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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ファンにはたまらん一冊──『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』

村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事

村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事

これまで村上春樹さんが訳してきた本をひとつひとつ取り上げながら(概ね70冊ぐらいかな)、本人が簡単なコメントを残していくスタイルで構成された一冊である。

簡単なといっても多いものだと800文字、少なくてもだいたい400字ぐらいはあり、そのほとんどが当時の思い出話であったり、著者と交流した際の思い出話であったり書評のような文章でなかなかに読み応えがある。僕はけっこう春樹翻訳を読んできたと思うけれども、「おお、こんなのが出てたんだなあ」と意外な一冊もあったりして、こうやってまとまってくれると拾いこぼしを防げるので大変ありがたい。

村上春樹翻訳で記憶に強く残っているのはレイモンド・カーヴァー関連の本(の中でも個人的には大聖堂)、ティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』、サリンジャーだとキャッチャーよりかは『フラニーとズーイ』、レイモンド・チャンドラーなら『ロング・グッド・バイ』で、代表的なところが多いか*1。マーセル・セローの『極北』やダーグ・ソールスターの『Novel 11,Book 18』のような村上春樹さんが自分で"発見"しておもしろすぎて訳してしまった系のものは例外なくアタリだったので記憶に残っている。特に極北はよくぞ訳してくれたものだと感動したものだ。

あとは翻訳企画ではおなじみの、柴田元幸さんとの対談も載っている。失礼ながらこの二人しょっちゅう話しているイメージがあるので、新しい話題があるのかなと思っていたのだが、少なくとも僕は読んだことがない話が多くておもしろかった。

村上さんの翻訳を柴田さんがチェックしていた時の話が多いか。個人的におもしろかったのは、その柴田チェックを早川書房から出ている物にはしたことがなくて、理由は早川書房は翻訳慣れしているから、編集部内でチェックしてくれるのだという話。早川の翻訳編集の方が文章を一文一文原書と突き合わせてチェックをしているのは聞いたことがあって、その際に「海外翻訳の編集者って滅茶苦茶大変なんだな〜〜〜」と恐れ慄いていたから、普通はそんなにしないのかと驚いたのであった。

とまあ、そんな感じの本です。おもしろかった。

*1:フラニーとズーイはほんとよかったな。チャンドラーもちょっとびっくりするぐらいに村上春樹訳がよかった記憶がある。

極端な危険と利益──『毒々生物の奇妙な進化』

科学ノンフィクション

毒々生物の奇妙な進化

毒々生物の奇妙な進化

本書は毒を持つ生物について書かれた本である。

毒がどのように人体やその他目標とする生物に機能するのか。どんな仕組みによって体内で生成されるのか。毒に耐性を持つ生物──たとえばハブに対抗するマングースとか──はどうやってその能力を得たのかなどなど、複数の毒生物の事例について科学的に解説してみせる。読むことで各種毒生物について詳しくなることができるが、いってしまえばそれだけの本ともいえる。しかしこれがなんともおもしろい。

毒生物という切り口での生物の本を僕がこれまでほとんど読んだことがないこともあるけれども、毒にまつわるエピソードには人間の業の深さ、愚かさが詰め込まれているからだ。特に毒性生物の研究者ときたら好き好んで致死性の毒を持つ生物を求めて冒険をし、時にはわざと咬まれることもいとわないド変人どもなので著者が体験したもの、見聞きしたものを含め、話のひとつひとつが鉄板でおもしろいのである。

 その努力の甲斐あって、彼は二六種類の毒ヘビに咬まれ、二三回骨折し、三尾のスティングレイ類と二匹のムカデ、そして一匹のサソリの毒液に触れた。何回くらい毒のある昆虫に刺されたことがあるのかと私が質問したところ、彼は声を出して笑った。「ミツバチをどうやって数えるんだ? 胸くそ悪いアリも、君はいちいち数えろというのかい?」

DIO様を彷彿とさせる名言だがこんな話がぽんぽん飛び出すのだから恐ろしい。

最凶の殺戮者は誰だ?

カモノハシの話からはじまり、クモ、クラゲ、と様々な生物について触れられていくがなんといっても好奇心をくすぐられるのは"最凶の毒性生物はなんだ!"という問いかけである。当然、これは最凶をどう定義するかの話になってしまうところはある。

たとえば想定される基準としては、殺傷能力を調べる方法があるだろう。科学的にはLD50という、実験動物に投与した場合に、ある日数のうちに半数を死亡させる量を表す指標があるけれども、これが低ければ低いほど少量で死に至ることになる。とはいえ、マウスで値が出されるので人間に対しては違う結果をもたらすこともある。

死亡率を比較するのもいいかもしれない。咬まれたり刺されたりした場合に、生き残れなかった人のパーセンテージを出すのだ。オーストラリアンウンバチクラゲの毒性は地球上でもっとも高い部類だが、刺された人が死ぬ確率は0.5%と低めである。それと引き換えキングコブラは持っている毒液はそう殺傷能力は高くないが一咬みで最大7ミリリットルの毒液を送り出して(20人を殺せる量)咬んだ人間を50〜60%殺す。

とまあいろいろな基準があるわけだけれども、咬まれた時近くに医療機関があるか、血清ができたか否かといった要因も大きいし、ヘビは大変多くの人間を殺しているとは言え"世界最多"ではない。では年間の死者数で見た場合、いちばん人間を殺しているのは毒生物とは何なのか(ここでは前提として人間にとって最凶を決めることにしている)──といえば、それはカ科である。そのへんを飛び回っている蚊だ。

