基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『SF超入門』のオーディオブックが出るのでオーディオブック自体の良さをオススメする。

僕は今年の3月に『SF超入門』という、SF(小説)の入門本、ガイド本を出したのだけどありがたいことにこれをオーディオブックにしてもらえることになった。オーディオブックは僕もよくわかっていなかったが必ずしも出版社が声優などを雇って出しているわけではなくオーディオブック制作会社が存在し、そこから出版社にアプローチがあって契約締結&制作が行われるケースもあるようで、僕はそちらであった。

で、音源サンプルもいただいて(とてもよかったです。ありがとうございます)発売日も9月15日に決まったので、宣伝ついでにオーディオブックの良さについて紹介しておきたい。僕も2年ぐらい前から熱心にオーディオブックを使うようになり、これって意外と便利だな、と思う局面が多かったからだ。『SF超入門』を買ってもらうかはともかく、オーディオブック自体は使い方次第でとても便利なのでおすすめしたい。

オーディオブックをどこで買うか?

ちなみにオーディオブックを聞ける・購入できるサービスは多々あるが、現状最大手はアマゾンだろう。オーディオブックをアマゾンで買おうとすると3500円ぐらいと(普通の本と比べると)高額になってしまうが、サブスクで読み放題のオーディブルがあって、それだと定額でたくさんの作品を聴くことができる。おそらく、アマゾンでオーディオブックを楽しんでいる人の大多数はこのオーディブルユーザーだろう。

月額が1500円程度なので、もしあなたの読みたい本がオーディブルの読み放題対象に入っているのなら、一冊で買うより確実にオーディブルで聴いた方が安い。そのうえアマゾンは数年前からやたらとオーディブルを普及させようとしており(実際売上が伸びていることもあって、オーディオブックになる本も増えている)、頻繁に割引メールを送ってくるので、タイミングを見ても入っていいかもしれない。

その性質上オーディオブックは本が書籍で刊行されてから数ヶ月経ってから出るのがデフォルトなので、新刊書籍を真っ先に楽しむ用途には向いていないが、刊行から半年程度経つとオーディオブックが出て、オーディブル対象になっているケースが多い。たとえば中国のSF作家劉慈欣の『三体』シリーズは全部聴き放題に入っているし、今年出たばかりの劉慈欣の第一長篇『超新星紀元』も聴き放題対象だ(ただオーディオブック自体の配信日が今年の11月10日からなのでそこからのスタートになるが)。

僕がSF小説の紹介記事を書くと「まだ『三体』も読み終わってないから読めない……」とコメントがつくが、「読め」ないなら「聴く」のも良いだろう。
www.amazon.co.jp

オーディオブックの何が良いか──集中力の問題

オーディオブックの良い点は個人的には大きく二つある。集中力が(目で読むのと比べて)かからないのと、時間の問題だ。前者はいうまでもないと思うが、オーディオブックなら聴いている時目をつぶっていても良いのと、目で文章を追う必要がないので、単純に労力がかからない。電車の移動中は本を読むのに最適な瞬間だが、いちいちカバンから本を出したりしまったりするのが手間(乗り換えがあるとなおさら)だが、オーディオブックなら目をつぶっていても何も問題ないのでとても楽だ。

とはいえ、僕は終日リモートワークで一ヶ月に電車に乗るのは一、二回という生活なので、あまり移動中にオーディオブックを聴くことは少ない。一番多いのは家で寝っ転がっている時だ。僕も若い頃は何時間でも集中して本が読めたものだが、最近は目も悪くなったし、SNSの問題など様々なものがあるせいで気が散って長時間は集中できない。一方でオーディオブックなら目を休めながらも読むことができる。目をつむっているとそのまま寝てしまうこともあるが、それもまた心地よしというものだ。

オーディオブックといえば移動が多い人のためのもの、というイメージが僕にはあったが、家からほとんど出ない人にとってもよい局面は多い。

オーディオブックの何が良いか──時間の問題

オーディオブックのもう一つの利点は「読了までの時間が測りやすい」点にあると思う。特に僕なんかは書評を仕事で書く関係上あー何日締切の原稿を書くために、あれとあれを最低限読んでおかないとーと「読了」の期限が決まっていることが多い。

もちろん期限に間に合うようにがんばって読むわけだが、目で能動的に追っていく読書の場合、はたしていつ読み終わるのか自分でも読めない時が多い。難しい本なら時間がかかるし、簡単な本ならあっという間で、ブレが大きい。それとは別に、さっきの集中力持続問題もあって読了時間の目安が立てづらい。その点オーディオブックなら目で読むのと比べて時間はかかることが多いが、読了までの時間は正確に把握することができる。『超新星紀元』なら、再左営時間は13時間36分なので2倍で聴けば7時間かからずに読み終わるな〜と予測が立つだろう。

オーディオブックの利点はきちんとした俳優や声優の方が読み上げてくれているので、倍速でも聞き取りやすい点にもある。僕はオーディオブックを使うようになる前からスマホの画面認識&読み上げ機能を使って、オーディオブックじゃない作品もKindleの電子書籍で買って音声で聴いていたんだけど(さらにそれをレコーダーに録音してMP3化して、水中イヤホンに入れてプールで泳いだり、アクロバティックなこともしていた)、どうしても機械なので、漢字の正確な読み上げも聞き取りも難しい。オーディオブックをたくさん聴いていると、プロって凄いな、と実感させられる。
note.com

具体的に何を読んでいるのか

みな自分の好きなものを読めばいいわけだが、僕の場合は原稿を書くための資料になりそうな本であったり、少し前で賞をとった作品や話題になった作品をキャッチアップするために使っていることが多い。たとえば少し前は米澤穂信の読んでいなかった作品(『黒牢城』とか)を順々に聴いたし、呉勝浩の『爆弾』も聴いた。

僕の利用例でいうと書評家としての専門といえるSFやノンフィクションは新刊で出た直後に読みたいので紙の本やKindleで読み、ミステリーやビジネス系など専門から少しズレるが話題作をオーディブルでおさえておく、という使い方をしている。なんでもそうだが適材適所なので、ケースに沿った使い方をするのがいいだろう。

一例でいうと、僕の友人は毎朝スーパーに出社して品出しなどの仕事をこなしているのだが、その時いつもオーディブルでなろう系の小説を適当に聴き続けたという。そして、いつのまにかなろう小説博士みたいになっていた。いろんな使い方がある。

おわりに

僕は家の中にずっといるからあれだが、移動が多い人はより助かるだろう。また、オーディオブックになってなかったりオーディブルに入っていない作品はKindle読み上げで聴いているが、こちらについては以前記事も書いているので割愛。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ここまで書いて気づいてしまったが、『SF超入門』はオーディオブックにはなるが聴き放題の対象には入っていなかった笑 どうにかならないか裏できいておきます。

自分がどうやって、どのような経路でSFに入門したのか

今度8月6日に埼玉で行われるSF大会の一企画で、「SF入門書で「SF再入門」」という企画を牧眞司さん、池澤春菜さんと僕の三人で行う予定なのだけど、このイベント前に一度「自分はそもそもどうやってSFに入門したんだっけ?」を振り返っておこうと思った。そういう文章は(たぶん)今まで一度も書いてないのもあるし。
www.scicon.jp
僕の場合おもしろいのは、SFを明確にたくさん読み始めたのは大学生になってこのブログ(基本読書)を書き始めて以後のことで、SFにどのようにハマっていったのかの軌跡が残っている点にある。たとえば僕がこのブログを書き始めるきっかけになったのは神林長平の『膚の下』を読んで、自分も何かを書き残さねばならぬ! と強く決意して以降のことだ。しかしそもそもなぜ『膚の下』を読んだのかといえば、その前に僕が神林長平の『戦闘妖精・雪風』を読んで衝撃を受けていたからだった。

何でSFを読み始めたのか?

