読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

酒がもっとうまくなる──『酒の科学―酵母の進化から二日酔いまで』

科学ノンフィクション

酒の科学―酵母の進化から二日酔いまで

酒の科学―酵母の進化から二日酔いまで

酒! 飲まずにはいられないッ!

わけでは全然ないが、普通に飲む。僕だけではなく、成人した人間はけっこうな割合が飲むはずだが、毎週飲み歩いているという人であっても「アルコールがなんであり、どのように造られ、体の中でどのように作用するのか」は知らない人も多いだろう。*1本書はそこんとこを専門的に教えてくれる科学ノンフィクションである。

どのような過程で酒がつくられ、飲んだ際にはどのように脳が快楽を引き起こすのか? 樽の中に入れて醸成するその時、どんな科学的な変化が起こって味に変化が発生するのか? 発泡酒とビールはいったいぜんたい何が異なっているのか? そうした一つ一つの事象を確認していくことで、飲む酒がうまくなる──。というよりかは、飲んでる酒が変わらなけりゃあ味も変わらないわけだから、うまい酒とは何なのかを把握することによって、よりうまい酒を飲みにいけるようになるだろう。

全体の構成、流れ

本書は、かなりとっちらかっていて読んでいて頻繁に「今何の話だったっけ??」とわからなくなるのが難点だが、おおむね酒が生成されていく過程に沿って記述されていく。たとえば第一章にくるのは、糖をアルコールへと転換する真菌を扱った「酵母──Yeast」だ。蒸留酒をつくるにしても何にしても、まずは何かを発酵させなければならないが、そのために必要なのがこの酵母なので、一番手にふさわしい。

続いて語られるのは、酵母が食べる「糖──Sugar」である。食べるとはいっても糖の何もかもを食べられるわけではない。たとえば穀物の糖類(デンプンとか)は単糖が結合して高分子になっているためなかなか解体できない──と、そうした糖化学を「なぜ人間は糖をおいしく感じるのか」から順番に解き明かしていく。大ヒット中の映画『君の名は。』では「口噛み酒」という酒造手法が重要なモチーフになっているが、この章では余談としてその科学的な過程に触れられているのもおもしろい。

 初期の酒造りでは、米を口に含んで噛み、それを吐き出すことで、デンプンを分解していた。人間の唾液にもアミラーゼが含まれているため、食べ物が胃へ入っていく前からデンプンが分解される。

穀類を「発酵」させたら、次は「蒸留」させ、蒸留が終わったら樽の中で「熟成」させ、樽の中ではどのような化学反応が起こって内容液に味が染み渡っていくのか──と話は進んでいくが、最後の2章「体と脳」「二日酔い」が個人的にはいちばん興味深かった部分だ。たとえばアルコールを摂取すると起こる状況からどこかのタイミングで海馬へと移動して記憶障害を起こし、小脳にも移動し影響をあたえることで運動機能に障害が出て──と推測はできるものの、今のところアルコールが何を、どのように結合してそうなるのか、分子レベルではまるで解明されていないのだという。

二日酔い、民間療法のウソ

誰もが知りたがるのは「二日酔い」の直し方だろうが、本書には即実行できる形ではその答えは書かれていない。その代わりに、二日酔い対策のウソについては詳しくなれるだろう。たとえば、民間療法ではアルコールを分解するために水が使われ、脱水状態になることで二日酔いの諸症状──頭痛や眩暈などが発生するから、水をたくさん飲むべきだというが、本書ではこれは否定されている。

しかし二日酔いに関して言えば、電解質の濃度は対照の基準値とそれほど変わらないし、変わっている場合でも、二日酔いの程度とは相関関係がない。だからもちろん、酒を飲めば脱水状態になるが、そのせいで二日酔いになるわけではないのだ。さらに言えば、水を一杯飲んだとする。水分は補給された。果たして、これで二日酔いは治るだろうか?

僕は飲みすぎて「明日ヤバそうだな」という時は水をがぶ飲みして安心していたので信じ切っていた側だ(脱水はカバーされるから無意味ではないはずだけれども)。あと、二日酔いの原因はアルコールが肝臓で分解されてできる毒性の強いアセトアルデヒドだという説も根強いが、二日酔いの症状がもっとも重いときアセトアルデヒドの数値は低く、二日酔いの重症度とは無関係であるなど信憑性に欠ける部分がある。

現時点では、「二日酔い」については研究がはじまったのもつい最近のことであり、その原因すらもよくわかっておらず、対処法に確かなものはなにもないようだ。とはいえ、いちおう有力な原因の仮説として、炎症反応であるというのがある。たとえばトルフェナム酸という抗炎症剤を用いて実験した所、プラシーボ群とくらべて服用群は二日酔いのおもな症状のほとんどが大幅に緩和したのだという。