彼らは血を吸っている間傷口を宿主に気づかせずに開いたままにしておくため、抗炎症化合物をつくりだす毒液を送り込む。そのため、捕食対象となった人間は、蚊がたっぷり血を吸い終わっても吸われたことにさえ気づかない。その毒自体が我々を殺すわけではなく、彼らが毒液を人間に注入するときに、他所で拾ってきた病原菌を感染させるため、死亡率が跳ね上がっているのだ。マラリアでは毎年60万人以上、黄熱病では3万人、デング熱で1万2000人亡くなっているが、蚊の影響が大きいのである。

毒々生物と人間の話

そんな感じで毒々生物についての話はどれも魅力的だが、それと並行して語られるのが毒々生物と暮らす人間の話である。研究者らの話もあるけれど、中心となるのは毒を自分の身体に意図的に注射したり、免疫として取り込もうとする人々の話である。

たとえば自家免疫実践者たちは、自分の身体の自然免疫反応を誘発させるために、薄めた毒液を自分に注射する。彼らは次第に注射する毒液の量を増やしていくことによって、馬などで血清をつくるようにして自分の身体の免疫が高まると信じているのだ。それを実践する人の多くは毒を持つヘビなどの飼育者ではあるが、中には健康になるという発言だったり、若返るような気分になるといったことを言うひともいる。

僕はまったくしらなかったので読んで驚いてしまったのだが、実は都市のスラムなどでヘビに咬ませるのを商売にしている人間も多いのだとか。たとえばインドコブラに脚をかませ「幸福で、意識が薄れ、眠くなるような失神状態」を体験した人がいる。長期的な薬物乱用者では、一週間に足指を二回、三回咬ませる人もいる。この危険な遊びは広まりつつあり、毎日咬ませるのが無理なほど値段も葛藤しているという。

ヘビの毒液から得られる恍惚状態は、即効性のものではない。ウィスキーをダブルで飲むのととてもよく似ていて、体に入れてから、実際に毒が入っていると感じはじめるまではしばらく時間がかかる。しかし、咬まれてから三〇分から二時間もすれば衝撃が訪れる。神経毒が効いてくるのだ。目眩がし、視界がかすむ。そして、陶酔感がやってくる。

えーほんとかよー絶対ウソでしょ、だって毒じゃんと思うんだけど、体験者の声は多いし何しろ金を払ってまで咬ませる人が大勢いるのだから本当なのかもしれない。とはいえ安全な毒ではないし、死亡者も出ているし、利益が危険性にまさるとはどうしても思えないがそんだけ魅力的なのかな……。まあ、科学的にはいくつかの実証も出ているのは確かである(たとえばコブラの毒液は強力な鎮痛物質を含んでいる)。

薬になる毒

悦楽をもたらすかどうかとはともかくとして、毒を薬に用いる話は最近特に増えている。ミツバチの毒液成分アパミンは大量に投与されると震えや痙攣を引き起こすが、少量では学習・認知能力が改善されることが示されている。実験動物の膵臓を肥大させる毒トカゲからは、インスリン昏睡が起こらない新しい糖尿病の薬ができた。

その応用で、アメリカのドクトカゲのペプチドを使った早期のアルツハイマー病や軽度認知障害の人に対する薬の臨床試験もはじまっている。ミツバチの毒液成分がHIVを殺せることが発見されたし、イソギンチャクの毒は自己免疫病に、タランチュラの毒は筋ジストロフィーに対して効果があるのではとされており、試験がはじまっている。これらの試験がうまくいけば毒の薬利用はさらに広がることになるだろう。

おわりに

毒は極端に危険性のあるものだが、同時に極端な利益を産む可能性もある、というのがここ最近科学的に*1判明してきた事実といえるだろう。本書にはそんな、薬利用にしろ麻薬的な利用にしろ、危険だからこそ生まれている毒生物の魅力が(+当然ながら恐怖が)十全に描きこまれているので、ぜひ楽しんでもらいたい。ちなみに、僕が読んでて一番怖かったのはエメラルドゴキブリバチですね(詳細はググってくれ)。

*1:ローカルな言い伝えとしては毒の薬利用は古くから行われていた

機械獣が跋扈する世界を思う存分冒険する──『Horizon Zero Dawn』

ゲーム SF

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4

『Horizon Zero Dawn』はこれまで『KILLZONE』などのFPSタイトルを開発してきたゲリラゲームズが新たにオープンワールドに挑んだ大作である──などという前提情報/開発会社がどうとか以前に、2015年のE3で公開された、広大な自然を機械の獣たちが歩き回り、人間の文明は矢と槍で戦うレベルまで退行してしまっているポストアポカリプスな世界観とグラフィックに一瞬で惚れ込んでしまった僕である。
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とはいえいきなりオープンワールドに挑戦して傑作がつくれるわけでも……と思っていたけれども、これが嬉しい誤算で大変レベルの高い一品である。サブクエは残っているが、一旦メインストーリーをクリアしたので総評をあげておくことにする。

簡単に総評

まず、ゲリラゲームズは相当他のオープンワールドゲームをうまくパクったなと思った。たとえばしっかりとしたキャラクタ性を持つ主人公を立て、世界の行末を左右する物語に投入する流れやゲームシステムはウィッチャー3を彷彿とさせる。世界や機械を乗りこなすシステムはFar cryを。そうやってオープンワールドのシステムをパクりながら、それを統合するグラフィック(やUI)は文句なしの出来栄えで、砂漠、サバンナ、豪雪とそれぞれまったく違った素晴らしい風景をみせてくれる。

