基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

本が刊行されたので「レビューを本業にしようと思いませんか?」などいろんな質問に答える

はじめに

『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』という本を3月の頭に出したので、今回はそれに関連してQAでも書こうかと思って募集した質問に答えていく回です。ただ、別に本に限った質問を募集したわけではないので大半はそれ以外の質問&回答になります。類似の質問もあったのでそういうのはまとめて回答。

質問と回答


読書に集中する第一のコツはもちろん気合だが、あともうひとつ重要なのは「おもしろいと思える本を読むこと」になる。つまらない授業を聞いているのが退屈なように、つまらねえなあ〜〜〜と思う本を集中して読むのは難しい。

無数の理由があるけど今のところはレビューを本業にしようとは思わないかなあ。本業のプログラマーの仕事も楽しいし、レビューを一日中書いていたらと思うと気が滅入りそうだ。僕の場合、ブログの記事を書くのは大好きだけど、依頼原稿の場合は締切もあるし、文字数制限もあるしでそこまで楽しいと思えるものではないので。

とはいえこれは「レビューを書いても儲からないし将来性がないから」という状況があるからでもある。たとえば今みたいに「基本読書」を好きに更新しているだけで月あたり手取りで50万ぐらい上げますよ、しかも今後20年はその仕事を保証しますと言われたらわーいやりますやりますとなるだろう。やはりどうしても「本業」にするとなると生活資金や職としての将来性が絡んでくるから、難しいものがある。

今まで小説を書いたこともあるが、レビューをするのに役に立つかもであったり、人に小説の書き方を教えてあげるために例として書いたものばかりで、自発的に書こうと思ったことはない。個人的に、書評やレビューを書いている方がおもしろいのと、自分が読みたいと思うようなものはだいたい誰か他人が書いてくれているので。

そういう意味でいうと今はずっとハマっているゲームLeague of Legendsのプロシーンのおもしろさを伝えるために、LoLの競技シーンの小説は書きたいなと思っているけれど、まだ構想段階である。

日によって違うが仕事のある日はだいたいこんなかんじ。

冬木糸一の(理想的にいったケースの)一日
09:45:起床
10:00-13:00:始業(本業)。午前の部
13:00-14:00:一時間昼休み。ここで本なども読む。
14:00-19:00:午後の分。就業。
19:00-20:00:平日は僕が食事担当なのでここで二人分のご飯作って食べる。
20:00-21:00:エアロバイクを漕いだり少し横になって仮眠をとったりする。基本、自転車を漕いでいる時は本を読んだり映画をみたり配信をみているかそれらを同時にやっている。
21:00-22:00:自転車のあと風呂に入ったり読書をしたりしている時間。
22:00-23:00:原稿があったら原稿をやり、なければブログを書いたり、本を読んだりしている。
23:00-02:00:ゲームの時間。ハマっているゲームがある時はそのゲームをやっているが、最近はもっぱら友人らとVCを繋いでずっとLoLをやっている。
02:00:就寝。

これが理想的な一日だが、この通りにいかないことも多い。たとえば19:00に就業してご飯をちゃちゃっと食べて19:30に布団に倒れ込んで起きたら22:00だった場合なんてのもわりとあり。02:00とか01:30で終わるはずのゲームが負け続けて頭がおかしくなり「このままじゃやめれねえよお」と悲痛な叫びをあげて続行することもある。

書評以外で、読書メモなどは書かれたりしていますか?

読書メモは基本的に本自体に書き込みを入れている。たとえば思ったこととか感じたこと、この本にキャッチコピーをつけるとしたら何になるかなどを本の最初の方の空白のページに(書評する予定がなくても)書き入れている。あとあと役立てるためというよりも、読みながらその最初のページを見てそういえばそんな本だったなと思い起こさせるためにも役立つし、けっこう気に入っている習慣ではある。

いい趣味(僕もどれも好きな作品)。同じ趣味の人が推してる作品が揃っているよ! でもいいし、中国系ドラマのサブスクが好きという側面から推すなら、中国はいま国家としてSFの推進が盛んだから(『三体』も本当にたくさんの中国人の人が読んでいるし)、中国(とドラマ)をより知って、理解するためにも『SF超入門』って本がオススメだよあたりになるだろうか。もちろん、本心から良いと思って推してくれるならどんな伝え方でも伝わると思いますよ。

基本ずっと流してますね。全然集中できない。

何年か前は1日1冊ペースで読んでいたけど最近は月15〜20冊ぐらいかな? 1日で1冊読むときもあるし、200pぐらいしか読まないときもあるかなみたいな感じです。読書の時間が減り、ゲームとゲーム配信をみている時間が増えた。