というわけで僕のSF入門の最初の作品は神林長平の『戦闘妖精・雪風(改)』だったといえる。そもそもなぜ雪風を読んだのかといえば、確か大学生協か何かの文庫案内みたいなパンフレットで、この作品の装丁とタイトルがあまりにもかっこよかったから(内容紹介はほぼなかった)、思わず手に取ったのだった。

そこから次々と神林作品を読んでいって、おそらく当時刊行されていたものはすべて読んだ。また、『膚の下』を読んだ後に、小松左京の『さよならジュピター』や星新一の『ご依頼の件』について書いている記事があるから、小松や星、筒井といういわゆる日本SFの御三家の作品を、入門した人間なりに読んでいたようである。

この当時読んでいたのはあまりにもジャンルがバラバラでどういう基準で読んでいたのかわからない。『さよならジュピター』を読んで、『ご依頼の件』を読んで、その後神林の『魂の駆動体』(傑作!)その後宮部みゆきの『ICO』のノベライズ読んで、押井守の『Avalon』ノベライズを読んで、その後森博嗣の『クレイドゥ・ザ・スカイ』を読んで、時雨沢恵一の『学園キノ2』を読んで、『敵は海賊・海賊版』を読んで、アンソロジー『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』を読んでいる。

当時のブログの記事一覧(楽天ブログ)

その後谷甲州の『軌道傭兵1』を、レムの『ソラリスの陽のもとに』を、神林の『ラーゼフォン時間調律師』を、次にヘッセの『車輪の下』、小野不由美の『黒祠の島』読んでいる。『さよならジュピター』を読んだのが2007年の7月25日で、その後『黒祠の島』を読んだのが8月5日だから、わずか10日あまりの間で15冊を読破していて自分のことながらほんとに読んでいるのか? とちょっと信じられない思いがする。

しかもその合間にヘッセやレムのソラリスが入ってるんだ。大学生の暇な夏休みだったとはいえすごすぎる。そのあともSFに目覚めたとばかりに名作を次々読んでいる。8月中にはベスターの『虎よ、虎よ』や山田正紀の『神狩り』『鼠と竜のゲーム』、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を。

この時期何を指針にして読むSFを選んでいたのかあまり記憶に残っていないが、ド定番、ド名作ばかり選んでいるので、たぶん何かのオールタイム・ベストを参考にして読んでいたと思う。2chかなんかのSF板だったかなんだかに貼られていた、SFの必読の名書リストみたいなのを参考にしていた記憶があるが、定かではない。

人生、ほとんどの期間に渡って僕は本を読み、楽しんできたわけだが、この2007年(大学一年生で、初めての大学での夏休み)の時期は、僕にとっては至高の一年だった記憶がある。SFという新しい世界のおもしろさに目覚め、かつての名作といわれる作品を次々と読んでいた時期だ。金がなかったので全部図書館で借りていたが、僕が読みたかったのは新刊ではなく古い本ばかりだったから、それで何も困らなかった。

ベスターを、クラークを、ホーガンを、ブラッドベリを、レムを、ティプトリーを、小松左京を、星新一を、筒井康隆を、山田正紀を、小川一水を、飛浩隆を、一気に読んだ年があったのだ。そりゃ、SFも好きになるわな。

どうやって選んでいたのか?

入門当時どうやってSFを選んでいたのか? 先にも書いたが、「オールタイムベストランキング」を参考にしていたのは間違いない。何のオールタイムベストランキングかは自信がないのだけど、最初に読んでいるのがほとんど海外作品であることから、定期的に行われているローカスのオールタイムベストを参考にしていたと思う。

本は参考にしなかったのか? 記録に残っているのは僕がSFを読み始めてすぐぐらいの頃に出ていた谷岡一郎『SFはこれを読め!』ぐらいで、他に何かブックガイド系のものを参考にした記憶がない。たぶん参考にはしなかったんだろうな。最初はとにかくオールタイムベストランキングで知った作品を読む→その後気に入った作家の作品をできるかぎり読む、といった形で芋づる式に読んでいた。ティプトリーがきにいったら全部読み、ブラッドベリが気に入ったら全部読み──というように。

それ以外の経路としては、僕の場合は読んだら記事を書いていたので、記事を読んだ人のおすすめを読んでいった記憶がある。イーガンを薦めてくれたのも当時ブログで交流があったdaenさんだった(彼とは今も毎月遊ぶぐらいには仲が良い友だちだ)。2009〜2010年あたりまで気に入った作品を読む→作家の作品を芋づる式に読むスタイルで、その後次第に新刊を中心に読む今のスタイルに変遷していったようだ。

雪風以前のSF

そういえば雪風以前、SFにハマる前に僕は時代小説やらライトノベルやらにドはまりしてそればっかり読んでいたのだけど、ライトノベルの中にもSFはあるので、その時点でかなり読んでいた記憶はある。筆頭といえるのはやはり秋山瑞人だろう。これもたしか2chのスレか何かで絶賛されていたのを見て読んだはずだが、『E.G.コンバット』の衝撃は凄まじく、高校への通学中に読み始めて、こんなおもしれえ小説を脇においたまま学校で勉強できるか!? と思いつつ授業をサボって読んだ記憶がある。

それ以降秋山瑞人の作品を読み漁ったのは言うまでもない。『イリヤの空』の衝撃もすごかった。ただこれはやはり僕の中では秋山瑞人、あるいはライトノベルそのものへのめりこむきっかけではあっても、「SF」というジャンルへのめり込むきっかけではなかったといえるだろう。

現在のSF入門

さて、では現在SFを読み始めようという人はどう入門したらいいのだろうかといえば、なんでもいいんじゃないかな。『SF超入門』の著者としてはこの本から入ってください、というべきなのだろうけど、僕自身が『戦闘妖精・雪風』と大学生協のパンフレットで衝撃的に出会った箇所から衝動的にのめりこみ、手当たり次第に読んでいったわけなので、何が入り口になるかはわからない。

結局、僕にとっての『雪風』のように、「なんて凄まじい作品なんだ!!」と、衝動に火をつける作品──それも、「ジャンルを体現する」かのような作品と出会えるかどうかが、あるジャンルにハマり込めるかどうかの大きな分水嶺であり、人によってその作品は異なるはずだ。そうした作品に出会う、あるいは出会った後に衝動を広げていく入り口としては、僕のようにオールタイムベストランキングを適当につまむとか、『SF超入門』を使うとか(池澤春菜さん監修の『現代SF小説ガイドブック』を使うとか)、色々なケースがある。

このブログをSFタグで絞ってめぼしいものをみつけてもらうのも良いだろう。今度、SFマガジンでは「SFをつくる新しい力」特集ということで、入門者向けのガイドも出るし、2023年はSFに入門/再入門する入り口・補助輪がたくさん出た年といえるかもしれない(『SF超入門』も『現代SF小説ガイドブック』も今年初めの刊行)。

というわけでいい感じに締めれそうなのでこれにておしまい。人によってどういうルート、ガイドブック、作品群を辿ってSFに入門していったのかは異なるはずなので、人の話も聞いてみたいですね(って、その話をSF大会でするはずなんだけど)。よかったらコメントや自分のブログでも何でもいいので、自分の入門話も書いていってね。

『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』という本を刊行します。

このブログ「基本読書」を書いている冬木糸一です。3月1日に、『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』という本をダイヤモンド社から刊行することになったので、その告知文を下記につらつらと書いていきます。このブログの読者にはまず楽しんでもらえる内容なので、ぜひ告知分だけでも読んでいってください。

本の外観。440ページ超えなのでけっこう分厚い

SF超入門とは何なのか

「SF超入門」と銘打っているわけなので、当然SFに入門するための本になる。歴史や作家など入門といっても無数の入り口があるわけだけれども、今回はいわゆるSF小説のガイド的な内容になっている。ただ、「SF初心者はこれを読め!」といって初心者向けを語る、ガイド記事を拡張した内容とは異なるアプローチで本を選んでいる。

たとえば、今回の本では、テーマを「現実との関係からSFを語る」という点においている。本書の構成として、最初に現代を見渡してみて重要なキーワードをあげ(仮想世界や人工知能、マインドアップロードに地震・太陽フレアなど)、それらが現代においてなぜ重要なのかという「キーワード解説」を最初に書いている。

キーワード解説

その後、SF小説がそれらのキーワードをどのように描き出してきたのか──を紹介していく形をとっている。意識しているのはSFと現実を地続きで語っていくことで、現実の数々のニュース、科学の最先端に興味を持ってもらいつつ、その流れでSFを読んでもらい、そこからさらに興味を持っていろんなノンフィクションに手を伸ばすような、循環した流れだ。もちろん、全文書き下ろしであり、ブログなどからの再録は一切ない(部分的に採用した文章はあるけど)。SFブックガイド的な側面があるのは先に書いたとおりだが、同時に「SFの想像力が未来をどう描き出してきたのか」の紹介となるように書いているので、一粒で二度おいしい構成になっている。

キーワード解説の後にはSF紹介パートが続く

選書としては古典だけではなく、21世紀に入ってからの作品もバランス良く交互に取り上げるようにしている。「誰からも文句のつけようがない完全なガイド」は目指しておらず、僕の個人的な思い入れなども加味しており、普通のSFガイドブックでは取り上げられないような、ユニークな作品選定になっているのがおもしろいと思う。

こうした400ページ超えのガイド的性格を持った本は複数人で書いているものが多いが、紹介する作品は完全に僕が一人で選書し、原稿もすべて一人で書いている。後述するが、途中でこれ絶対に書き終わらない……と絶望するような作業量だった。