一ヶ月ぐらいかけてちまちまストーリー進めるかな……と思って手を出したら一週間で30時間ぐらいかけて無心でプレイしてしまうぐらいには続きが気になるシナリオで、サイドクエストや世界観構築もよく出来ている。いくらか不満点もあるが、基本的には独自の世界観をガッツリと示した、大満足な大作ゲームといったところだ。

シナリオ、世界観について

1000年後の未来を舞台にし、豊かな自然、その中を我が物顔で歩き回り人間を襲いまくる機械の獣たち。さまざまな習慣、文化を持つ部族が点在する人類の勢力が均衡している──という世界観がまず素晴らしい。いったいなぜ世界はこのような状態になったのか? という大きな謎は物語開始地点では誰も知らないが(疑問にすら思わない)物語が進む度に過去に起こった"厄災"の真実が判明していくことになる。

主人公となる女性のアーロイはたくましく、自分の何十倍も大きい機械獣たちを相手に飛び回り跳ね回り罠を仕掛けさまざまな矢を放ち殺しまくる! 親がおらず、異端児として部族から爪弾きにされて育った彼女は、自分の母親は誰なのか、ルーツはどこにあるのかを辿るため(と諸々の事情によって)旅に出る。個人的な探求の旅と世界に何があったのかを探る冒険は道を同じくし、ストーリーの訴求力はかなり高い。

オープンワールドといえば自身の選択によって世界の命運が変わる物も多いが、本作はルート分岐はない分アーロイの物語としてしっかりと完結させている。ラストバトルに至るまでの流れは、大作オープンワールドゲームだったらこれぐらいはやってもらいたい! という水準を超えている派手なものなのでお楽しみに。

バトルについて

嬉しかったのが、バトルが大変におもしろいところである。R1で弱槍攻撃、R2で強槍攻撃、L2で弓の照準と動作自体は非常に単純ながらも、使える飛び道具の数が多い。長弓、短距離弓、そのそれぞれに属性矢、爆裂矢、必中矢などの特殊な矢が選択できる。ロープキャスター(獣を地面に縛り付ける)や、トラップも複数あり、「これ……無理じゃね……??」みたいな超デカ物を相手にいろいろな戦い方ができる。

普通に矢を打ってたら一発でHPの増減がわからないレベルでしか減らせない大物も(最初、倒し方がわからなくて相手が追ってくるマップギリギリのところに陣取って40分ぐらい矢を打ち続けて倒した)、倒し方がわかってしまえば新しい武器やレベル上げなどをしなくても1分程度で処理できたりする。特にトラップは適切に扱えばとても強く、普通だったら倒せない相手をサクッと倒せるのがきもちい。

レベルによって上がるのは基礎体力とスキルポイントで、スキルは戦闘を便利にするもの(矢を狙う時の時間の流れを遅くしたり)も多いが基本的に重要なのはプレイヤースキルの向上、敵の行動パターンと弱点の分析である。そのためプレイするうちにどんどんうまくなって効率的に機械の群れが倒せるようになっていく快感がある。

機械獣をハックして乗り物にできたりするシステムもあるのだけど、この作り込みはいまいちに感じた。全25種の機械獣のうち乗れるのは3種類ぐらいだけで、あとのはハックは出来るものの、ペットのように連れ回したりは不可能なので物足りない(ハックした場所で勝手に戦ってくれることはあるけど)。結局すぐ足りなくなる素材を集めるためにもほとんど機械獣のハックを使うことはなく徒歩で移動していた。

サイドクエストとか

サイドクエストのシナリオもめっぽうしっかりしていて、ボリュームも多い(一個30分〜1時間ぐらいか)。ただ、僕の中でのサイドクエストの到達点は今は『ウィッチャー3』になっているので、そこまでの作り込みではない、という感じか。総じて世界の背景を感じさせる内容のクエストが多いのは素晴らしい点。

機械獣について

全25種と聞くと相当少なく感じられる。実際そのうちの何体かはボス格でほとんど出くわすことがないことを考えると、フィールドを歩いていて出くわすのはおなじみの数体のみで新鮮味が感じられない──というマイナス点はある。

ただ一体一体のデザインは異常に優れているし、それぞれに部位の概念があって部位ごとに破壊判定があったりするので、これはそうしたトレードオフの結果なのだろう。こちらの行動の先読みまでする高度なAIや、実在の動物の行動を模倣したリアル感もあいまって実に魅力的にこの世界を彩ってくれている。

次回作に期待。

と、たいへん楽しんだのだけど、なんというか現世代のオープンワールドゲーの良いとこを詰め込んでみましたみたいな作品なので良くも悪くもその限界も露呈しまっているように感じた。それもこれもゼルダの"オープンエア"を横目にゲームをしていたせいだとは思うが、バトル・アクションもマップの移動も、まだまだ"自由"とは程遠いなという感じで、次はもっと進化したオープンワールドを遊んでみたいものだ。

今回はシナリオは素晴らしいとは言え、選択肢が物語に分岐を与えたりと言った要素がほとんどないし、機械獣についてもまだやれるべきことは多くありそうだしで進化の余地はまだ残っている。新規IPの立ち上げとしては抜群にうまくいったとおもうので、このままゲリラゲームズにはこの路線で次をつくってもらいたいものだ。

サイエンスノンフィクションをSFとして読む

SF 科学ノンフィクション

僕はけっこうSFを読むのだが、それと同じぐらいにサイエンスノンフィクション(SNF)も好んで読む。もちろんそれは単純に僕がどちらも好きだからなのだけれども、SNFについてはハードなSFを読むように愉しんでいる側面があるように思う。