他にも、いくつかの薬やサプリメントが臨床試験で効果が認められている。いずれ誰でも手に入れられる形で二日酔い対策の薬が市場に放出されたら、その時人は二日酔いの恐怖なく、タガが外れたようにして酒を飲み続けるのかもしれない。二日酔いがなくなってほしいのはたしかだが、それはそれでどうなんだと思わないでもない。

おわりに

というわけで、本書ははじまりの「酵母」から人体へのアルコールの作用を論じた「体と脳」、さらには多くの人に苦い思い出がある「二日酔い」と生産工程のはじめから消費工程の終わりまでを科学的にまとめあげてみせたなかなかの良書である。

*1:まあ、日本ではもやしもんがあるから、知っている人も多いかもしれないが

ざっくりと一回クリアしての感想──『ペルソナ5』

ゲーム オススメ!

ペルソナ5 - PS4

ペルソナ5 - PS4

「よーしやりこむぞー!!」と発売を楽しみに待っていたわけではなかったんだけど、いざやり始めてみたらあまりに楽しすぎた。結局、土日月の連休を注ぎ込んで、さらに翌日仕事から速攻で家に帰ってきて一周クリアしてしまった。ボリュームは急がず普通にやって55時間ぐらいだったかな(睡眠時間をどんだけ削ったのやら)。

それぐらいガッツリやってしまうわけだから、まず大変におもしろく、細部まで創り込まれたゲームであった。この記事ではレビューというよりかは、ざっとプレイしての感想を述べることにする。公式が禁止しているように、ネタバレをする気はない。

プレイ前の不安だったところ

最初に「よーしやりこむぞーー!!」となっていなかったのは、不安点が幾つかあったからだ。まず、3と4をプレイした際に、「自動生成ダンジョン探索」と「コマンドバトル」に対して完全に飽きてしまっていたという個人的な理由がある。オープンワールド作品も増え、ウィッチャー3など魅力的なARPGを近年プレイしてきて、携帯ゲーム機ならともかく(ペルソナQもおもしろかった)、いまさらプレステ4でコマンドバトルっすかぁ……と、だいぶやる気が削がれてしまったのだ。

同時に、4は3にあったダンジョン/戦闘システムなどあらゆる点が洗練され、「田舎」を舞台にしたからこその魅力的なキャラクタにテーマ、日常に潜む連続殺人鬼、「絆」を否定する敵役と、総決算ともいえるような内容だっただけに「これを超えるのは厳しいだろうなあ」と思っていた。今作では「都会」を舞台に、主人公たちは「心の怪盗団」を名乗る一種の義賊なわけだけれども、そこに前作以上の"都会である意味"や"悪党どもをプレイヤーキャラにする意味"がこめられるのか? と。

事前に公開されていたストーリー情報や、アニメの一話をみてもツッコミどころばかり頭に思い浮かんできて不安が募っていたのである。

プレイ前の不安だったところは解消されたのか? 戦闘/ダンジョン篇

そうした不安が解消されたのかといえば、ほぼほぼすべてが解消されている。

まずコマンドバトルがだりいなあ……と思っていた点については、十字キイで敵選択後に○(通常攻撃)や△(スキル選択)を押して決定する方式に変わったことでコマンド入力の手間が前作よりも一段階省略された上に、味方の動きをお任せできるようになったので実質手間は4分の1以下になっている。動作も早く弱点をつけば戦闘も一瞬で終わるのでコマンドバトルであることをあまり意識させないレベルだ。

ダンジョン探索については、メインストーリーでは自動生成ダンジョン探索が排除されたのが最高に嬉しかった。そのかわりに、各ダンジョンは固定マップ化し、それぞれのダンジョン特有の謎解きや敵の回避方法など様々な手段を用いて進んでいく。その気になれば戦闘も大部分避けられるのだ。謎解きも理不尽なものはなく、少し考えればわかるものばかり。難易度の高い謎解きでない代わりに、思考を要するポイントを数多くつくっているのも次々とパズルを解き明かしていくようで爽快感が高い。

露骨なヒントではなく、道順や制限によって次に行く場所がわかるようになっているダンジョンデザインには感動させられた。新マップでは必ずといっていいほど「あそこがゴールだ」と提示され、よくわからずとも直感的に進んでいくと、なんとなく前(ゴール)に進める優しさがある。とまあ、今作は戦闘/ダンジョンシステムについては新しい路線で素晴らしい成果を残したのではないか。