早川書房のようなSF系出版社ではなく、ダイヤモンド社から刊行される、ビジネスパーソン向けのSF入門という立ち位置も、かなり特殊だろう。装丁や帯文もみてもらえればわかるが、ビジネス書っぽくなっているのも、個人的に好きなポイント。

キーワード解説はノンフィクション部分にあたり、そこにSF紹介パートが続く構成は、基本読書の集大成のようだ。自分の最初の一冊として、良い本が作れたな、と満足している。主観的にもそうだし、書評家としての評価としてもそうだ。

想定読者

想定読者の第一は、もちろん「SF小説ってあんまり読んだことない/知らないけど、どんな本があるのかな」と思っているSFに入門したい人たちだ。本書には様々な本が紹介されているから、頭からざっと読んでいって気になる本を読んでもらってもいいし、興味のあるキーワード(たとえば地球外生命体とか)の項目をまず読むとか、順番は適当に決めてもらってかまわない。頭から読まねばならない本ではないのだ。

かなりの分量をとって各作品を紹介しているが、それとは別に「つながるリスト」として、その作品の次に読むなら何がいいのかを選んだリストも作っている。そのため、何かおもしろそうな本を見つけて読んで、実際おもしろかった場合、そのつながるリストを使って次に読む本を探してほしい。つながるリストにはSF小説だけでなく、僕が読んできて関連するサイエンスノンフィクションも入っているのが特徴。

SF作家は未来予測をするためにSFを書いているわけではない。

想定読者の第二群は、「SF小説が未来をどう描き出してきたのか」に興味がある人たちだ。SF作家は別に未来予測をするためにSFを書いているわけではない。大抵の場合は読者を楽しませるために書いているのであって、もっともらしい未来予測があったとしても、それは読者を作品に釘付けにするためのテクニックのひとつといえる。

未来予測的なSF小説もあるし、あるいは「未来はこうなってはいけないんだ!」という警告の意味をこめたSF小説もある。もちろん過去を描き出したり、ありえたかもしれない歴史の分岐を描くことで現実の歴史の再検討を迫る作品もあれば、わざとありえなさそうな未来/社会を描くことで思考実験を行う作品だってある。そうした、SF小説ならではの「未来/歴史の検討」を、本書では重点的に紹介しているので、SF小説を別に読みたいわけじゃないんだよな〜〜という人も楽しめるはずである。

想定読者の第三群は、SFをよく読んでいる人たちだ。今回は単純にSFを「オススメだよ!」と紹介しているわけではなくて、キーワードごとの切り口を通して紹介・選書しているので、その点がまず新しく読めるはずだ。たとえば、様々な切り口の存在する伊藤計劃の『ハーモニー』も取り上げているけれど、今回は「医療」のキーワードから切り取って紹介している。また、SF読者は自分だったら絶対にこれを選ぶのに! という作品があるはずなので、ツッコミを入れながら読んでもらえると嬉しい。

長い道のりだった……

この本、実は3年以上前に書き始めていて、完成には長い時間がかかった。そもそも僕はサラリーマンとして企業に勤めている人間であり、働きながら一冊の本を書き上げるのは大変なことである。正直な話、一年もかからんやろと気楽な気持ちで書き始めたが、途中で「本当にこれ、書き終わるのか……?」と恐れをいだきはじめ、次第に「だめだ、これは絶対に書き終わらない……」という絶望に変わり始めた。

50作品以上を今回取り上げているが、それらを一個一個読み直し、読んだことがない作品も取り上げたほうがよさそうであれば読み漁り、まとまった文章を書き──とやっていると、とにかくどう考えても終わりそうな気がしないのである。当初の構想では、キーワードに合致するのであれば邦訳がなくても読んで取り上げようと思っていたのだ(申し訳ないがこれについてはさすがに諦めた)。執筆途中で、「すいません、これ、もう無理っす。本の原稿を書くよりもゲームがしたいです。」と編集氏に泣きついたが、なんだかんだで励まされ/騙され、最後まで走り切ることができた。

書いている途中から書いても書いても終わらないなあと思っていたが最終的に出来上がってみればページ数は440ページ。しかもこれでも書いた分量からするとだいぶカットしているので、合計の文字数的には30万文字以上書いた計算になる。入門書にしてはちと分厚いような気もするが、その分充実した内容になっているので、ぜひ手にとって確かめてもらいたい(電子書籍でも)。できあがったものをみると、よくこんなものを一人で書いたよな、と山を登った後下界を眺めるような気分になる。

おわりに

3年以上書いていたので長い旅だったといえるのだろうが、執筆も終盤に近づくにつれ「もっと書いていたいな〜〜〜〜」という気持ちが強くなってきたし、それはまだ消えていない。世になかなか発表できない文章を延々と書き続けるのは苦しいが、そもそも文章を書くこと自体が楽しいのだ、と実感できた日々であった。

今後、いくつかイベントの話などもあるので、興味がある人はTwitterなど覗いてください。

雑誌『家電批評』で「SFで読み解く未来のトリセツ」という新連載が始まりますという告知と今の仕事の整理

こんにちは。冬木です。今月発売の月刊誌『家電批評』にて、「SFで読み解く未来のトリセツ」というタイトルの連載が始まるのでその告知になります。
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そのまんまタイトル通り、SFを媒介にして未来の社会をいろいろと想像してみましょうみたいな感じの連載です。初回は家電批評だしロボットでいくか……という感じでアンドロイドが出てくるカズオ・イシグロの『クララとお日さま』を中心に書いています。カズオ・イシグロはノーベル文学賞もとってるし知名度も相対的にはあると思うので、初回にはとっつきやすさ的にもちょうどいいかなと思ったり。松田望さんの素晴らしいイラストもついていて、レイアウトの決まり具合もぐっときます。

第二回目は「ポスト・コロナの社会」というテーマで2冊取り上げているので、今後はコンスタントにワンテーマ2冊ずつぐらい取り上げていけたらなと。とりえずワンクール、12回は絶対ネタが切れないと思うんですけど、その後ネタがあるのか?? というのが目下最大の懸念。仮にネタがなくなったとしたらマニアックな方向を掘っていくか、ノンフィクションに手を出すかで方向を模索していきたいですね。

正直依頼を受けてからこの『家電批評』をはじめて読み始めたのだけれども、広告が入ってないのでめちゃくちゃ批判もあるガチンコの商品レビューをしていて毎号けっこうじっくりと読んでしまう。あんまり家電とは縁がないと思っていたけど、意外なほど家に家電が溢れていることに気付かされたりもした(ネックスピーカーとかホットクックとかBluetoothイヤホンとか)。KindleUnlimitedなどでも読めるので、入っている人はぱらぱらっとみてみるとおもしろいと思います。

それ以外の仕事もざっと紹介する。

ついでに現在定期的にやっている仕事もここで整理しておくと、定期連載は現在(家電批評を入れて)3つ。隔月刊の『SFマガジン』では期間内に出た翻訳SFをすべてレビューしていて、月刊誌の『本の雑誌』では一月の間に出た僕がチョイスしたノンフィクションを5〜6冊ほど毎号レビューしています。家電批評は上に書いたとおり。

不定期の仕事もいろいろありますがSFマガジンにも連載以外にもいろいろ書いているし(たとえば今はハヤカワの日本人作家の文庫であるJAの総解説が3号に渡ってやっているのでその解説を細かくいっぱい書いてます)、本の雑誌でも座談会やったりと連載雑誌のスポット原稿多数。あとは地方紙に配信される時事通信社からの依頼の書評原稿を書いていたり、ゲームメディアIGN japanに原稿を書いたりYouTubeチャンネルに出演して何かを語ったりしてます(今度『DUNE』の記事が出る予定です)。

あとは定常タスクとしてダイヤモンド社から刊行予定のSFの本の執筆がありこれをもう2年ぐらい書いています。本来は今年の8月ぐらいには出したかったんですがざっと書き上げたあとに構成の変更+追加オーダーが入ったので今これを無限に書き続けているところ。今年はもう確実に出ないので来年にはなんとか……。すでにデザインなども動き始めているので原稿が書き上がったら間違いなく出るとは思うものの、原稿を書くために膨大な分量の本を読み返す必要があり、この時間的コストが重くてなかなか進みません。

営業

専業ライターというわけではなく他に本業がある身であり、だんだん時間的にも体力的にもしんどくなってきているので、単発原稿なら比較的受けれますが連載などの形で何か依頼したいものがある場合はお早めにお願いします!