たとえば最先端のSNFは不確定な領域を扱うものが多く、宇宙論などは特にそうだが今はまだ実験不可能で、数学的な整合性だけで成立している推論も紹介されることがある。そこまでいくとキャラクターがいない以外は、もの凄くハードなサイエンスフィクションとそう変わらない──と、そう言い張ることができるし、まさにそういう理屈で、僕はサイエンスノンフィクションの多くをSFとして読んでいるのだ。

フィクション読者とノンフィクション読者の間には断絶があり、読書家であってもどちらかしか読まない場合が多いのではないか(これはただの感覚値だけれども)と僕は思っている。それは勿体無いなと思うので、とりあえずSFファンに向けてサイエンスノンフィクションのSFとしてのおもしろさを書いてみようと思う。

宇宙について

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

たとえば、『繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像』では一般相対論と量子論を統合した量子重力理論の候補のひとつとして研究が進められている"ループ量子重力理論"の解説が行われている。

ループ量子重力理論の考え方、物理法則への仮説を適用すると、宇宙はビッグバン以前にも存在しそれが現在の宇宙とどう異なっていたのかまで見積もることができる。しかし、この理論はあくまでも研究途中であり、実験や観測により裏付けはとれていない。現状この理論に存在するのは、理論を方程式によって定式化する際の数学的な整合性と、不完全な一般相対論を補完しようとする雑多な理論的考察に過ぎない。

ループ量子重力理論の詳細な紹介はまたの機会に譲るが、この理論が最終的にもたらす可能性は現在の宇宙観を一変させ得るものだ。たとえ推論に過ぎないとはいえ、その可能性──世界の限界が更新されていく様を頭に思い浮かべると、たまらなく興奮してくる。そのうえ、著者の文章も飛ばしまくっている。

ビッグバンが起こる前、宇宙は収縮を続けていた。言い換えれば、宇宙は自らの重みでどんどんと崩壊していき、最終的に熱くて高密度のビッグバンが生じた。こうした過程は古典論では解析できない。だが、量子論的な性質を考慮に入れたより包括的な理論、つまりループ量子宇宙論ならば、その古典論の限界を乗り越えられる。ビッグバン特異点は、アインシュタインによって定式化された世界を記述する言語の限界であって、世界の限界ではないのである。

ループ量子重力理論によると、ブラックホール特異点で何が起こっているのかもある程度見積もることが可能になる。その仮設の一つでは、ブラックホール特異点は子宇宙へとつながっており、少しずつ物理定数も変わっていくと考えられている。子宇宙、孫宇宙(子宇宙の中のブラックホールから生まれた宇宙)と連綿とつながっていくうちに、「子宇宙を生み出しやすい物理定数」の宇宙が生き残ることを考えると、そこには宇宙の進化論ともいうべきものが浮かび上がってくる──。

正直言ってこれが本当化どうかなんて誰にもわからないが("まだ"実験/観測できないから)、そうしたワクワクさせられる仮説が、少なくとも数学的な整合性を持って立ち現れてくる宇宙論の本は、僕にとってはものすごくハードなSFなのである。

生物の誕生について

生命、エネルギー、進化

生命、エネルギー、進化

宇宙論の本だけでも充分にこの稿を終えることができるが、生物の誕生もワクワクさせられるトピックのひとつだ。何しろ「なぜ生物は地球で生まれることができたのか」「生命の起源は何なのか」がわかれば、この宇宙に点在する惑星の組成を調べどの程度の割合で生物が存在しえるのか、また生物の存在可能性が高い惑星はどれかといったことが推測できるからである。その事実の如何によって、想像でしか到達できないこの宇宙の隅々にまでいる可能性のある"生物"への解像度が上がっていく。

そんな宇宙における生命の普遍的特性ともいえる題材に真正面から取り組んだのがニック・レーンによる『生命、エネルギー、進化』である。いろいろなトピックについて触れていく本だが、何より興奮させるのはもちろん生命のはじまりについて。これについて本書では、細胞を一からつくるには、まず前提となる有機物生成のために反応性の高い炭素と化学エネルギーが原始的な触媒のもとを継続的に流れる必要があるが、現状必要な条件全てに合致するのはアルカリ熱水噴出孔だけであるとしている。

ところが、アルカリ熱水噴出孔には「必要物」、たとえば水素ガスは豊富にあるものの、これは普通の状態ではCO2と反応せず、有機物を形成しないという問題が残っていた──。ここからが特に凄いところだが、著者らが行った研究によると、アルカリ熱水噴出孔が持つ物理的構造が天然のプロトン勾配(細胞膜の内外に生じる+Hの濃度差によってATP合成のエネルギー源となる)として機能することで、反応に対するエネルギーの障壁を打ち壊し、有機物の生成を促すことが明らかになったという。

これが事実であれば、アルカリ熱水噴出孔は水とカンラン石の化学反応によって形成されるので、岩石と水とCO2があれば生命に必要な諸条件はひとまず整うことになる。著者は、その場合生命におけるプロトン勾配含む化学浸透共役のシステムは『まさに宇宙における生命の普遍的特性であるはずだということが示唆されている。つまり、地球以外の生命も、細菌や古細菌が地球上で直面しているのとまったく同じ問題に直面するはずなのだ。』とまで言い切ってみせる。これには痺れた。