キャラクタについて

キャラクタについて。人にもよるだろうが、メインキャラクタの魅力は4よりは落ちると思う。とはいえ、職業的/使命的に集まり、やたらと重い過去か重圧がある仲間が揃っているペルソナ3と、基本的には重い重圧も過去もなく、愉快で楽しい日常をおくるペルソナ4の中間ぐらいで、前2作とはまた違った味が楽しめて素晴らしい。

何より、サブキャラ陣は圧倒的に5の方が魅力的で、女性キャラを筆頭に有用な報酬がなくとも上げたくなる。これは今作のテーマ上、「信念があるが故に、変化を嫌う人々から疎外されてしまった(しまう)はみだし者たち」が集まっていることや(必然的に大人が多いし、社会人としては心に響く)、コミュではなく"協力者(Cooperation )"だからこそ、怪盗団へと密接に関わってくることも関係しているだろう。

あと、絆を上げるのにこれまでとは違ってダンジョンに潜る必要があるのも(この理由付けの処理もまたうまい)、「サブキャラの掘り下げ」と「ダンジョン探索」で完全に分離しがちだった前作までをうまくアップデートしている。デザインからして抜群に魅力的なので、公式サイトで、イラストだけでもみてもらいたいものだ。
persona5.jp

ストーリーについて

最後にストーリーについて。事前に判明していた、傍若無人に生徒を虐げる教師や盗作上等のクリエイターという「巧妙に細工をすることで、法で裁かれない悪党」を「認知上の世界であるパレス(異世界)で改心させる」「改心させられた相手は自分の罪を自白し悔い改めるようになる」というストーリーから必然的に思い浮かぶ幾つかの疑問や懸念点について、ちゃんと議論や問題になっていくので安心した。

東京を舞台にしたことの必然性も無数に用意されているし、デザイン面で「こういう風に都会の風景を取り込んだのか」と感心するところも多い。認知世界(パレス)ネタについてはもっと掘り下げられたんじゃないかというきもするけれども、ここを深く堀りすぎるとSFになってしまうかな。肝心の敵役については「そう来たか」という感じで、これもまた東京が舞台であることの必然性に絡んでいるし、大満足の内容。

終盤のヒキが4以上に強いので、寝る前に突入するとやめるにやめられず徹夜するハメになるだろう。ペルソナ3,4ファンには嬉しすぎる演出もあり──と、語りたいことはいっぱいあるがどうしてもネタバレになってしまうのでこのへんでおわり!

おわりに

総じてゲームをプレイする際のストレスを極限まで減らし、快楽を追求した良作に仕上がっている。もともと早いテンポで物語やキャラの関係性が進展し、次にやることがいつだって明確であるがゆえにやめどきがわからないシリーズであったが、今作ではそれがより追求されもう脳みそを直接掴まれたのかというぐらいにやめられない。ほんと、楽しませてもらいました。ありがとう、ありがとう<開発者さま

余談。日常に潜む殺人鬼とのバトル(ペルソナ4)、悪党どもの話(ペルソナ5)というのはジョジョの4部と5部みたいだなあと思った。

怪奇幻想、時間SF、ハンティングアクション──『人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル』

SF ライトノベル

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫 た 1-20)

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫 た 1-20)

『人類は衰退しました』が1〜9巻で終わり、短篇集が一冊出て、これで終わりかと思いきや時折過去のテレビ番組がスペシャルで復活するように「未確認生物スペシャル」として復活した。とはいえ幻の怪獣ムベンベのような生物が出てくる短篇ばかりではなく、吸血鬼物もあれば時間SFもあり、心の煤けたような童話ありと「ああ、人類は衰退しましたってこんなんだったなあ」と思い返せる安定のカオスである。

なんでもありのこのカオスが、なんでもありだけで終わらずに、的確に物語としてコントロールされていく抜群のバランス感覚が好きだったんだよなあと懐かしい気持ちになるところまで含めて「懐かしのテレビ番組が時折復活する」感があってぴったりの副題だと思う。水曜どうでしょうとかみたいに。とまあ、ファンは買うだろうしシリーズ未読者は買わないだろうし、ざっくりと紹介して終わりにしよう。わざわざ記事を書くほどでもないのだけれども、何しろ珍しい田中ロミオの新刊だから。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
あ、ただシリーズを未読であったとしても本書から読んでもいいとは思う。別にどこから読んでも自由である。シリーズの総評については上記記事を参照せよ。

ざっくりと

まとまった分量の短篇としては「ひみつのおちゃかいのそのご」、「じしょう未来人さんについてのおぼえがき」、「トロールハンターさんの、ゆかいなしゅりょうせいかつ」「よるのぼくじょうものがたり」の4つがある。