脳に直接電気刺激を与える実験の先駆者を追う『闇の脳科学』から新しい技術によって蔓延する虚構のプロパガンダを暴き出す『操作される現実』まで色々紹介!(本の雑誌掲載)

はじめに

本の雑誌2021年1月号に載った原稿を転載します。毎回、連載ではある程度取り上げる本の間に話題的なつながりだったり連続性があったらいいな〜と思いながら選んでいるんだけど今回は見事に一切何の繋がりもない本ばかりである。虚構のプロパガンダに色覚本に独学にスケールに……驚くほどにばらばらだ。でも一冊一冊はどれもそのテーマの中で興味深いものばかりなおんでぜひ手にとって見てね。原稿はちなみに天才にあたってかなり手を入れています。

本の雑誌原稿

ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』(赤根洋子訳/文藝春秋)は、脳に直接電気刺激を与えて、うつや統合失調症を治し、同性愛者を異性愛者に変えようとして、世間から批判を喰らった科学者ロバート・ガルブレイス・ヒースの生涯とその研究をあらためて問い直す一冊だ。脳に電気刺激を直接与える治療は現代では一般に用いられるようになったが、ヒースがやったことはその先駆けだった。

この治療法は、単に病を癒すにとどまらず、報酬系の中心部である側坐核に電極を埋め込み、自分の幸福度を自分で決められるようになった時、そこに制限をかけるべきか否かといった問いかけにも繋がってくる。「人間の行動はどこまで制御されるべきなのか」という、根源的なテーマが全体を貫いている傑作ノンフィクションだ。

アメリカ大統領選が民主党バイデンの勝利で幕を閉じたが、近年の大統領選の戦場は、SNSにまで拡大している。多くの人が気づかないうちに自分たちの陣営を支持し、相手を嫌悪するように、操作を画策する勢力が存在するのだ。サミュエル・ウーリー『操作される現実 VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ』は、そんなSNSを用いた煽動合戦と、AIやVRやARといった最新の技術が、プロパガンダや洗脳的な教育に用いられる状況を解説する警告の書だ。

たとえば近年、人工知能による自然な文章生成の技術も進歩を続けていて、海外のインターネット掲示板のRedditでは、新しい言語モデルGPT-3を用いたbotが人間にバレずにひそかに書き込みを行っていたことが明らかになった。botによる投稿は実に自然で、自殺志願者に適切なアドバイスを与えるような高度な応答を行っていた。

最終的にバレたのだが、それも内容がおかしかったからではなく、1分間に1回という人間離れしたの応答速度が怪しまれたからだった。こうした技術がスパムや利益誘導に使われるのは間違いないが、AIによる文章生成を見破るためのチェックAIも作られつつあり、AIvsAIといった状況である。だが、技術がどう用いられるかについての知識があれば、我々も見破ることができる。操られたくなければ、抑えておきたい一冊だ。
www.technologyreview.jp

川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)は近年再開されつつある色覚検査に端を発し、自身もかつて色弱と診断された著者が研究者らへの取材を重ねて現代の色覚科学の最前線に挑んだ一冊だ。二〇〇二年を境に、日本では学校検診の必須項目から色覚検査が外された。その後、色覚検査は積極的に実施されてこなかったが、それによって、自分が色弱であることを自覚しないまま就職期になって検査をして、警察やパイロットといった一部の職業につけないことが明らかになり、道を断念するケースが近年増えてきているという。

そうした事情もあり、色覚検査の再開の動きが出始めている。しかし、それはかつて色覚異常に実質的な害がないにも関わらず、就ける職業が制限された差別の時代の再来に繋がりはしないか。また、現在の最先端の色覚検査によれば、軽微な色覚異常といえる人が四割もいるという。つまり、人の色覚は正常/異常で単純に分けられるものではなく、現代の最先端の知識と基準で、色覚についてもう一度考え直す必要があるはずだ。その問題に本書は社会と科学の両面から組み合っており、読み応え十分。

読書猿『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社)は、独学すること、自分を自分が望む方へと変えていきたい人にとっては必読の一冊だ。時間を確保するための技術である「ポモドーロ・テクニック」のようなすぐに使えるものから、「そもそもなぜ学ぶのか」「どうやって学び続けるのか」という、動機をみつけ、継続するための技法も充実している。各技法の使い方、使い道だけでなく、それらの技法がどのように生み出され、発展してきたのかという歴史観点も含まれていて、ビジネス書でありながら、同時に人文書でもあるり、実践的な独学のテクニックなんて必要ないよ、という人にもオススメしたい。
Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる

Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる

複雑な道を覚えているロンドンのタクシー運転手の海馬は通常よりも大きいように、脳と意識は空間と身体動作との相互作用によって形作られている。バーバラ・トヴェルスキー『Mind in Motion 身体動作と空間が思考をつくる』(渡会圭子訳/森北出版)は、そこにどのような関係性があるのかを神経科学と認知心理学で解説していく一冊だ。取り上げられていく実験は、空間から時間にまで広がっている。

たとえば、朝食、昼食、夕食のマークを自由に並べさせる実験を行ったところ、ほとんどの人が食事の順番を横向きの一直線に並べ、その時間の向きは、英語話者であれば左から右というように人の読み書きの習慣で異なった。そうした時間認識の傾向は、漫画の中で時間をどう表現するのかという表現論にも関わってくる。

ジョフリー・ウェスト『スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』(山形浩生・森本正史訳/早川書房)は、生命、都市、経済に存在する、スケールについての普遍的な法則を導き出そうという科学ノンフィクションである。たとえば、都市の人口サイズにたいして、多くのデータが1・15に近いべき乗スケーリングを示している。所得、特許数、GDPだけでなく、犯罪件数も、レストランも、インフルエンザの症例もその割合で増えていくのである。我々は自分を自由な存在だと感じているが、総体としてみると一定の法則に従っているようなのだ。なぜそんなことが起きるのか? と、こうした法則とその背後にある原理を探求することで、世界の背後にある理屈がみえてくる。エキサイティングな一冊だ。

おわりに

本の雑誌456号2021年6月号

本の雑誌456号2021年6月号

  • 発売日: 2021/05/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
本の雑誌2021年6月号も出ているのでよろしくね〜。この最新号では僕はマイケル・サンデルの最新作『実力も運のうち 能力主義は正義か?』、ザビーネ・ホッセンフェルダー 『数学に魅せられて、科学を見失う――物理学と「美しさ」の罠』、大栗博司『探究する精神 職業としての基礎科学』、浅田秀樹『三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題 』、山本弘『創作講座 料理を作るように小説を書こう』、ジョン・マクフィー『ピュリツァー賞作家が明かす ノンフィクションの技法』などいろいろ紹介してます。半分以上ブログで紹介してない本なので読んでね。

10年代SF傑作選から『サハリン島』まで、多数の傑作SFが刊行されたてんこ盛りな2020年を振り返る

アンソロジーが記憶に残った年

今年を振り返って記憶に残ったのは、やはり10年という区切りの年だったこともあってか優れたアンソロジーが多数刊行されたこと。たとえば、『なめらかな世界と、その敵』の伴名練が編者に入った『2010年代SF傑作選1・2』(大森望・伴名練編)は野崎まどの笑撃作「第五の地平」から小川一水による数学SFの傑作「アリスマ王の愛した魔物」、ベテランから新鋭まで幅広く取り揃えたアンソロジーだ。

今年は海外編も前回の年代別傑作選から十八年ぶりに『2000年代海外SF傑作選』、『2010年代海外SF傑作選』が刊行されたのは喜ばしい。この20年の海外SFを語る上で中国SFは外せないが、そのあたりもきちんとカバーしつつ、10年代は11篇収録のうちなんと7篇が初訳! 00年代篇には楽観的にGoogleの善性を信じている短篇が収録されていたりして、合わせて読んで時代の空気の変化を感じるのも良い。他にも、イスラエルのSFを集めたアンソロジー『シオンズ・フィクション』はイスラエルの歴史や文化と複雑に絡み合ったレベルの高い作品が集まった、個人的に今年一冊海外SFを買うならこれ! なオススメ作。中華SFアンソロジーも盛況で、『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は日本未紹介の作家が数多く含まれており、ケン・リュウ編の中国SFアンソロジー第二弾『月の光』は、始皇帝が実はゲーム・マニアだったら……というバカSF「始皇帝の休日」など、前作よりも変化球を増やし、『時の〜』と合わせて現代中国SFの書き手の豊穣さを伝えてくれている。アンソロジーは最初に名前を出した伴名練編による『日本SFの臨界点』の恋愛篇、怪奇篇の二冊が出たのも忘れがたい。「これまで日の目をみなかった作品を世に出す」ことを目的とし、「個人短篇集収録作を一編も入れない」縛りプレイをしているおかげで読んだことがない作品がかなりはいっていて、こんなおもしろい短篇が収録されてないのか! と驚きっぱなし。各短篇の前に入っている伴名練による作家・短篇紹介も3ページ以上あってこれを読むのもアンソロジーの醍醐味のひとつ。