もちろん宇宙は広く、他にどんな方法で生命が発生しても不思議ではない。しかし岩石と水とCO2というのは揃えるのがそう難しいものではなく、必然的に本書ではそれらが揃えば地球と同じような道筋が繰り返されてもおかしくはないと主張している。地球上の生物の基本的なシステムの理由を追っていった先に「宇宙における生命の普遍的特性」が浮かび上がってくるというわけで、なかなかに心踊る展開である。

機械道徳、宇宙倫理

果たして人間と同じように思考をする人工知能にどのような権利を与えるべきだろうか? 自動運転車が事故を起こした時、誰に責任をおわせるべきか? 機械に"正しい"道徳を教えることは可能か? などの人工知能周りのテーマは何も説明することもなくほぼSFだが、それについては先日記事にもしたので割愛する。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

宇宙倫理学入門

宇宙倫理学入門

他、今年読んだ中でもっともSFマインドが刺激されたノンフィクションは稲葉振一郎さんによる『宇宙倫理学入門』だ。これはそのままズバリ宇宙での倫理学である。どんな問題が取り上げられるのかと言えば──まず身近なものからいけば、宇宙における軍備管理、人工衛星から得られる情報の取扱、スペースデブリの処理をめぐる問題、宇宙飛行士その他宇宙滞在者の健康管理についてなどなどがあげられる。

現在でも静止軌道をめぐる取り決めはあるが、今後地球周回軌道上が希少資源となり、軌道を周回する権利が国家による固有の財産として管轄下に置かれる可能性もある(『通信や探査を中心に、宇宙の商業利用がますます活発化する現在、「宇宙活動の民営化」とでも言うべき課題が浮上しつつある』)など、ショートレンジで議論すべき点は多い。逆に、数千年単位の広い視点まで検討するのであれば、地球外生命との遭遇時にどんな道徳的対応をすべきかという問題が立ち上がってくる。

ファーストコンタクトはSFではおなじみのテーマであるし、本書でその後語られる宇宙植民の現実的可能性についての稿は非常に説得力ある形で"宇宙植民のありえる形"──人間はどんな動機で宇宙植民をする/あるいはしないのか? 資源を目当てにした場合、それが割にあう可能性はあるのか? などなどを導き出してみせる。もはや説明不要でSFファンにオススメできる一冊だ(書いていて思ったけどサイエンスノンフィクションとはちょっとジャンルが違ったねこれは)。

おわりに

この稿ではひとまずここ最近読んだ中でわかりやすい部類のものを引っ張ってきたが、まだまだこんなもんじゃなくSFとしておもしろいサイエンスノンフィクションは溢れかえっているので、また機会があったら紹介してみたい。

人工知能本読みすぎて飽きたけどその中でも記憶に残っている本を紹介する

科学ノンフィクション

この数年人工知能バブルかってぐらい人工知能関連本が出まくっていて、最初の頃は律儀に一冊一冊読んでいたもんだが、だんだん飽きてきた(そりゃ読みまくってるんだからそうだ)。やれ人工知能に仕事が奪われるだとか奪われない仕事はなんだとかの話は定番だが、定番すぎてそうそう新しい解釈が出てくるわけではない。消える仕事は消えるし、残る仕事の分野もだいたい明らかになってきている。

とはいえそれでも読んでいると「おお、これは視点が良いな」と思えるものもあり、そういうのは読んでいて楽しい。その書き手はやっぱり基本的には専門的な知識を持っている人たちだ。認知ロボット工学者であったり、AI研究所に勤めていたり、機械学習の専門家だったりする。最後のはまた特殊事例といえるが、本稿ではそうした人工知能本飽きた僕の中で記憶に残っている本をいくつか紹介してみようと思う。

まずは基本的なところを教えてくれる一冊

シンギュラリティ:人工知能から超知能へ

シンギュラリティ:人工知能から超知能へ

  • 作者: マレー・シャナハン,ドミニク・チェン,ヨーズン・チェン,パトリック・チェン
  • 出版社/メーカー: エヌティティ出版
  • 発売日: 2016/01/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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まずオーソドックスなところからいくと、『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ』は認知ロボット工学者がシンギュラリティと人工知能について語った本だ。シンギュラリティは、凄い技術発展があるとその技術がさらに発展を加速させるのである点を超えるともうものすごいことになりますみたいな話である。とはいえその"もうすごいこと"が具体的にどんなことなのか、イメージつかない人もいるだろう。

そのへん、本書は比較的具体的かつテクニカルに人間より凄い人工知能はどのような技術的アプローチで可能なのか?」「それが実際にできたとして、どのように凄いのか? 何を変えうるのか?」を仔細検討していってくれる。たとえば人間の脳を完全再現する「全脳シュミレーション」、そんなことができたら凄いことになりそうだが、現状何が課題になってできないのか? もしそれができたら他にどんなことが可能になるのか? といったことをAIの権利問題なども絡めながら解説してくれる。

内容的には格別新しいというわけではないし、一つの問題を深掘りしていくタイプの本ではないけれども、全体像を把握する物としては気に入った一冊だ。

機械道徳、計算倫理学、責任問題

続いては機械道徳、計算倫理学といった観点から人工知能を考える二冊である。

人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き

人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き

『人間さまお断り』は基本的には人工知能時代における経済と労働について語る一冊だが、話題のひとつに機械道徳がある。たとえば自動運転車があった時に、人が飛び出してきたとする。ハンドルを急に切ることで避けることは可能かもしれないが、その場合運転手が危険に晒される。そうした場合、人工知能は飛び出してきた人を跳ね飛ばすようプログラムすべきか、はたまた運転手を危険にさらすべきか? 