「ひみつのおちゃかいのそのご」はまだ学舎におり、のばら会に所属していた「わたし」が、文集をつくるために『翻案古典童話シリーズ "ビジネス的に読み解く"星の銀貨』のように翻案童話をつくる話だ。タイトルからもわかる通りに有名童話をビターに書き直し、周囲を微妙な顔にさせたり、一部の面倒くさい人を熱狂の渦に叩き込んだりしていくいつもの流れが楽しめる。本書では、短篇の合間にこの翻案古典童話シリーズが挿入されていくのも楽しい。ヘンゼルとグレーテルより一部引用⇛『ヘンゼルはおばあさんをパイルドライバーの餌食としました。』

「じしょう未来人さんについてのおぼえがき」は40ページにも満たない分量の中(しかも地の文が少なめで改行が多いから文字数的にも少ないだろう)、時間SFとしては珍しいアイディア一本でスッキリ成立させ、最後はほろっと感動風に仕立て上げたSF短篇の良作。田中ロミオらしくひねくれたというか、既存の時間SF物をひねった/ハイブリッドにしたような内容で、この短篇集の中ではこれが一番好きだな。なにげに「わたし」の晩年が少し出てくるのもシリーズ読者としてはグッとくる。

「トロールハンターさんの、ゆかいなしゅりょうせいかつ」はそのまんま、トロールが攻めてきたぞーー!! で「わたし」が弩弓とかトロール用スーツを持ってトロールハントに出かけ、トロールのドロップ品は武器を強化するためのレア素材で──と人退で「モンスターハンター」をやろうという、ただそれだけの話である。

「よるのぼくじょうものがたり」はゾンビ、吸血鬼がうろついているという投書をみて出向いてみれば、そこにいたのはどうみても吸血鬼やゾンビ的な性質を持っているのに、『「ゾンビのようですが人間でして」』と、あくまでも夜型でたまに脳みそが食べたくなったり血を吸いたくなったりするだけの人間だと言い張る人たちで──という怪奇コメディである。なんでかわかんないんだけど血を飲むと頭痛と肩こりがなくなるんだよねハッハッハと笑う自称人間(吸血鬼)とそれをみて「こ、これは……」とたじろぐ人間の構図は短篇で終わらせるには惜しいおもしろさだ。

おわりに

と、こんなところか。あいもかわらずの人退であったという他ない。あとがきによると次回は完全新作で、来年2月発売予定、それもジュブナイルSFだというからまた死ねない理由が増えたなあ。でも1年に1回でいいからこうやってスペシャルとして「時間SFスペシャル」とか「人工知能スペシャル」とか出してほしいものだよ。

類例のない銀行強盗事件──『熊と踊れ』

ミステリー

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
  • この商品を含むブログを見る
熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
ハヤカワ・ミステリ文庫40周年記念作品だというが、たしかにそれにみあうだけのことはある、抜群におもしろい「家族」と「暴力」についての犯罪小説だ。

簡単なあらすじ

ある日、レオ、フェリックス、ヴィンセントの三人兄弟に幼馴染のヤスペルを加えた四人組は、綿密な計画のすえ軍の武器庫から大量の武器弾薬を強奪してみせる。しかも武器庫を外からみただけでは強奪された痕跡はわからず、点検係が内部を検めるのは半年に一度。たとえ彼らがその銃で戦争を始めても、少なくとも半年近くの期間は銃の出処を誰にもつかむことができない完璧なタイミングであった。

 こんなに簡単なことなのか。
 三人の兄弟に、幼なじみがひとり。みな二十歳前後、大学にも行っていない若造だ。そんな四人が、スウェーデン史上──いや、スカンジナビア史上、西ヨーロッパ史上か──最大の武器略奪作戦を成功させてやろう、と決心した。そして、実際にやってのけた。
 建設工事に関するごく一般的な知識と、相当量のプラスチック爆薬、そして、信頼関係のしくみを熟知している"兄貴"の力で。

読んでいて度肝を抜かれたのは、この「武器略奪作戦」の内実を異常に細かい部分まで描写していくところである。たとえば、プラスチック爆薬、m/46。ペンスリットを86%、鉱物油を14%と爆薬の配分まで記載され、それをその場でこねて12個つくり、誘導線は何メートルで……とまるで本物の事業者の爆破計画書を読み上げるかのように事細かく状況を描写していくので、ありありと状況が目に浮かんでくる。

当然ながら武器を強奪して、そこで終わりではない。彼らはその武器を使って最初に現金輸送車を襲い、さらにその資金を元手にしてあらたな装備を手に入れ、次の銀行強盗を実行し、さらに多くの、より大胆な銀行強盗を起こして──と、まるで会社を経営するかのように暴力をふるい、大金を強奪し続けてみせる。

