基本読書

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エクソシスト急募

 70年代、イタリア半島全体でわずか20人ほどだったエクソシストは、90年代に200人を超え、現在は300人を数える。にもかかわらず、彼らが暮らす教会や修道院には、ひっきりなしに電話が鳴り、全員が寝る暇もないほど大忙しだという。理由は明白だ。エクソシストの人数よりも、儀式を必要とする人々のほうがより増えているからである。ある調査によばれ、イタリア国内だけで年間50万人もの人々がエクソシストのもとへ相談に訪れているという。これが本当だとすれば、エクソシストの不足は尋常ならざるレベルに達しているといえるだろう。

最近出きたばかりのメディアファクトリー新書。エクソシストについて書いた一冊。

エクソシストとはいわゆる悪魔払いをする人たちであり、祈ったり十字架を振りかざしたり聖水をぶちまけたりする人たちでもあります。しかしこのご時世に日本で「悪魔」などといっても、「悪魔? ああ、バッカーノで観たよ」とか「悪魔? 悪魔の実ならワンピースで観たよ」という答えしか返ってこないでしょう。一方イタリアではそうではないそうです。

年間50万人もの人々が、冗談でも酔っ払うわけでもなく本当に「自分は悪魔に憑かれている」と信じてエクソシストの元を訪れるわけです。実際に50万人かどうかは正直わかりませんが、その数はかなり多いそうで。当然、そんな事になっているのには理由があるはず。なぜ人々は悪魔払いを求めるのか? というところを追求したのが本書『エクソシスト急募』であるわけです。

エクソシストの元に助けを求めに行く人達も、実際問題「悪魔憑き」なんかではないわけです。それは祓う側であるエクソシスト達もよくわかっていて、だいたい3千人のうち本物は20人程度ぐらいだよ(ほんとかよ)とか10年この仕事をやっていて本物に会ったのはたったの84人だよ(嘘こけ)とか、かなり適当なことを言います。

いちおう、エクソシスト側の見解としては「大半は精神病患者だけど、たまには本物がいるよ」ということらしいです。突然喋れるはずのない各国の言葉を理解するようになったり、馬鹿力を発揮したり、7歳ぐらいの子供が難しい哲学の用語を完璧に理解して使いこなしてみたり、そう言う例が結構報告されています。

ただまあそれがどの程度信頼性が置けるものなのか、悪魔とかいうものを持ってこなければ説明がつかないものなのかどうかは疑問が残ります。しかしその「疑問が残る」ぐらいしか疑惑を表明できないからこそ、イタリアではこれだけ「悪魔憑き」が流行ったのだともいえるわけです。

2010年、ドイツのミュンヘンで開催された欧州精神医学会議でされた報告では、ヨーロッパでは現在、成人の約27%がなんらかの精神疾患を経験しているのだという。精神疾患の定義は難しいところだけれども、そんな状況下で起こっているのは恐らく、「精神病を悪魔憑きと認識する」出来事ではなかろうか。

「合理主義や科学万能の現代に生きていながら、身近な人が急死したり、交通事故に遭ったりと何か予期しない不幸に出くわすと、実に大勢の人たちが突然、占い師や魔術師、そしてエクソシストのもとへ走る。」

不条理な出来事というのは私たちの身の回りにはありふれているけれども、誰もが「自分の身に起きるわけがない」と考えている。しかし実際にそれが起こってしまった時、「自分の身にも起こることがあるのだ」と納得できずにずるずると引き延ばした結果、「つまりこれは悪魔のせいだ」と責任転嫁する、と言う事が行われているのではないか。

同時に、心の病を抱えている人たちはそのことを「恥ずかしい」事態であると考えている場合が多い。日本でも精神疾患をわずらう人が増えてきて、そういった偏見も段々と払拭されているのではないかと思うけれども、少なくとも僕の身の回りでは未だに、「精神病にかかるのはお前が弱いせいだ」という偏見が暴力になってふるわれている例を見る。

「私がこの病気を患っているのは自分のせいではなく、外からやってきた悪魔のせいだ」と考えエクソシストに助けを求めるのは、ある意味自分の身を守る手段だともいえる。同時に悪魔祓いという「儀式」は、自分が「悪魔憑き」であると感じる人たちにとっても、それ以外の人達にも、どのような理屈かはわからないが、一定の効果を上げているようだ。

さて、エクソシストは不要でしょうか。薬の方が絶対的に効果を上げるのならば、害悪でしかないかもしれない。治る可能性を潰すわけだから。ただ、一定の効果を上げた例を見るに、何件も病院を回って効果をあげない治療から逃げ出し最後にエクソシストの元へいったら一発で治った、という場合もある。

『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』では、その類まれな想像力ゆえに手に焼きゴテを当てられた場面を想像するだけで手の温度を自由自在に変え、痛みを自分以外の人間が受けていると想像して消し、病気さえも直してしまう男がいることをつづっている。

もし仮に人間の想像力? というものにそれだけの力があるのならば、エクソシストによる「悪魔祓い」を心底信じている人たちには、治療の効果があるかもしれない。世の中にはよくわからないことも多い死、エクソシストだって何らかの側面で役に立っていることは確かだと思う。自分の身に起こったことをそのまま受け止められない人だっているだろう。

もちろん、エクソシストが「私たちは万能の治療者である」などと言い始めたらおかしなことではあるのだけれども、自分たちの役割、出来ることと出来ないことをしっかりと把握したうえで、悪魔祓いを実行するのならば、それは必要といってもいいんじゃないかなー、と思った。以上のような視点は、主に著者独自のものであり、多数派の物ではないことは一応書いておく。

まあでも、年間50万人もエクソシストに助けを求めに行くのはちょっとやりすぎなような気もするけどなあ……。ひっぱりだこの有名エクソシストの留守電メッセージは、こんなものであるぐらいだ。言っちゃあなんだがかなり笑えるので最後に引用しておく

 お急ぎの方は、教区内の別のエクソシストをお探しください。

エクソシスト急募 (メディアファクトリー新書)

エクソシスト急募 (メディアファクトリー新書)