これは基本的にはプログラムをどうするかの話ではある。そうなってくると次に考えなければいけないのは「仮に自動運転車が通行人を跳ね飛ばしたとして、責任をとるのは誰であるべきか」という問題である。著者はこれについて過去の奴隷市場の判例を引用し、『ロボットは所有者の法的[代理人]として行動していたのかもしれないが、所有者はロボットがなにをしているか知らなかったのだから、所有者には[本人]としての責任はない──責任はロボットにあるのだ。』と結論づけてみせる──とはいうものの、「ロボットをどう罰するのか」という問題は依然として残る。

著者は今度は法人を参考にし、法人が犯した罪に対しては、「目的、目標」へ罰が与えられることに注目する。たとえば罪を犯した法人は、懲役は科されない代わりにその目的=利潤の追求に対する罰として罰金を科されたり、市場への参入を禁止される。ロボットについても同様に、その目標遂行能力を損なわせる形での罰(被害者への貸与だったり、重要なデータベースを消去したり)が考えられるだろう──というのは一例だが、法解釈にまで踏み込む提起の数々はは具体的でおもしろい。

人間VSテクノロジー:人は先端科学の暴走を止められるのか

人間VSテクノロジー:人は先端科学の暴走を止められるのか

原題は『A Dangerous Master How to Keep Technology from Slipping Beyond Our Control』で、我々の制御を超え進歩を続けていくテクノロジーを目の前にし、『先進テクノロジーの採用に伴う潜在的な危険を想定して管理するさいの問題を検討し、さらにそれを予想される利益と比較考察する』一冊だ。テーマは人工知能に限った話ではないけれども、人工知能を含む先端科学技術の予測不可能性と我々はどう付き合っていくべきかというテーマは今後より重要性を増すのは間違いない。

技術の進歩は早く、それに引き換え人間が議論をして意思統一をする速度はあまりにも遅い。クローン人間を解禁して社会にどのようなインパクトが起きるなんて誰にわかる? 3Dプリンタで誰でも銃がつくれる時代の正しい規制とは何か? スポーツでの筋力強化など技術的能力強化はどこまで認められるべきなのだろう? 議論が追いつく前に危険な実験や不正が広がる可能性はいつでもどこでも転がっている。

本書はそうした状況を前にして遺伝子操作、サイボーグ技術、無人兵器、医療などいくつかの分野を例にとり、それぞれに現状どのようなリスクがあって、現状の技術レベルはこんなもんで、とリスクとベネフィットについて語り、さらに道徳と倫理については過去にこういう議論がなされてきましたよと現状を整理してみせる。2016年に読んだ本の中でも、最も刺激的な部類に入る/オススメの一冊だ。

ちなみに著者のウェンデル・ウォラックはイェール大学の生命倫理学術センターでセンター長を務める人物。『Moral Machines: Teaching Robots Right From Wrong』という機械倫理、機械道徳、人工道徳といった分野を扱った本を共著で出しており、こっちはこっちで気になるけれども悔しいことに未訳である。

自分で実装する

ゼロから作るDeep Learning ―Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装

ゼロから作るDeep Learning ―Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装

いろいろ書いてきたけれども、自分で実装してみるのが一番"わかる"(人工知能=deep learningではないことは注意が必要だけれども)。専門的な本だから記事にはしていないが、『ゼロから作るDeep Learning Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装』は昨年出た中ではもっともおもしろかった/感動させられ技術書で、外部のライブラリに頼らずに、まさにゼロからdeep learningをつくりあげてみせる。

ディープラーニングとは何なのか、どんな特徴があるのか、誤差逆伝播法や畳込み演算などの技術まで含め、その原理まで踏み込んで"深く"理解させてくれる一冊だ。さすがにプログラミング未経験でいきなり手を出すにはハードルが高いけれども、ある程度の経験者が手を出せば非常にわかりやすい形でディープラーニングの何たるかが理解できるだろう。やたらと売れているのでWeb系のエンジニアなら大抵は知っていると思うが、そうでない方にもいつか登る山の候補として指し示しておきたい。

番外篇

番外編としては、ユリイカの人工知能特集で東ロボくんの開発者が答えていたインタビューはおもしろかった。あと早川から出ている『AIと人類は共存できるか?: 人工知能SFアンソロジー』は質の高い各作家らの短篇にそれぞれAI研究者ら(5人)の詳細な解説がついている特殊なスタイルの一冊で、一度に二度おいしい良書である。こんなのもおもしろい!/新しいよ! という本があったら是非教えてくださいな。

AIと人類は共存できるか?

AIと人類は共存できるか?

凝集と拡散のせめぎ合い──『宇宙に「終わり」はあるのか 最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』

科学ノンフィクション

書名からもわかる通り、本書は宇宙史を扱った一冊だ。これがびっくりするぐらいおもしろい/わかりやすい! 他の解説本で、書かれている意味がよくわからずに何度も何度も辛抱強く読み返してようやく理解したようなことが、スッと理解できる形で、より短くまとめられていて、まずその端的なわかりやすさに感動してしまった。

本書は深いテーマを掘り下げていく類の本ではないからこれ一冊で宇宙は全てOKというわけではないけれども、その代わりに俯瞰的に宇宙の歴史をまとめ、宇宙の始まりから終わりまでを適切に駆け抜けてみせる。「宇宙論の本って出すぎていてどれを読んだらいいかわかんない」という人も多いだろうが、そういう人にこそまず本書を渡したい、そんな決定的な一冊なのである。

そもそも終わりはあるのか?