家族と暴力

優れた悪役(主人公)には優れた敵役が必須だが、本作では執念で捜査を続けるブロンクス警部がそれにあたる。兄弟たちは父親に過剰な暴力を振るわれ続けたことで暴力へと取り憑かれ、ためらいなく暴力を行使する術を学んだのだが、対するブロンクス警部はもまた家族によって「過剰な暴力」を味あわされてきた男だ。

"絶対にまた事件を起こします。で、今回以上に暴力をふるう"。そういう暴力に囲まれて生きてきたわけではない人間に、どうやって説明したらいい? "そのあとも犯行を繰り返して、そのたびに暴力的になっていくんだ"。背後の壁に輝かしい経歴を掲げて、そこにゆったり身体をあずけられる人間に、目の前の机に私生活を並べて、それを楽しみに思っている人間に、どうやって説明したらいい?

兄弟たちとブロンクス警部はいわば「暴力」を中心として繋がった存在であり、警部は相手に乗り移ったかのように兄弟たちを分析してみせる。この辺の、追うものと追われるもののヒリヒリする関係性や、相手を思うあまりに深く同調してしまう精神性は、題材もあいまって傑作クライム映画の『ヒート』を思い起こさせるものだ。

暴力には魔力がある。過剰に行使すれば、どんな相手でも思いのままだ。やられたらやり返す。言うことを聞かせたかったらぶん殴る。いったんその魅力に取りつかれてしまうと、世の中のすべての問題を暴力で解決できるような気がしてきてしまう。ブロンクスは『人は、暴力を憎むようになるか、あるいは繰り返すようになるか、ふたつにひとつだ。』というが、果たして兄弟たちは暴力に飲み込まれて繰り返すようになるのか、はたまた踏みとどまって憎むようになるのか?

奇想の銀行強盗

そうした暴力にとらわれていく家族と警部の物語も良いが、奇想で繰り広げられる銀行強盗(他強盗も含む)の数々も良い! ある銀行強盗事件では、兄弟たちが強盗を実行した後乗り込んだ車から一向に降りてくる気配がなく、特殊部隊がせーので突入してみたらすでに誰も居なくなっている。ある事件では、ストックホルム中央駅にて爆弾を仕掛けることで陽動とし、前代未聞の三ヶ所銀行強盗を実行してみせる。

ブロンクス警部はそうした奇想──というか、遊び心のある犯罪計画をみて『映像の男は大人の世界で、子どもにしか思いつかないような解決策を試している。それがこいつの成功の秘訣だ』と解き明かしているが、実際に20前後の若者たちのチームなので正解なのだ。大人のように冷静に、ただし手段は子どものように軽やかに。

実話を元にしたフィクション

驚いたのはこれが「実話」を元にしたフィクションだということ。とはいえ、そのように謳いながらも、ウソで塗り尽くした話も多いので、「さすがにこんな凄い事件だとモチーフレベルでしょ? 下手したら兄弟ってのもフィクションでしょ?」と思っていたのだが、兄弟というのも事実、年齢もほぼ事実、作中で一番大きな事件/作戦もまた実在するものだと訳者あとがきで知って度肝を抜かれてしまった。

そのうえ、本書はスウェーデンの作家として名高いアンデシュ・ルースルンドと、共著者としてステファン・トゥンベリという、「実際に犯罪を起こしていた一味の、実の兄弟」が名を連ねているのだ。「そんな形での共著ってあるんだ!?」とこれにも心底驚いてしまった。本書に存在する、事件の手順から心情描写に至るまでの、異常なまでの現実感というか生々しさはそのおかげだったのかもしれない。

おわりに

実話を元にしたフィクションとはいえ、本書はこれが事実であるか否かに関わらず純粋にフィクションとして完成度が高い。上下巻合わせて1100ページを超えているけれども、前半は次々と実行されていく銀行強盗、またそれに習熟していく兄弟たちの姿に心奪われ、後半は暴力に囚われた兄弟たちがとるそれぞれの道にドキドキし、と上下巻を一気に読みきってしまうはずだ。

囚人だって本を読む──『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

HONZ掲載 その他のノンフィクション 読書会

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

本書『プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』は、読書会を"男子刑務所で"一年間行ってきた著者のアン・ウォームズリーによる体験を綴った一冊になる。欧米では気軽に、さまざまな形で読書会が行われているせいか、読書会の体験記本は無数に出ているが、「刑務所」で行われているのは初めて読んだ。

「会」とついていると身構えてしまうかもしれないが、親子で課題本を決めて集まって語り合うのもいわば読書会だし、気の知れた友人たちと月に1回ぐらい集まって本について語り合うのも読書会だ。各地でそうした「ブッククラブ」がある状況が羨ましいなと思って僕も読書会を自分で運営していた時期がある(大学生の時だが)。