短篇集

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

アンソロジーから続けて短篇集の話をすると、まず取り上げておきたいのは酉島伝法の短篇集である『オクトローグ 酉島伝法作品集成』(早川書房)。BLAME! の小説アンソロジーに収録された作品だったり、ウルトラ怪獣アンソロジーに収録されたりで統一感も何もあったもんじゃないだろう、と思ったが、何を描くにしても一回酉島語、酉島世界に変換されてから出力されているせいで統一感はある。

どれもおもしろいが、個人的にはウルトラ怪獣アンソロジーに収録された「痕の祀り」が好き。科学特捜隊が加賀特掃会に置き換えられ、巨大な怪獣の死骸の後始末に紛争する人たちの話であり、今でいうと『怪獣8号』の初期パート(そのまんま怪獣の死骸の後始末をするパートがある)に惹き寄せられた人にはぶっ刺さる内容になっている。入り組み複雑な匂いと感触を感じさせる臓器の生々しさを文章で感じさせたら酉島伝法の右に出るものは日本どころか世界にもいないだろう。傑作短篇集である。

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

もう二つ、日本SFの短篇集で触れておきたいのは『横浜駅SF』の柞刈湯葉による『人間たちの話』(早川書房)。気候変動によって気温がだだ下がりした世界をゲノムデザインされた特殊な生物たちが跋扈する状況を描き出す「冬の時代」。オーウェルの『一九八四年』パロディだが、皆が監視されていることを楽しみ、画面映えを考え同時視聴者数を増やそうとする人々を描き出す「たのしい超監視社会」など、SFの多様な側面が味わえる短篇集になっている。表題作がまた凄いんだわ……。
アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

柴田勝家初の短篇集『アメリカン・ブッダ』も外せない。物語が国に流れ込むことを阻止する物語検疫官の苦闘(物語をとどめるのは難しくすぐ入ってきてしまう)を描き出す「検疫官」、民間信仰研究を行っていた著者の背景を活かした、一生を仮想のVR世界で生きる中国南部の少数民族を中心においた文化人類学SF「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」もいいが、流行病と大災害によって世界が荒廃し、国民の多くが仮想世界に移り住んだ米国を舞台に、仏教徒のインディアンがすべての厄災は去ったから帰ってきても良いんだ! と語りかける仏教×SFな表題作がやはり圧巻。

長篇とか

長篇の紹介に移ると、今年は海外SFに話題作が多かった。N・K・ジェミシン『第五の季節 破壊された地球』は、史上はじめて三年連続でヒューゴー賞を受賞した三部作の第一部。数百年ごとに天変地異に襲われ、大半の生物が死滅してしまう大陸スティルネスを舞台にした本作は、特別な力を持つがゆえに差別を受ける能力者や、定期的に破滅する世界独特の社会システムを描き出していく、凄まじい破滅SFだ。もう一つの話題作は、ヒューゴー、ネビュラ、ローカスとSF関連賞を総なめにしたメアリ・ロビネット・コワル『宇宙へ(上・下)』。こちらは一転、一九五〇年代にありえたかもしれない宇宙開発史を描き出す長篇SF。アメリカ合衆国ワシントン沿岸の海上に巨大な隕石が衝突し、死者が何百万人も出ただけではなく環境が激変し、拡散した水蒸気のせいで近いうちに極度の温暖化が進行する事態に。人類は、地球外への入植を迫られ、現実では冷戦後下火になった宇宙開発が、ここでは切実な理由から加速することになる。女性が自分たちをパイロットとして認めさせ、宇宙開発史の初期から女性が参画していたら──というIFを描く物語でもある。
荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:陳 楸帆
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: Kindle版
『三体』の劉慈欣をして「近未来SF小説の頂点」と言わせた、陳楸帆『荒潮』も外せない。中国南東部の、電子ゴミが集まる島を舞台に、中国の国際社会での立ち位置、環境問題、底辺層と富裕層の対立についてが、義体や電動人工筋肉繊維で作られたメカ、AIによる監視網など、近未来のテクノロジーと共に描かれていく、ポスト・サイバーパンク長篇だ。陳楸帆はGoogleや百度といった先端IT企業での勤務経験があり技術描写はさすが。ゴミのリサイクリングという現代的なテーマを扱いながらも最終的には人類の行末とは……な壮大な話にスケールしていくのも魅力のひとつ。
透明性

透明性

サイバーパンク的なテーマを扱った物としては、「人類の不死化技術」を握った企業は、不死を約束してほしければ環境に良いことをして善行ポイントを詰め、と人類を従わせることができるようになり、事実上の神となるのではないか、といったテーマを扱ったデュガン・マルク『透明性』も珠玉の出来。
サハリン島

サハリン島

年末ギリギリで刊行されたエドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』は、ロシアのメディアで「この10年で最高のSF」とまで評された終末SF。北朝鮮発の核戦争が世界で勃発し、同時に人為的に操作されたウイルスによる移動性恐水病(MOB)と呼ばれる致死的な感染症が蔓延し世界は一気に終末へ。しかし日本は鎖国を行い工業国としては唯一まともに生き延びた国となり、自衛隊幕僚幹部は〈維新〉を宣言し、日本は自らを〈帝国〉と宣言……という世界観で、大日本帝国と化した日本から犯罪者らが寄せ集められるようになった地獄のような「サハリン島」の有様を描き出していく。最高のロシアSFかどうかはともかく素晴らしい終末物なのでぜひ読んでほしい。
タイタン

タイタン

  • 作者:野崎まど
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: Kindle版
国内作品としては、野崎まど『タイタン』(講談社)はAIの発展によって仕事が必要なくなった世界を通して、「仕事」とはなんなのかをあらためて問いかける、AI×お仕事小説。プロットはシンプルで力強く、イメージは豊穣で、ラストに至るまで物語の結末は予測不可能。最後に、『半分世界』で奇想短篇の実力を見せつけた石川宗生の『ホテル・アルカディア』(集英社)は、引きこもってしまったホテルの支配人の娘のために、滞在中だった芸術家らが技術を競って物語を語り聞かせるという枠組みを持った奇想短篇集。個々の短篇もすばらしいが、時代を経てさまざまな物語が集まる〈物語の聖地〉と化した、アルカディアという場所の物語として鮮やかな出来だ。
【PS4】サイバーパンク2077

【PS4】サイバーパンク2077

  • 発売日: 2020/12/10
  • メディア: Video Game
SFといえば忘れちゃいけないのがウィッチャー3の開発スタジオが送る大作オープンワールドRPG『サイバーパンク2077』も昨年12月にようやく出た! バグが多い、返金騒動などいろいろあったが、ゲームとしてスペシャルなのは間違いがない。街行く人の誰もが体を義体化し、体に入れ墨が入っている雑多な都市に足を踏み入れた時、自分はサイバーパンクの世界に入ったんだ! と凄まじい感動に襲われた。不満点もあるけど、これ以上のサイバーパンク・ゲームはもはや二度と出ないだろう。

他にもいろいろ

100文字SF (ハヤカワ文庫JA)

100文字SF (ハヤカワ文庫JA)

新しい潮流を生み出しつつあるという点でマイクロノベルの北野勇作『100文字SF』も良かったし、日本の近年のミリタリーSFの最大の成果の一つ林譲治『星系出雲の兵站』『星系出雲の兵站-遠征-』が完結したり、海外SFだとアジア文化を取り入れたスペース・オペラ『茶匠と探偵』、世界的ディストピアSF『侍女の物語』の正統続編である『誓願』が出たり、時間旅行者の精神的な病を描き出す時間SFの注目作『時間旅行者のキャンディボックス』も…とあれもこれもと言い始めたらきりがない。諦めが悪く作品を最後に羅列してしまったがここでいったん締めとしよう。

2021年の話

最後にひとつお知らせを。2020年、ずっとSFについての本を書いていて、これが今年の夏前にはダイヤモンド社から刊行される予定。SFって何の略? というぐらいにはSFファンではない人も対象としたSF入門書にしようと、SFの歴史、サブジャンル解説、初心者向けのオススメを10冊+それぞれから派生する形で+3冊で40冊、数万文字紹介していたり、現実の科学や文化とSFについて両面から語る章があったり、『ニューロマンサー』『闇の左手』『一九八四年』といった名作の歴史的意義や現代に読む意味を詳細に解説していたりと相当てんこ盛りの内容。ご期待ください。