書名には「宇宙に「終わり」はあるのか?」 と疑問形で書かれているが、宇宙にも終わりはある。本書で宇宙の到達点とされるのは10の100乗年あたり。億も京も該も恒河沙(10の52乗)も那由多(10の60乗)も、不可思議(10の64乗)も、無量大数(10の68乗)も遥かに超えたこの頃、宇宙はビッグウィンパーと呼ばれる拡散の極限状態に達し、新しい構造形成を起こす材料もエネルギーも供給されない、器は残っていても代謝の一切起こらない死体の状態になるとされる。

現在は宇宙のはじまりとされるビッグバンから数えると138億年後になるが、10の100乗年と比べるとまだまだ生まれたばかりといえる時期だろう。我々人類や地球の生物のようなものがこの時期に生まれているのも決して偶然ではない。活発な元素や惑星の形成は主にビッグバンから100数十億年の間に起き、この時期を過ぎると恒星は次々と燃え尽き、天体は崩壊し生命が生まれるのはどんどん厳しくなっていくので、基本的にはこの時期にしか生まれ得ないのである。

われわれ人類は、長期にわたって安定している宇宙に次々と登場する無数の知的生命の一つではなく、混沌から静寂へと向かう宇宙史の中で、凝集と拡散が拮抗し複雑な構造の形成が可能になった刹那に生まれた、儚い命にすぎない。

本書の構成としては、第一部・過去編で、ビッグバンによる物質の生成や天体の形成、138億年後の現在に至るまでの歴史を解説する。その後、第二部・未来編は、暗黒エネルギーなど未知の条件があるためシナリオは確定していないが、確率性の高い予測/観測結果/研究を元にして、恒星の死、銀河の崩壊、物質の消滅からブラックホールの蒸発までを物凄い速度でかっとばしてみせる。

夜空はなぜ暗いのか?──ビッグバンから138億年後まで

過去編はビッグバンの「始まりの瞬間」からはじまって(ビッグバンの前には何があったのか? という話もちょろっと。)、ビッグバン直後の10分間に何が起こったのか(素粒子の誕生、元素の合成などなど)を解説しと立ち上がりはスロースタートだがその後一気に100万年まで加速し、いろいろと面白いトピックが出揃ってくる。

たとえば夜はなぜ暗いのか? という問いに対しては「宇宙空間が膨張したから」という答えが返ってくる。宇宙空間の膨張が続いてエネルギー密度が低下したため、宇宙からは昔のような輝きが失われ相対的に暗くなっていったのである。いっぽう、膨張し宇宙の温度が4000度から3000度付近にまで下がることで電子と陽子は結合して水素に変化し、それまで電子によって散乱されていた光は真直ぐ進むようになる。

この時の光は宇宙空間のあらゆる場所に存在する太古の光として今でも観測できるのだ。その後、本当のところはわからないがガス雲の内部で物質を集めながら成長した第一世代の星が生まれ、続いてその星内部の核融合や終わりにやってくる超新星爆発によって複雑な元素が生まれ、我々の"現在"、138億年へとつながっていく。

宇宙の終わり

138億年以後には何が起こるのか? たとえば太陽程度の恒星は寿命が数百億年以下なので、100億年も経てば次々とその姿を消していく。新たな恒星が渦巻銀河や矮小銀河で誕生するが、生まれる数より減る方が多いので総数としては減少する。

赤色矮星は中心部の温度が密度が低く寿命が1兆年に達することもあるので寿命は長いが、その性質上陸地は存在しにくく光量が不足すると予測されるので、宇宙から生命も減っていくと考えるのが自然だろう。さらにその先(宇宙暦100兆年)まで時計の針を進めると、明るく輝く星はすべて消え、銀河は暗黒に包まれてしまう。

1該年も経つと銀河を構成する天体はほぼ蒸発する。残った天体は銀河系の中心部へと凝縮し、そこに存在するブラックホールへと飲み込まれていく。いくつかの理論/仮説によれば1澗(10の36乗)年も経つと今度は陽子の崩壊がはじまり、物質はどんどん失われていく。陽子って崩壊するんだなあと馬鹿みたいに驚きながら読んでいたが、1澗年とは途方もない数字で正直イメージが掴めない。

こうして宇宙暦1正年(10の40乗年)頃には、陽子や中性子は宇宙空間から完全に姿を消し、電子、陽電子、ニュートリノ、光子が薄く漂うだけとなる。だが、まだ完全な終わりではない。所々に、巨大なブラックホールが残っている。

『宇宙の歴史は、凝集と拡散のせめぎ合いとして展開される』とは本書で繰り返し述べられるフレーズだが、凝集の到達点がこの銀河を飲み込み周囲に他の何も存在しない超巨大ブラックホールといえる。いっぽう、拡散の到達点は陽子も中性子も崩壊し、もはや星の存在しない空間を漂う電子、陽電子、ニュートリノ・光子などの素粒子だろう。凝集と拡散の極点に至ることで、宇宙に(ひとまずの)終焉が訪れるのだ。

おわりに

ことここまで至ってしまえば、100億年頃の賑やかだった頃は違って寂しいもんである。最後に残ったブラックホールがどのように蒸発していくのか。そして、そこに至るまでのこの宇宙の変貌過程はぜひ読んで確かめてもらいたい。ただひたすらに楽しく知的興奮に満ち溢れ、それでいてブラックホールの性質から素粒子物理学の初歩的な理論まで学べる最高の一冊である。そもそも宇宙がはじまる前には何があったの? 終わった後には何が起こるの? が知りたい人には下記本などもオススメ
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