本は読むのは朗読などの場合を除けばどうしたってひとりだが、3人いれば3通りの読み方があり、「この作品がおもしろい/つまらないのはなぜなのか?」という単純な問いかけであったとしても突き詰めて話し合うことで読みの違いが明確になる。登場人物の行動は善か悪か? 自分だったらどうしているのか? と普段と違う、読書会でなければ話さないであろうテーマを語り合うのは楽しいものだ。

刑務所ならではの読書会

「刑務所」で行われる読書会が本書の特異性だとはいえ、刑務所の中にいる人間が本を読めないなんてことはないのだから、最初は普通の読書会とどこが違うんだと疑問を持っていた。しかし孤独で、逃避できる場所が少ない刑務所だからこそ、人が本を求める気持ちは外よりも強いのか、多くの人が"切実に"読んでいる。また、カナダの刑務所という場所柄か、人種や出身地が多様なので黒人と白人についてのテーマなど一触即発の空気になるのも刑務所ならではか(荒くれ者ばっかりだしね)。

収監され「自由を奪われたもの達」だからこその視点も生まれてくる。たとえば『ありふれた嵐』を題材にした会では、受刑者らが冤罪によって警察に追われる主人公に対して「まずは弁護士に相談すべきだったな」とか、「ムショにいたことのあるやつなら、殺人現場の凶器に触れちゃいけないことくらい誰でも知っている」といって先輩風吹かせながら刑務所あるあるネタを話していくのも独特でおもしろいところだ。

読書会は、小説やノンフィクションが課題図書として取り上げられ、自主的に集まった受刑者らがその本についてどう考えたかを語り合っていくオーソドックスなスタイルで進行する。本書では、「それがどんな本なのか」が提示されたあと、受刑者らの議論がまとめられていくので取り上げられている本を一切読んだことがなくとも安心だ。読み終えた時には読みたい本が増えていることだろう。

取り上げられている本も日本語に翻訳のあるメジャーな物が多いのも良い。記事末尾に本のリスト代わりに目次を載せておく。*1

まるで一緒に参加しているような

著者の手によってうまく議論の過程がすくい上げ、再構成されていくので、まるで自分が読書会に参加しているような感覚になるのも本書のおもしろさである。たとえば、『ニグロたちの名簿』という本を取り上げた会で奴隷制度へと話題がうつれば、「白人としての集団的責任を感じた」という人もいれば、「白人というだけでほかのやつらの責任を負わされたらたまらねえぜ」という人も現れる。

イスラーム教の女性抑圧を糾弾したヒルシ・アリの回想録『もう、服従しない』を課題図書にした読書会では次のような議題が持ち上がる。

 話し合いの時間が残り十五分になったとき、どんな読書会でも意見が百出しそうな質問をフィービーが投げかけた。ヒルシ・アリがイスラーム教に背を向けることになったのは、少女時代に読んだ西洋の小説に影響を受けたからではないだろうか、と。

こうした具体的な疑問にたいして、「著者にとって西洋の小説が重要な役割を果たしたとわかる描写が2ヶ所ある」といってページを挙げる参加者があらわれるかとおもえば、また別の参加者は「こんなことを言っている箇所もある」とその説を支持するか、「違うんじゃないかな?」と新説を提起するために新たなページを指定する。

そうした議論を続けていくうちに、「同じ学校にいたほかの少女たちは、なぜ彼女のような行動に出なかったのだろう?」と新たな疑問につながって──と、議論が議論をよび、多様な価値観が一同に介し話題が次々とつながっていく読書会ではよくある(これがまた楽しい)光景が、本書では生き生きと描かれていくのだ。

読書会にありがちな課題

読書会あるあるでおもしろいのはそうした「まるで一緒に参加しているような」生き生きとしたおもしろさだけではなく、マイナス側面の方も綿密に描かれていくところだ。たとえば課題本を渡され、持ってはいくものの会には現れない者、読み終えずに手ぶらで参加する者、他人に構わずひとりで喋り続ける者、宗教や人種などのセンシティブな話題になった時のコントロール方法、誰も本をおもしろいと思わなくていまいち盛り上がらない時などなど、読書会にはありがちな無数の課題に直面していく。

これについて著者やボランティアの人々は、受刑者のうちに特別な読書大使を数人任命することで、参加者へと読んでくるように促しをかけたり、参加者をそもそも絞ったりという案を無数に考えだしていく。課題図書は論点が多くなりそうな本の方が良いだろうか、など「課題本の選定」まで含めて描かれていくので、本書を読むと読書会がどのようなプロセスの積み重ねで成り立っているのかもよくわかるだろう。

