基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

イスラム国・世界受容・ディーバ

前置きとかニュースとか

基本読書の月報になります。2015年1月はまたいろいろありましたしいろいろ読みましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。個人的に今月の前半はなんだか面白い本になかなか当たらなくて調子がのぼってこなかったものの後半が豊作な月という印象。毎年この時期は他人の年間ベストを大量に仕入れてきて、おすすめに囲まれた生活になっているわけですけれども今年はわりと幅広く読んでいたこともあってかそういうこともなかったし。いくつかは参考にしてもちろん読ませていただきましたけどね。

あとニュースとしてはSFマガジンのcakes版が始動しました。僕も書いています。詳しくは下記記事参照。もうここで充分書いているので改めて書くことはありませんがきちんとやっていきたいなと思っております。応援してくれた皆様ありがとうございます。

SFマガジンcakes版で「SF BOOK SCOPE」連載開始しました - 基本読書

小説とか

さてさてさてさてここから2015年1月に読んだ(主に)本を振り返っていこうかと思いますがどこからいこうかな。とりあえずいつも通り小説からいきますか。ひときわ目を引いたのはやはりcakesの初回連載にも書いた超ごった煮の世界観を統制する奇跡の文体――神々廻楽市『鴉龍天晴』レビュウ|SF BOOK SCOPE|冬木糸一|cakes(ケイクス) で、これはまたちょっと簡単には表現することのできないすごい作品ですね。SFかファンタジーかという単純な区分もできないし、歴史物であるし、様式美的にはライトノベルっぽさも意図的に導入されており──と「ごった煮」感の強い作品。レビューではそうしたごった煮感とそれを統制する文体の凄さに焦点を絞って語っていますけれども、うん、これはまあ読まないとその醍醐味は伝わらないかなと思う。特にクライマックスの盛り上げ方ときたら……。

一方海外SFでいえば忘れちゃいけないのは『世界受容』でついに完結したサザーン・リーチ三部作! これはcakes連載の方に回そうかと思いますが完結作はまた凄かった。第二部については下記記事を参照。突如地球上に現れた謎の領域──調査隊が何度も送り込まれたにもかかわらず、そこで何が起こっているのかは依然としてほとんど何もわかっていない。得体の知れない領域に踏み込んでいく時の緊張感……一歩踏み出すごとに「何か」が起こるかもしれないという未知感……とにかく何か異常なことが起こっているのは間違いがないが、その異常がいったい何なのかがわからない恐怖感……。

これこれ、未踏領域探査物で、最初から最後まで緊張感が持続していく、こういうものが読みたかったのだ! と思わせてくれる要素が何からなにまで詰まっている傑作三部作。「恐怖」とはそれをもたらすモノの正体が分かった時点である程度薄れてしまうものではある。じゃあ正体をぼかし続ければいいのかといえばそう簡単でもなく、チラ見せの連続でももったいぶるだけでも「つくりもの感」が出てきてしまってバカバカしくなってしまう。このサザーン・リーチ三部作はそうした「つくりもの感」をほとんど感じさせずに「未知の領域」そのものを書き切ってくれた。それを達成させたのは「得体のしれないもの」を描写しているだけでぞくぞくと背筋が凍りつくような圧倒的な文章力である。

あとSF以外だとミハル・アイヴァスの黄金時代とか凄かったな。ただこの作品の凄さについてはそれなりに文字量を費やさねば説明できないものであるので記事を読んでもらったほうがいいだろう。人名が会話の連続の中で自然と移り変わっていき、制度やルール、それどころか言語までがめまぐるしく変化を続けていく動的な島民について語った物語。常に移り変わってゆく社会なんていうどう考えても成立しがたいものを説得力を持って積み上げていく力量の光る作品だ。

ノンフィクションとか

さて、こっからはノンフィクションの話にうつろう。こっちはこっちで豊作だった。まず何をおいても外せないのは年始から騒動が続いているイスラム国関連。正直な話、一般市民のレベルでこの件についてあーだこーだいってどうにかなるレベルの問題では無いのだから、有効打もなくたまに流れてくる断片的な情報だけであーだこーだいうよりかは何冊かでも本を読んである程度状況を把握してあーだこーだ言ったほうが(どっちにしろ意味は無いが)マシだろうと思う。緊急出版でろくに練りこまれていない本が何冊も出ているが、いくつか読んだ中では池内恵さんの『イスラーム国の衝撃』が一番よくまとまっているのでおすすめしておく。

紛争が続いている地域に足を踏み込むのはそれがどんな立場であれリスクを伴っているのは当然のことだ。戦場ジャーナリストであれば当然その覚悟をしていくものではあるのだろう。しかし単なるジャーナリスト、しかもどちらかといえばエンターテイメント系のノンフィクション作家が銃弾飛び交う戦場に居合わせるハメになってしまったのを偶然にも書くことになってしまったのが高野秀行さんの『恋するソマリア』だ。ここでは現地のジャーナリストが「戦う覚悟」を持って取材を行っているのと対比的に、ある意味では日本人のほとんどが共有していると思われる「戦う覚悟なんてまったくない、安全圏にいる人間としての精神状態」を高野さんは持っていてその対比が面白かった。前作の『謎の独立国家ソマリランド』も傑作なのでおすすめ。