圧倒的な情景/ゲーム体験を描き出す──『GRAVITY DAZE 2』

SF ゲーム

GRAVITY DAZE 2 初回限定版 - PS4

GRAVITY DAZE 2 初回限定版 - PS4

GRAVITY DAZE 2をようやく一通り終えたので感想を書いておこう。

総括的感想

まずメインストーリーをクリアした時点での感想は、1で明らかに「つづく」とついてしまった疑問が残りまくりのストーリーがあらたか解決し、完結篇にふさわしい最終戦のなかなかの爽快感/エンディングに向けての演出も相まって、いやあ良いゲームだったなあという深い満足感がやってくる、良質なゲーム作品といったところだ。

「重力」を操作できる少女が主人公となって、建物のあらゆる位置が「地面」になる。そうした単純な発想がゲーム・プレイとして構築されると、ただ街中を飛び回っていろんな角度から街を眺めるのが本当に愉快になってしまう。そうした楽しさは1の時点で充分に実感していたが、今回は最初からPS4ということで(1は最初vita)、そのパワーを活かして圧倒的な情景を魅せてくれる。全体的にアートワークが素晴らしく、ただ移動しているだけの場面でも思わずスクショを撮ってしまうほどだ。
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街を移動しているときに反応を返してくれるNPCの反応も多彩で、最初大きな街へと辿り着いたときも「うわああーすごーい!」と感動して意味もなく練り歩いてしまうぐらいに、楽しく作り込まれている。いっぽう、ストーリーは敵の動機や行動が単純で、秘められている謎も「そうなんだ〜」ぐらいのもんで抜群に優れているというわけではない。まあ、世界観それ自体が充分に特殊なので(重力使いの存在、重力を操れる物質が回す経済、空中に浮かぶ都市)そこまで複雑にしなくても良いだろう。

基本的には「2」とついているように、前作から話が繋がっているので未プレイ者は気をつけておいたほうが良い。が、ゲームプレイの爽快度としては2の方が圧倒的に上だし、繋がりのよくわからんキャラがいても気にならければ2から始めてもいい。

前作との違い、不満点について

まずバトルシステムについて。通常攻撃、空中浮遊状態でのキック、重力クラブ(周囲のものを浮かして敵にぶつける)、回避動作などの基本操作はそのまま。前作では重力キックが強すぎて、敵の弱点付近まで飛んでいって重力キックでボコボコにするだけだったが今作ではオブジェクトの数が多くなっており、重力クラブが強い。

飛ばせるものを探して敵からかなり遠く離れた場所をウロウロし、相手に投げつけるだけなのでノーダメージでらくらく相手が倒せるのもゲーム下手にとっては良い。これが制限される戦い(周囲に飛ばせる物が何もない)も多いし、良調整に感じた。相変わらず回避など使わなくても問題ないのは難点か。

個人的には、前作も含めてバトル・システムがおもしろいとは思えない。基本は同じことの繰り返し。重力移動で敵を倒すとなると最悪なカメラワークも含めてごたごたして思い通りにいかないし(敵にキックしてもスルッとすり抜けてしまう)、制限された空間でちまちまと戦わないといけないのはダルい。とはいえ"飛ぶ"ことの優位性が発揮される巨大なボス達との戦いは楽しく、今作ではその点が充分活かされている。

恐らくは前作の単調なバトルを嫌って導入されたフォームチェンジの概念(フォームを変えることでフォーム固有技や異なる挙動を操れるようになる)はおもしろいなと思うところもあるけれどもいろいろ微妙。ストーリー上理由もわからずそのフォームを用いるよう強制されるのも不快だし、フォームが揃うのは後半なのでストーリー上使える範囲があまり多くない。ただ操作感が変わるのは楽しいし、組み合わせ次第でコンボも発生するしで、あらたに追加されてよかった機能ではある。

今回1と2で完結したのはあくまでも重力姫であるキトゥンの物語であるという位置付けなので、また別の形での新シリーズは立ち上げ可能だと思うのだけど、その際はバトルシステムは一新してほしいなあと思うのであった。他、カメラモードやオンライン要素の充実、サイドミッションの質の向上などいろいろあるけれども概ね良かった。やりこみ要素がタリスマン集めなどで増えているのも良い。

特殊な実装がいっぱい

プレイしていて驚いたのが、エピソード毎に特殊な実装がめっぽうあることで、コストかけてんな〜と思った。スニーキングミッションみたいなのもあるし(これは正直おもしろくない)、終盤ではパズルもあるし(これも何のためにあるのか謎)、ほんの少ししか使われない特殊キャラクタの操作がきちんと実装されているのも凄い。

これも結局は「ネヴィ(作中の敵)」があらわれた! 倒せ! というミッションばかりになるのを嫌って(戦闘も単調だし)こういう実装を入れているのだとは思うけれども、いきなりパズルなんかやらされたって戸惑うだけだし(ウリである重力も一切使えない)成功しているとは言い難いものが多い。自由に空中を飛翔する快感と、ミッションに存在する制約の兼ね合いが難しいのだろう。ただ「ネヴィが!(ry」ばかりになるのも最悪なので、成功でも失敗でもないと言ったところか。

おわりに

いろいろと文句も書いたけれども、他では味わえない素晴らしい体験をできるゲームであることは確かだ。メインストーリーだけなら20時間かかるかかからないかぐらいで終わるのも、忙しい人にはありがたいだろう。また別の物語をプレイしてみたいものだ。次はゼルダ──じゃなくてひとまず『Horizon Zero Dawn』と『ニーア オートマタ』をやるぞ! どちらも評判が良いのでめちゃくちゃ楽しみです。

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4