おわりに

本書で読書会に参加した受刑者らメンバーたちの中には、その後読書の習慣ができたひともいれば釈放されたのちにまた同じように罪をおかして再収監されるようなひともいる。ま、読書会は人間矯正システムでもなんでもないのだからそれは当然だ。というわけで、読書会は何もかもを善い方向に変える魔法のシステムではないが──少なくとも「とってもおもしろいものだよ」というのを本書は十全に伝えている。

読了後はたぶん誰しも読書会を主催/参加してみたくなるだろう。日本でも近年は無数の読書会が開催しているから、地名+読書会で検索してみるか、いきなりそれはハードルが高いと思うのであればまずは友人や家族を誘って、カフェなんかに陣取って「身内」読書会をやってみるのもよいだろう。このブログの「読書会」タグをたどってもらえれば、レポも上げているので小規模な会の雰囲気はわかると思う。

*1:約束は守られた『スリー・カップス・オブ・ティー』 ,あなたは正常ですか?『月で暮らす少年』『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 ,Nで始まる差別語『ニグロたちの名簿』 ,きれいな朝焼けは看守への警告『かくも長き旅』 ,夏に読んだ本 ,読書会という隠れ蓑『ガーンジー島の読書会』 ,グレアムとフランクの読書会『サラエボのチェリスト』 ,この環境に慣らされてしまったのさ『戦争』 ,虐待かネグレクトか『ガラスの城の子どもたち』 ,今日一日を生きなさい。『怒りの葡萄』 ,刑務所のクリスマス『賢者の贈り物』『警察と賛美歌』『賢者の旅』 ,三人の読書会『第三帝国の愛人』『天才! 成功する人々の法則』 ,島の暮らし『スモール・アイランド』 ,もうひとりの囚われびと『もう、服従しない』 ,傷を負った者『ポーラ──ドアを開けた女』 ,容疑者たち『ありふれた嵐』『6人の容疑者』 ,善は悪より伝染しやすい『ユダヤ人を救った動物園』 ,史実を再構成する『またの名をグレイス』 ,最後の読書会『またの名をグレイス』ふたたび ,巣立っていったメンバーたち

忘れてしまっても残るものを。──『君の名は。』

SF 映画 オススメ!

小説 君の名は。 (角川文庫)

小説 君の名は。 (角川文庫)

めちゃくちゃにおもしろい映画だった……。

『言の葉の庭』の次作でここまでの作品になるのかと鑑賞中から驚きっぱなしであった。監督自身がこの短期間に変質したのか、はたまた周りの人間のサポートあってなのか、もしくは実力あるスタッフや、予算がやりたかった「純粋なエンターテイメント」に到達した結果であるのかもしれない。序盤のコメディシーンに加え、ラストに訪れる怒涛のサービスシーンと凄腕マッサージ師に1時間30分揉み続けてもらったような、ぼけっとしているだけで過剰な快感が持続する作品だ。

演技から脚本、編集に撮影まで関与するその徹底ぶりからか、どの部分を切り取っても監督のリズムを感じるような作品になっていて、「アニメって一人の感性でここまで染め上げることができるものなんだな。」とまるで個人製作の映画を観たような感動があった。それはもちろん既存の作品からしてそうだったといえるのだけれども、1分の音楽だとリズムも感じ難いように、ちゃんとした構造を持った長篇映画作品ではじめて「あ、本当はここまでのものだったんだな……」と気付かされた感がある。

背景の美しさ(入れ替わりによって都会の美しさと田舎の美しさを同時に描き)はそのままに、キャラクタの動きもとんでもないレベルで統一されており、単純に2倍おもしろくなったとかでなく数倍のおもしろさになっていて──と大満足してしまったわけだけれども、ネタバレ無しで語るのもなかなか難しいところがあるので以下はネタバレ解禁でトピックごとにただの感想を羅列していく。

こんだけ大ヒットしていて今更僕がいうようなことはなにもなく、記事も書く気なかったけど書かずにはいられなくなった。あまりにロマンチックな作品であるし、誰にとってもお勧めというわけではないけれども、アニメーションとしてのおもしろさは確かなので、未鑑賞で恋愛物にたいして特に嫌悪感を抱かない人はみにいってみるといいだろう。

続きを読む

虚構が起こした革命──『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』

歴史

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史とあるように、人類の歴史を上下巻合わせて約600ページほどでコンパクトにまとめたノンフィクションになる。とはいえ人類史は600ページで語れるほど短くはないから、必然的に「語りの視点」が必要になってくる。本書でその視点にあたるのは、現生人類だけが持ち得た「虚構を操る力」になるだろう。