紛争とかイスラム国とか血なまぐさいところから目を話して、科学ノンフィクションで面白かったのが『ロボットの悲しみ コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学』という本。SFなどではけっこう気軽に「人間並みの知性を持ったAI」がポンと出てきてしまうが、実際のロボット研究者は「いま・ここ」にある問題に苦慮している。当然ながら人間並みの知性を発揮するロボットなんて構築できない。せいぜい定型文でそれっぽい内容を返す出来の悪いAIか、お掃除に特化したルンバのような単機能型のロボットぐらいだ。介護を必要とする層の増加とそれを介護する側の極端な減少など、ロボット需要は今後増えていくだろうが、満足させる領域にたどり着くにはまだまだ時間と思考を費やさなければならないことがわかる良書。

『ロボットの悲しみ』はロボットと人間のコミュニケーションが違和感のないものにするにはどうしたらいいかについて書いていた本だけども、一方で人間と人間がコミュニケーションするのもそうそう簡単じゃないよね、どうしたら会話が回り続けるんだろうというあたりを教えてくれるのが『なぜ、この人と話をするとラクになるのか』だ。僕は他人とのコミュニケーションに価値を感じないことが多いだけでしゃべろうと思えばいくらでも喋れるんだけど、特に言語化していなかった部分が理屈化されていて面白かった。著者が実際にさまざまな司会業をこなす中で「やっていること」を言語化してくれているから、成功例がいつでも見れるのも説得力を与えている。

他にもノンフィクションはいろいろあるけどめぼしいところだとこんなかんじかな。

それ以外

今月は驚くべきことに漫画を一冊も読んでいなかった。『ダンジョン飯』とか読んでみたいんだけどね。九井諒子さんの作品て魅力を言語化しにくいから何か書くとなったらけっこうたいへんだけど。なんていうのかな、アイディアの素晴らしさを称えるのは簡単なんだけど、それ以外の部分がなかなか。

さて、それ以外の部分で一押しなのはなんといっても『みならいディーバ』になる。アニメーション作品で、もうとっくに放送は終わっているのではあるが、もうすぐBD最終巻が発売される。言いたいことはすべて記事に書いてしまったのだが、ここでも多少説明をしておこう。『みならいディーバ』は(初ではないにしろ)本格的な「生アニメ」だ。声優にモーションキャプチャをつけて、声優の動きをトレースするキャラクタが画面上で暴れまわる様を「生で流した」アニメーション作品、略して生アニメ。「なんじゃそら、そんなもんが面白いのか」と思うかもしれない。確かに最初は演者も裏方も「どうやったらいいのか」を模索している感マックスだが後半に行けばいくほど「生アニメという枠でどうやって遊べばいいのか」を把握し加速度的に面白くなっていく。

生アニメであることを活かした企画も満載でどれも攻めすぎていてハラハラするようなものばかり。突然巨大掲示板にスレを立てて質問を受け付けてみたり(ろくな質問がこなかった)、パブリックビューイングの会場に乗り込んでお客に直接質問をぶつけてみたり(ガチでダメ出しがきて演者がガチで凹んだ)、ジェスチャーゲームのお題が難しすぎる代わりに「正解したらギャラ3倍」でめちゃくちゃ盛り上がる声優陣などとにかく見どころしかないアニメ作品なので興味がほんのちょっとでも出てきたら一話を観ることをおすすめするんよ。

ライトノベルジャンルは1月はほとんど読まなかったな。唯一読んだのは至道流星さんの『大日本サムライガール9』で、大日本サムライガールシリーズ最終巻。どう考えても話の途中で「いよいよここからだったのになあ……」というところで終わってしまったのだが、僕の中での評価はかなり高い。もちろん同著者の傑作『羽月莉音の帝国』と比べると格が落ちてしまうのは否めない。それでも明確に新しさを目指し、またかつてやったことがない壮大なヴィジョンを抱えた作品だったと思う。

多少具体的に書けば、「固定化された世界秩序の中で新しい国を強引に打ち立てるためにはどうしたらいいのか」を描くために世界経済を描き、世界的な集金システムをつくり居場所をつくるための軍事力と国際政治も描き……と一貫して「世界」に目を向けたのが羽月莉音の帝国だった。一方で大日本サムライガールは徹底的に日本ローカルな問題に焦点をあてて、その具体的な解決を図ろうとしたところに新しさと、(規模感こそ劣るものの)困難な問題に切り込んだという意味でヴィジョンの壮大さがあった。

もっとも政治×アイドルという両軸で始まった作品が、話が進むにつれて両者の関連性がどんどん薄くなって「別々の作品が無理やり同居させられている」感が強くなってきたのもあるから、どこかでいったんコンセプトを練りなおして再挑戦してもらいたいなあ。

おわりに

とまあこんなところかな。ニュースまで含めると盛りだくさんな1月だったかなと思います。2月は2月で楽しみな作品がいくつも出るから全力で行くぞう。とりあえずこれを書き終えたら高田大介さんの『図書館の魔女 鳥の伝言』を読みます。前作がめちゃくちゃおもしろかったので、こっちも楽しみだぞー。それではみなさま。連載も始まりましたし、今後もばりばりいくのでよろしくおねがいしますねー。他の月のまとめが見たければ「冬木月報」タグからお願いします。