続きがでなくて悲しかった最近のSFたち

25日発売のSFマガジン2020年10月号、ハヤカワ文庫SF50周年号で、50周年を記念して渡邊利道さん、鳴庭真人さんと僕の3人で座談会をやっています。

SFマガジン 2020年 10 月号

SFマガジン 2020年 10 月号

  • 発売日: 2020/08/25
  • メディア: 雑誌
あまり明確なテーマはなくざっくばらんに最近のハヤカワ文庫SFや創元SF文庫について話そう、といったかんじで楽しく話したんですが、その座談会に備えて近年(5年ぐらい)のラインナップを見返したり、どのジャンルが何冊ぐらい出ているのかを数えていたら、「そういえばこれ続きが結局出なかったな……」とか、「というかなんで出なかったんだよ!!」と怨念が蘇ってきたので、供養代わりに記事にしようかと思います。ちなみに早川の編集さんにはその場で続きを出せ! といってます。

ラメズ・ナム『ネクサス(上・下)』

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)

今回の座談会でこの作品の話だけはして帰ろうと思っていた筆頭。マイクロソフトで長年仕事をし、15年ぐらい前の著作だがノンフィクションにも『超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会』、『The Infinite Resource: The Power of Ideas on a Finite Planet.』(2013)といった著作がある、ゴリゴリの最先端テクノロジーの識者によるポストヒューマンSFがこの『ネクサス』である。

体内に取り入れたナノ構造物によって他者の脳と通信することができる「ネクサス」など無数の世界を変革するような技術が生まれている2040年のアメリカを舞台に、テクノロジーによる人体改変・知能増強といった変化を受け入れる勢力と、なんとしてもそうした変化をせき止めたい勢力の争いが描き出されていく(ネクサスも規制されている)。この作品、とにかく未来のテクノロジー描写の広範さと緻密さがとんでもなく、中心にあるテーマ性は「進歩の陣営につくか、停滞の陣営につくか!」という古来からあるシンプルなものなのだけれども、魅せ方がうまくて最高なのだ。

体内に取り込んだネクサスをOSとして活用することで人体の制御を可能にし、「明鏡止水」アプリを使って感情から発汗をコントロール、「ブルース・リー」アプリを使って敵の認定・攻撃・防御をほぼオートマティックでこなすなど、ケレン味も抜群。この年最高のSFといってもいいぐらいの内容だったうえに観測範囲ないでは評判も上々だったのに、三部作の続きはでなかった。残りは『Crux』と『Apex』で、特に第三部の『Apex』はフィリップ・K・ディック賞もとったんだけどね……。

何が悔しいって、こういうポスト・トランスヒューマン物でド真ん中からテクノロジーの進歩と停滞を扱うような作品って近年翻訳されないし日本でも書き手が少ないので、『ネクサス』の続きが出なかったと言うよりも、「この路線」それ自体が丸ごと勢いがない・求められていないように感じられて、そうした総体的な観点から『ネクサス』の続きが出ないのは悲しいのである。ちなみに、続篇がどのような理由でまだ刊行されていないのか(僕は)知らないので、出る可能性はあるのかもしれない。

ジョーン・スロンチェフスキ『軌道学園都市フロンテラ(上・下)』

『ネクサス』と同じぐらい続きが出なくて悲しかったのが、創元SF文庫から刊行されたジェーン・スロンチェフスキの『軌道学園都市フロンテラ』だ。ただこちらはすっかり勘違いしていたのだが、今回調べていたら続きが出なかったのではなくて、続篇はもとから構想だけあり、著者が書いていないだけだった。本作自体著者の11年ぶりの作品なので、まだ出るかもしれない。

これも系統としては『ネクサス』と近くて、著者は現役で大学の微生物学教授の研究者で、ゴリッゴリに未来のテクノロジーの描写をこれでもかというほど敷き詰めていく。書名に入っているように軌道上に存在する学園都市を舞台にしたジュブナイルSFである。『太平洋上を宇宙エレベータが炭疽菌ケーブルを伝って上昇していた。』というような一文から始まって、トイ・ボックスと呼ばれる攻殻機動隊でいうところの脳と直結した電脳空間・ネットワークみたいなものを使っており、話すのが苦手な人はそれでテキストメッセージを誰にでも送って会話することもできるし、そこで授業を受けることも、装飾をすることもなんでもできる。3Dプリンタ技術が発展していて、軌道学園都市に何でもかんでも物を運ぶわけにはいかないから、家でも衣服でもほとんどのものは3Dプリンタで出力するなど、未来の生活が丹念に描かれていく。

紫外線を吸収し青酸ガスを吐くウルトラ・ファイトという地球外生命体の描写も著者の専門が活かされているのか異常に細かく、遺伝子操作を受けていない普通人と遺伝子コントロールを受けた人間=エリートの確執、環境悪化していく地球と、理想郷として作られたフロンテラの脆弱性=軌道都市の脆弱性、誰もが電脳で繋がっている単一ネットワーク故の極端な脆弱性、政治・選挙を通した理想社会の実現手法について、愚かさは病気なのか、病気だとしたらそれは治療されるべきものなのか、と未来に起こり得る、無数のジレンマに関する問いかけがなされているのが最大の魅力だ。

この小説、決してよく出来ているわけでもなければ評判がいいわけでもない。とにかく情報は過剰であり、テーマは複数のものが走りすぎ、一言でいえばワチャワチャしすぎている。だが、そういう本筋から外れていてもいいからとにかくテクノロジー関連の描写や計算をしてくれと思うような僕のようなタイプの人間にはガン刺さりだ。

マイケル・R・ヒックス 『女帝の名のもとに-ファースト・コンタクト』

ミリタリーSF系統は大量にシリーズが始まって人気が出なければすぐ出なくなるので、消えていったシリーズは数多く「また駄目だったか〜」ぐらいでショックに思うこともないんだけど、この『女帝の名のもとに』はめちゃくちゃおもしろくて近年最大の当たりだったのに続きが出なかったので記憶に残っている。

人類が植民可能な惑星を探して宇宙を探求していたら、初の異星の知的生命体と遭遇。だが、接触した異星人は艦内に乗り込み持ち込んだ剣で突如切りかかってくる戦闘狂で、闘い、死ぬことに栄誉を感じる日本のかつての武士みたいな価値観を有するクレイジーな存在だった! といって艦内での白兵戦(太極拳の使い手や、ボクサー、剣の達人だった祖父から受け継いだカタナで戦うイチローなどヤバいやつがいっぱい出てくる)が繰り広げられる作品でその異常性がおもしろかったのだが。

その他

この5年ぐらいのSFに絞って話をしたが、何を一番待ち望んでいるのかと言えば秋山瑞人の『E.G.コンバット』最終巻だし、ハンヌ・ライアニエミによるジャン・ル・フランブールシリーズも『量子怪盗』、『複成王子』の後『The Causal Angel』が出てなくてずっと待っている。たぶん、ラノベまで含めて思い出そうとしたら10や20じゃおさまらないだろうな。

書いていて思い出したけどマーク・ホダーによる大作スチームパンクシリーズの《大英帝国蒸気奇譚》も超おもしろくて、最初の三部作は東京創元社が刊行してくれたけど、そのあと原書ではシリーズ第二期にあたる新三部作がはじまっていて、そっちはさすがに出てないのも悲しかったな。著者が書けなかったとかならしょうがないと諦めもつくのだけど、商業上の理由により刊行が止まると(大英帝国が商業上どうだったのか知らないけど)、「そのサブジャンルそのもの」自体が避けられがちにあるから、そういう意味でも悲しいのであった。みなそういう悲しみを抱えているだろう。

本の雑誌2020年1月号から新刊めったくたガイド(ノンフィクション)の連載が始まります。

本の雑誌439号2020年1月号

本の雑誌439号2020年1月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 本の雑誌社
  • 発売日: 2019/12/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
記事名通りですが、本の雑誌2020年1月号から新刊めったくたガイド(ノンフィクション)の連載が始まります。本の雑誌はそのまんま本についての雑誌で、SFからミステリィ、文学にノンフィクションまで様々な書評やら、コラムやら、エッセイやらが載っていて、僕のように本が好きで書評を書くような人間にとっては憧れの雑誌です。そこで、しかも連載ができるというのは、率直に言って大変に嬉しいことです。

取り上げていくノンフィクションはブログで取り上げたものもありますが、いないものもあるので(初回は7冊紹介し、2月号では6冊紹介しました。次号以降も6冊ベースで紹介していきたい)、ブログを読んでいる方も見かけたら読んでいただけたらなと思います。文字数の関係で切り口もいろいろかえていますしね。これで定期的な連載は隔月刊のSFマガジンの海外SF書評とこの本の雑誌の二つになりました。