本書も普通の人類史本と同じく、アウストラロピテクス、ネアンデルタール人、と人類の起源/類縁から辿っていくが、最初に、中でも我々現生人類だけが「生き残った」のはなぜなのか? と問いかけてみせる。これについては無数の説があって答えは出ていないが、世間一般的に有力なのは、そうした議論を可能にしているものそれ自体──すなわち「言語」のおかげであるということに今はなっているようだ。

虚構が引き起こした革命

言語は他の動物たちも使っているが、現世人類が使い始めた言語は掛け値無しに特別なものであったからこそ、生存過程で有利になった。しかし、同時に「なぜ、現生人類だけが特別な言語を使えるようになったのか?」という疑問も湧く。今のところは、突然変異が起こってそれができるようになったという他ないし、それがネアンデルタール人ではなくサピエンスに起こった理由もわかっていないのだが、続いて著者が問うのは、「特別な言語は、いったいなにがすごかったのか?」である。

これについて、著者は下記のように答えている。

 伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多く居た。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

ようは、「虚構」をつかう力を得たからこそ、私たちは事実上世界を支配するに至ったのではないかというのである。単なる事実の指摘だけでなく、あらゆる人を納得させ、誰からも信じてもらうことのできる「物語る才能」を持った人間は、無数の見知らぬ人どうしで力を合わせ、共通の目的のために精を出すことを可能にしただろう。

 サピエンスはこのように、認知革命以後ずっと二重の現実の中に暮らしてきた。一方には、川や木やライオンといった客観的事実が存在し、もう一方には、神や国民や法人といった想像上の現実が存在する。時が流れるうちに、想像上の現実は果てしなく力を増し、今日では、あらゆる川や木やライオンの存続そのものが、神や国民や法人といった想像上の存在物あってこそになっているほどだ。

1789年にフランスの人々がほぼ一夜にして王権神授説の神話を信じるのをやめ、あらたに国民主権の神話を信じ始めたように、人類は生物学的な特性を一切変えることがなくとも、社会秩序を一瞬のうちに変質させることを可能にしてきたのだ。

とはいえ現代では宗教もあんまり力は持ってないし、神話もウソだってバレてるよね? 人を統率する力なくない? と思うかもしれないが、円などの貨幣も、科学研究を絶対のものとして多くの人が科学の検証方法とその結果を疑わずに従うのも、日本という国も、法律も、すべては何十億という人が共有する想像の産物なのであって、我々がいまだに虚構の力をつかって社会を統率している事実に変わりはない。

虚構操作能力からみる人類史

というあたりが本書で最初に説明される「軸」にあたり、あとはここを中心に人類史を見直していく過程になる。たとえば古代の狩猟採集民の生活を語りながら、霊的生活や精神生活はどうだったのだろう? と問いかけてみせる。その日暮らしだった狩猟採集時代と比べ、農耕をはじめた人類は「未来」を考える必要に迫られ、人口が一気に増えたことも関係しより多くの神話を創作するようになる過程をおっていく。

当然書記体系の発明は本書ではよりいっそうに重大事件にあたるし、人類を統一する強大な力であった「宗教」もがっつり章を割いて語っていく。『宗教では、私たちの法は人間の気まぐれではなく、絶対的な至上の権威が定めたものだとされる。そのおかげで、根本的な法の少なくとも一部は、文句のつけようのないものとなり、結果として社会の安定が保証される。』あたりはこの文脈だとさらに腑に落ちるだろう。

資本主義の誕生や近代の科学革命を経て時代が現代にまで至ると話は虚構の文脈から少し外れ、「文明は人間を幸福にしたのか」の章で歴史を総括し、「超ホモ・サピエンスの時代へ」の章では、これから先サイボーグ技術などのテクノロジーによって人間がその姿形を変えていく未来についての話をして終わりとなる。この2章については、本格的に語れる分量ではないので、読み流してしまっても別にいいだろう。

あ、最終章の問いかけ、『私達が直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない』に至る過程は読んでいたほうがいいと思うけれども。ようは自分たちが何を望むのかすらも人為的に操作可能になるのだとしたら我々は自分の人生の望みを望むようになるという複雑怪奇なことになるかもしれないね、という話で、SFチックな問いかけではある。

おわりに

全体的に読みやすく、宗教、貨幣、精神世界など興味深い考察が山盛りで、「虚構がもたらす力」という観点から語り直す人類史は単純に新しくておもしろいので、人類史を捉え直したい人にはお勧めである。世界的にめっちゃ売れているみたいだし、河出もかなり力を入れて売り出しているだけのことはある。