論の自由の意味について、あらためて考え直させてくれる一冊だ。

作家・島田雅彦が散歩について語った新書『散歩哲学: よく歩き、よく考える』も小粒ながらいいエッセイだ。思想家や哲学者がよく歩く逸話は事欠かないが、創作者にとってもそれは変わらない。街や山谷に埋め込まれた意味やイメージを発掘するという意味では散歩もまた読書であるとその素晴らしさ、おもしろさを語っており、読んだらつい意味もなく散歩したくなるだろう。僕もこれを読んだ直後は夜によく歩いたものだった(花粉症がきつくなってすぐにやめちゃったけど)。『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』は、誰もがわかっていると思いながらも実は曖昧な概念である「所有」について明らかにしていくノンフィクションで、これもおもしろかった。たとえば、リクライニングシートを勝手に倒していいか問題が時々議論になるが、これは他所の国でも同じらしい。リクライニングシートは倒す側が好きに倒せば良い派もいれば、後ろに座っている側が「勝手に倒すな!」と怒るケースもある。これも、実は所有権についての考えの違いが関わってきている。

たとえば、前者の考えは、ようやくすれば自分が座っている椅子に後ろに倒すボタンがついているのだから、それを押す権利は自分にあるというものだ。この主張は「自分のものとわかりきっているものに付属するものはすべて自分のもの」という、「付属」を根拠としている。ただ、もう一方の主張も正当性がないわけではない。こちらは、ようは自分の座席の背もたれと前の座席の背もたれの間の垂直空間は、すべて自分の領域だと主張しているのだ。これは、土地の権利と似ている。

「私の!」と「いや私の!」という争いの大半は視界に入らないところで起きており、まれにニー・ディフェンダーのような代物が登場して世間に醜態をさらすことになる。このようなときに得をするのは、所有権とは実際にどう役に立つかを知っている人間である。*1

電子書籍が実質的に「所有」ではなくただ購入者に長期レンタルさせているだけなど、「所有権」をめぐる問題は(あまり意識することはないが)われわれの日常生活に深く絡まっているから、日常の当たり前を見直すためにもおすすめの一冊だ。

『がん-4000年の歴史-』などの著作で知られるシッダールタ・ムカジーの『細胞―生命と医療の本質を探る―』もセール中。がんの次にムカジーが選んだテーマは『遺伝子』だったが、その次は「細胞」だ! ただ細胞はあまりにテーマが広すぎるからか、通史としては描かれておらず、細胞と人類の関わりを様々なトピック──生殖と体外受精、自己と非自己の認識メカニズム、最終的には人工膵臓の作製や人間を増強するための細胞工学に伴う倫理的な問いなどなど──について語っている。

遺伝子改変をはじめとした、「遺伝子」全般の重要性が語られることの多い昨今だが、人間の体の真の素材になっているのは、遺伝子を表現した結果である「細胞」であり、本書はあらためてなぜ「細胞」が重要なのかを、あらためて教えてくれる。

あとこれは単行本からの文庫化だが、クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』の原作である文庫上・中・下も全部セール中。

フィクションのおすすめ

フィクションは最新の期間かつセール中のものはあまり読めていないのもあって少なめだが、川崎大助『素浪人刑事 東京のふたつの城』はおもしろかった。大政奉還がされず、2020年代まで徳川幕府が続いた日本が舞台の歴史改変時代(?)SF。2020年代だから普通に車も電話もラジオもあるのだが、そこに暮らす人々はかなり江戸時代の香りを残す人たちで──という、ギャップが全篇通して突き詰められている。

単純に大政奉還されなかった、で終わらせるわけではなく、その後どのような内乱が続いたのか(赤化した蝦夷が突如独立を宣言しソ連を後ろ盾として首都陥落の瀬戸際まで行く蝦夷事変とか、、また徳川幕府が続くことで諸外国との関係性はどうなったのか、文化の変容は──といった細部も詰められていて、歴史改変SFの醍醐味がたっぷりつまっており、かなりおすすめだ。

昨年のハヤカワSFコンテストで大賞を受賞している矢野アロウ『ホライズン・ゲート』も、(たしか)今回が初のセール対象。超巨大ブラックホールに存在すると言われる、別の宇宙に繋がるゲートに向かう少年少女の物語で、神話的な世界とトランスヒューマン的な世界観がブラックホールで統合された意欲作。ブラックホールをここまで見事に描写・演出した作品はあまり読んだことがない。あとデイヴィッド・ウェリントンによる『妄想感染体』も「人間だけでなくAIにも感染する狂気の病原体」という設定で進行するSFホラーでめっぽうおもしろいのだけど、三部作の第一部で話がかなり中途半端なところで終わっているので、こちらはホラーが好きな人にはおすすめ、といったところ。

おわりに

今回はこんな感じかな。今回はやはりノンフィクションが豊作で、特別取り上げたいとは思わなかったけどジュネイド・ムビーン『AIに勝つ数学脳』なんかも「AIと協働してパフォーマンスを発揮するためには、どのような考え方が必要か?」というテーマの本でおもしろかったし粒ぞろい。2023年12月頃〜2024年4月以前の作品については、過去のセール記事をご参照ください。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

*1:マイケル ヘラー; ジェームズ ザルツマン. Mine! 私たちを支配する「所有」のルール (p.17). 株式会社 早川書房. Kindle 版.