ついでなのでざっと最近の仕事の紹介もしておくと、

  1. 12月20日頃発売の週刊読書人に2019年のSFを振り返る1600字ほどの原稿を書きました。
  2. 12月25日のSFマガジンにはいつも通りSF書評の連載が載ります。
  3. 来年1月発売のムックである週刊文春womanでは百合SFについての取材と選書の依頼を受け、ゲラも確認したのでそれが載っているはずです。
  4. IGNのyoutubeチャンネル用の動画を依頼を受けてスタジオに赴いてとりましたので公開されるかと思います。
  5. 時事通信社に書いた「『生類憐みの令』の真実」の書評が各地の地方紙に配信されているかと思います。また今月末頃には「『奴隷』になった犬、そして猫」の書評も配信されるかと思います。

と、直近のものに絞ってもいろいろやっています。来年もやっていきたいですね。とはいえ、やはり僕にとって一番の中心にあるのはブログであるという考えは変わっていないので、今後も、というよりかはこれからあらためて本気でブログをやるぞ、一記事一記事本気で記事を書こう、という気が最近湧いてきたりもしています。

というのも、最近配信系のVTuberにハマって、暇がなくても延々と配信を観続けているんですが、彼らを観続けていてなんて激しい変化の中で攻め続けている人たちなんだ、僕も本気で攻め続けなければ……! と感銘を受けたんだよね。いや、冗談でいっていると思われるかもしれないがこれは本気です。本気で感銘を受けて、この世界にはこんなに攻め続けている人たちがいるんだから自分も世界を変えるつもりで書かなければならないと気合を入れられたんだ。これからはVTuberを見習って書評を書いていきたい。というわけで来年はVTuberになりたいですね。

初心者向けのオススメSF記事を書きました&補足アフタートーク

今日「それどこ」に初心者向けのSFについて寄稿したので、こちらではその補足というかアフタートークでも。そもそも「初心者向けのSF」ってなんやねんという話でもしながら、取り上げられなかった/取り上げたかった本の話でもしようかと。
srdk.rakuten.jp
取り上げた本は五冊あるが(リンク先参照)「これこそが初心者向けのSFだオラーテメーらに教えてやるぜー!」的なノリでいくと普通に荒れるので、今回は「僕はこういうSFを読んでSFの沼にズブズブハマっていきましたよ」と逃げの入った選定となった。記事の対象読者としてはSFこれまで意識しては一冊も読んだことないな〜という人たちで、短篇集は一冊入れてー恋愛ものも(打ち合わせの時に要望があったので)入れてー雪風は(自分がそれをきっかけに読み始めたので)入れてー、あとはハードSFも一つは入れてー、そりゃ飛浩隆は入れるでしょーという感じで決めた。

あとは伊藤計劃もなーディストピア物も入れたかったなーとウンウンと唸ったが、無限に紹介できるわけでもないし、紹介しすぎてもわけがわからなくなるからいいでしょう。本当は小川一水『天冥の標』は入れようと思っていたが打ち合わせで大長篇は初心者には厳しいのでは……というもっともな意見をもらいやめたりもした。

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)

自分の好きな物を読め

初心者といっても人類はたくさんいる。誰にも楽しめる作品なんかないので、基本的には初心者だろうがなんだろうが自分が好きなものを読めばいいのだ。別にいきなりグレッグ・イーガンでもいいし。なので、本当に自由に選ぶのであれば対象読者が「何が好きか」というのを取っ掛かりにオススメするのが本当はいいのだろう。

ロボット物とか

というわけで、ロボット物、もしくは警察物が好きなら警察☓ロボット『機龍警察』でしょう。アニメ脚本家だった月村了衛氏によるデビュー作で、シリーズの巻が増す毎により複雑化する社会情勢、龍機兵と呼ばれる機甲兵装のバトルは密度を増し、どの巻もむせ返るようなジレンマに満ちあふれている。他、シルヴァン・ヌーヴェル『巨神計画』は太古の昔から地球に残された謎の巨大ロボットのパーツを発見した人類がその謎を追ううちに地球に迫る脅威へと気がついていく傑作。ピーター・トライアス『メカ・サムライ・エンパイア』はアメリカを日本が統治下においた架空史で紡がれる迫力のロボットバトル&学園物の傑作でどれも違った魅力に溢れている。

近接ジャンルとしてのアンドロイド物ならまー『BEATLESS』でしょう。長谷敏司という一種の異常者がこれでもかと作り上げた未来世界を堪能したらSFにはまり込むというか正気度が減るかもしれない。

BEATLESS 上 (角川文庫)

BEATLESS 上 (角川文庫)

イーガンとか藤井太洋とか

イーガンはわりとハードルが高いと捉えられがちだけれども、実際にはほとんどの作品は誰でも普通に読めるので短篇集『しあわせの理由』や『順列都市』でイーガンが作り出す筋の通った超理論を楽しんだりできるはず。日本だと藤井太洋『オービタル・クラウド』は恐ろしく間口の広いスペース・テロ小説で圧巻。リアルなWebプログラマやエンジニアが出てくるのでプログラマにはオススメしたかった。

オービタル・クラウド 上 (ハヤカワ文庫JA)

オービタル・クラウド 上 (ハヤカワ文庫JA)

あとはもう少し広げていくなら、野尻抱介作品どれでも(《ロケットガール》シリーズが一番好きかなあ)、谷甲州《航空宇宙軍史》シリーズをキャラ物が好きか技術者小説としての側面が好きかといったところで延々と分岐させていく感じ。翻訳ものだと好みはだいぶ古いもの(クラーク作品全般やロバート・L・フォワード『竜の卵』)に寄ってしまうけど最近ならピーター・ワッツ『ブラインドサイト』かナー。

ディストピアやらゾンビやらポストアポカリプスやら

ディストピア小説については入れていたとしたらまあ伊藤計劃『ハーモニー』だろう。映画化前ぐらいだったか、「これまでSFって読んだことなかったんですけど伊藤計劃作品を読んでSFのおもしろさを知りました〜」という人に幾人も出会い(僕が知らない人と会わないので4〜5人だけど)、ハー伊藤計劃ってスゲーんだなーと実感した思い出がある。そういう意味では今回の選定に入れておけばよかったかなあ。

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

『虐殺器官』も『ハーモニー』も戦場から医療まで所狭しといろんなテクノロジーが出現していて、その一つ一つが「いま・ここ」から地続きに感じられる息詰まる世界観だという点も(SF読んだことなくてもおもしろいのに)関係しているかも。あと(あんまり関係ないけど)ディストピア繋がりとしては、ゾンビ物の『パンドラの少女』も文明崩壊後の世界でゾンビ(じゃないんだけど)が蔓延しその理屈を解き明かしていくSFなので、ゾンビ物枠があったらまずもってオススメしただろう一冊。

近接サブジャンルでポストアポカリプス物──漫画だと『少女終末旅行』やらみたいな方面──だと、代表作的にはコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』あたりを紹介しただろうなあ。あとはまあ普通に田中ロミオ『人類は衰退しましたか』か。東山彰良のド傑作『ブラックライダー』も外せない。でもこの手のジャンルって終末後の世界情景が見えてこその魅力もあるので、映像作品や漫画やゲームの方が印象には残るかも。ゲームだと『Horizon Zero Dawn』とかも傑作で──と、僕は冬木糸一というHNだが、これは組み合わせると「終末」になる。実は終末物大好きマンなのでこの手の作品はいくらでもオススメしたいのだが、とりあえずやめておこう。

そうそう、そのまたさらに近接サブジャンルとしてはゾーン物で『ストーカー』、《サザーンリーチ》三部作、《裏世界ピクニック》もどれ読んでもそれぞれ違った角度からゾーン物の良さが凝縮されててハマるよねーと話が尽きないのであった。

裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)

裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)

終わらない

そんな感じで進めていくと本当にキリがないのでざっくりいくと、SFアクション枠が存在するのであれば当然のように冲方丁『マルドゥック・スクランブル』(どうでもいいけどSFアクション枠の小説作品って実は相当少ないよね)を薦め、大長篇枠なら小川一水『天冥の標』を薦め(生まれてきたことに感謝するレベルの傑作)、SFミステリならアダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者』を薦め(あまりにもバカバカしいけどSF的に筋の通った傑作)、ゲーム、あるいは仮想世界物であるば芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド』を薦めただろうな〜〜〜(雑)。

セルフ・クラフト・ワールド 1 (ハヤカワ文庫JA)

セルフ・クラフト・ワールド 1 (ハヤカワ文庫JA)

こんだけ適当に上げておけばいつか似たような依頼があってもこの記事を読めば思い出せるでしょう。でも(やっぱり)いくらなんでもきりがなさすぎるので、次やるにしても「3年以内に刊行された」とか「終末系のSFの中から」とかある程度絞り込む必要があるかもしれないなという教訓を得た。しかし、寄稿記事では僕がSFを読み始めたきっかけを「戦闘妖精雪風のカッコよさに惹かれて」と書いたんだけど、他の人はいったいどんなきっかけでSFを読み始めるたのか、気になってきたなあ。

あとはみんな初心者向けだったらこれじゃねというのがあったらどんどん呟いたりコメントくださいな。


ではそんなところで。

納得度の高いランキングが並ぶ、ベストSF2017──『SFが読みたい! 2018年版』

SFが読みたい!2018年版

SFが読みたい!2018年版

はい、今年も『SFが読みたい! 2018年版』が出ました。僕は今年もベストSF海外篇で30作品のガイド+海外SF総括+海外SFランク外の注目作+「あの物語はいまどうなってるの?──人気大河シリーズの現在」で《ウィッチャー》シリーズの紹介を1ページ担当しております。いま文字数カウントしたら1万5千字ぐらい書いている。

30作品もガイドを書くのは大変なんですが面白い作品ならばそう苦にはなりませぬ。というわけで今回の海外篇、また日本篇についてもめっぽう納得度の高い+個人的な感覚とそうズレていないランキングになっていて嬉しかったなあと思います(納得度が低い=個人的な感覚とズレていたからといって悪いことはなにもないが)。

本の構成としては概ね昨年と変わらず、日本篇、海外篇それぞれで作家・ライター陣のアンケートによって決定したたランキング30作品が発表され、それぞれ一位の作家によるコメントが載り、サブジャンル別ベスト10(海外文学とかノンフィクションとかSFゲームとか)があり、作家や出版社の2018年の刊行予定が載り、先にも書いたように「あの物語はいまどうなってるの?──人気大河シリーズの現在」がありとだいたいそんな感じです。バーナード嬢、早川さんの二大(?)SFマンガもあります。

以下、ランキングの結果に全部触れるわけではないけれども、一位とか目をついた作品について軽く感想を書いていきます。

日本篇

昨年の「読みたい」では、鏡明☓大森望☓冬木糸一と、あとSFマガジン編集長の塩澤さんで振り返り座談会をやって載せっていたのですけれども、そこで上がった議題の一つが「ベスト10に」早川の本が一冊も入ってないじゃん! というのと、再開したSFコンテストの受賞者らの作品がベストの上位に(質の割には)入ってないねという話があったのだけれども、今回は見事、小川哲さんの『ゲームの王国』が二位に入っている。これももちろん質があってこそのもので特段いうことはないのだけれども。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
一位こそ逃したとはいえ、正直一位の飛浩隆『自生の夢』は刊行された瞬間から「もうこれが投票に入ってくるSFランキングはこれが一位だよね……」的存在なので実質一位といっても過言ではないのでは(そんなことあるか)。他、ベスト10に早川の本もちゃんと2冊(『裏世界ピクニック』『BLAME! THE ANTHOLOGY』)入っており、安全安泰。飛さんはBLAMEにも傑作を入れているのでまあすごいですね……。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
個人的な偏愛を入れると吉田エン『世界の終わりの壁際で』、黒石迩守(本書の中で一箇所、黒岩と誤字が残っているのを発見してしまった)『ヒュレーの海』はもっと上位に入ってほしかったけれども僕も投票できなかったので何もいう資格ナシ。

あと吉上亮『PSYCHO-PASS GENESIS』も、神林先生の新刊(『フォマルハウトの三つの燭台』『オーバーロードの街』)も、もっと──と言い始めるとキリがないけれども。トレンドとしてあげられているのは、Web小説発SFが二作上位にランクインしていることで(『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』『横浜駅SF』)『JKハルは異世界で娼婦になった』も出たし早川☓Web小説の今後の流れに期待したいところ(とはいえ後発だし、無理して駄作を出版する必要もないわけだけど)。

海外篇

今回、特にベスト10は本当に傑作揃いで、not for meなケースは当然存在するのだけれども、ガイドを読んでもらったうえで、「おっこれは」と思える作品があれば何を読んでも存分に楽しめると思います。個人的な偏愛としてはなんといってもアダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』なんだけど、ロボットSFなら『巨神計画』、超スーパーハードSFならピーター・ワッツ『エコープラクシア 反響動作』、グレッグ・イーガン『アロウズ・オブ・タイム』というか〈直交三部作〉。
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短篇集ならケン・リュウ『母の記憶に』を買っておけばハズレってことはありえないし、なんといってもクリストファー・プリースト『隣接界』はさまざまなジャンルを越境し描写の魔力に酔いしれているうちに最後まで連れて行かれるド傑作。その二つの訳者として関わっている古沢さん(母の〜は共訳)は今回は大フィーバーだとSFが読みたいの海外SF総括原稿にも書いたけれども、訳者としての実力に加えて単純に”何の作家・作品を訳すのか”という”眼”の確かさの結果だと個人的には思う。ま、もちろん運もありますが(飛浩隆と同じ年に本を出してしまう日本作家と同じく)。
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新人なら魔術☓科学☓中東なSFファンタジィの快作G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』や、現代の科学技術の最先端をきちんと踏まえた上でトランスヒューマンからポスト・ヒューマンへの移行期を描き出すケレン味たっぷりなラメズ・ナム『ネクサス』、アメリカで第二次南北戦争が起こったら──という未来をリアルに描き出す『アメリカン・ウォー』あたりは本当におもしろいので是非。特に後者二作はめちゃくちゃおもしろいのにランキングでも下位の方なので注目して欲しいところです。

それ以外

それ以外とくくると雑だが。各社の刊行予定では東京創元社が凄そう。高山羽根子さんの初長篇はめちゃくちゃ楽しみだし、宮内悠介『超動く家にて』も早くよみたい。ゲームSF傑作選『スタートボタンを押してください』も早く出ろ。早川はウィリスの新作を早く。あとヴォネガット(ヴェネガットに誤字ってるけど)全短篇も……。

個人の予定だと飛浩隆さんが果たして本当に出すのかわからないが『零號琴』を予告している。これはもう予告ホームランのようなもので、出したらカッコイイが出さなくても別に何も思わない(ヤジは飛ばすかもしれない)アレ。あと黒石さんの二作目が読めそうで嬉しい。これも予告ホームランかもしれないが。そもそも書き終わっていたとしても全ては出版されるまで予告ホームランのようなものなのかもしれない。

おわりに

それ以外では、間違いなく2018年は《天冥の標》の年になると思うので、備えようと思います。じゃあそんなところで。

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

SFマガジン2017年4月号、出てます

SFマガジン 2017年 04 月号

SFマガジン 2017年 04 月号

SFマガジン2017年4月号出てます〜。僕は普段の海外SFレビュー2ページに加えて、ピーター・ワッツの傑作エコープラクシアについて1p書いています。

特集としては2016年の『SFが読みたい!』で上位だった上田早夕里さん、宮内悠介さんの短篇。エリスンの翻訳なんかが載っています。また鷹見一幸さんの『宇宙軍士官学校-前哨(スカウト)-』の小特集で短篇と用語集が。海外SFでもミリタリSF特集とか読んでみたいですね。最近またたくさんシリーズが増えたのでいったん何がオススメで現行のシリーズがどこまでいったのかをまとめておきたいところはある(これはブログでやりたいと思いつつもどうしても時間が足りずに進まず)
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そいでは、あらためてエコープラクシアほんとにおもしろいのでオススメです。

エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈上〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

エコープラクシア 反響動作〈下〉 (創元SF文庫)

SFが読みたい! 2017年版 出てます

SFが読みたい! 2017年版

SFが読みたい! 2017年版

SFが読みたい! 2017年版 出てます! 僕は海外SFランキング上位30作品のガイド、2016年の海外SF総括、ランク外の注目作を書いています。それに加えて鏡明さん、大森望さんと2010年代前半のSFを振り返る座談会に参加しております。

この時鏡明さんとは初対面、大森さんとはそれ以前に3分ほど喋ったことがあるだけという状況だったので大変に緊張しましたが楽しくSFの話ができて良かったです(僕はSFの話を人とすること自体があまり多くないですし)。ちなみにけっこう2016年おもしろかった本の話でも盛り上がってしまってがっつりカットされていますが、筺底のエルピス4巻めちゃくちゃおもしろかったよねとか横浜駅SFマジ最高じゃない? みたいな話もしました(そんな口調ではもちろんなかった)。

しかし二人と一緒に僕がいるのには自分ですごく違和感を感じますが、まあいるもんはいるのでそういうものだと思ってください。イーガン以後の話とか伊藤計劃以後の話をしていると思います。またちゃんと読んだらSFが読みたいについてはガッチリ書きます。海外SFは新しいものから古いものまで混在した時代がよくわからないランキングになっていますがそれぞれ違った方向性でおもしろいものばかりなのでご確認下され。それにしても、この表紙のインパクトは何回みても凄い……。