読んだ本でブログの記事にするかどうかの基準は単純におもしろいかどうか。また、おもしろくても特別書きたいことがないな……ということもあって、そういう時は紹介から漏れてしまうこともあるかなあ。ブログの一記事はだいたい2時間程度。

僕が個人的に偏愛しているのだと「小指の先の天使」かなあ。人身御供にささげられた少年と、遺物を守る老人の短篇で、特段派手な要素はないんだけど詩的で美しくて、最初に読んだ時神林長平って作家はやっぱり凄いんだなあと衝撃を受けた作品。短編集の表題作もあって、一冊まるっと好きな作品。


すべての章で悩んだが、特に宇宙開発と戦争の章は悩んだなあ。入れたい本がたくさんあったという意味で。たとえば宇宙開発の章には藤井太洋も野尻抱介も入れられなかったし、戦争にはなんとかして谷甲州『航空宇宙軍史』や田中芳樹『銀河英雄伝説』も──と挙げ始めたらきりがないのでそんなところで。

こういう地図がついているのも書籍っぽくていいかな、と思って個人的にもけっこう気に入ってますね。四象限で表現するのは正直無理があると思ったけど笑 まあひとつの目安としてはおもしろいのではないだろうか。

科学ノンフィクションは「ハードなサイエンス・フィクションとそう大差ないなあ」と思うことが多い。特に宇宙論の本とか、宇宙生物学の本とか、脳科学の本とか。『地球外生命と人類の未来 ―人新世の宇宙生物学―』は、SFとしてもおすすめ。

おわりに

たくさん質問ありがとうございました! 追加で質問してもらえたら記事に追加する可能性もあり(ただこの記事が公開されている週末はスキー旅行に行っているので反応できなさそう)
冬木糸一にマシュマロを投げる | マシュマロ

2022年のおもしろかった本などを振り返る

ぼんやりしてたら2022年が終わってしまったが、振り返らないよりはマシだと信じて今からおもしろかった本など振り返ろう。今年もアニメ、小説、ノンフィクション、ゲーム……あらゆる媒体でおもしろい作品がいっぱいあった。そのすべてを取り上げることは不可能だけれど、この記事で思うがままに触れていきたい。

小説など(主にSF)

読んだ小説の大半はSFなのでSFの話をするが、最初に触れておきたいのは、最先端テクノロジーとその倫理・社会的課題を描き出してきた長谷敏司が、人工知能✗ダンスをテーマに描き出した長篇『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』だ。事故によって右足を切断することになったプロのダンサーが、AI搭載の義足を使い、AIと人間の新しい”共生のかたち”を模索していく。著者自身の介護体験も織り込まれた、最先端の壮絶な物語。今年の小説のベストをあげるなら、僕の中ではこれ一択だ。もう一冊、日本SFで取り上げておきたいのはハヤカワSFコンテスト出身の春暮康一の第二作にしてファーストコンタクトテーマの短篇集『法治の獣』。どれも《系外進出》シリーズと呼ばれる一連の未来史に属す作品で、地球から何十光年も離れた場所で、人類が未知の生物と出会う時の困難と興奮が生物学的にハードな筆致と共に描き出している。その生物の科学的・化学的な性質の書き込みの緻密さ、それを検証していく手付き、そして最終的にSF的なワンダーに結実する様など、日本初の生物学系SF✗ファーストコンタクト作品としてはトップレベルの作品だ。ファーストコンタクト繋がりで触れておきたいのが、『平和という名の廃墟』。『帝国という名の記憶』の第二部目に当たる作品だが、宇宙をまたにかける銀河帝国と、宮廷で繰り広げられる権力闘争・外交問題などが中心テーマになっていく。平和という〜では、そんな銀河帝国が、言葉が通じるのかも不明な相手と「戦争に至るか、至る前に対話を成立させ阻止できるのか」という綱渡りの交渉が展開されている。相手が発する音に言語的意味はあるのかなどの言語学パート。戦争することになったとして帝国の周辺諸国をどう刺激しないようにするのかといった外交が描きこまれ、今年は『法治の獣』と合わせてファーストコンタクトものの当たり年だったなと感じる。日本でも中国SFブームを引き起こした《三体》三部作とその著者劉慈欣だが、今年はその関連本もたくさん出ていてどれも一定水準以上におもしろい。たとえば劉慈欣の短篇集二冊『流浪地球』『老神介護』がKADOKAWAから出ている他、《三体》の外伝である宝樹『三体X 観想之宙』も二次創作とは思えない細部の作り込みと、本篇に並ぶほどのスケール性を持っている。また、年末には劉慈欣自身による前日譚(刊行は三体本篇より前)の『三体0 球状閃電』も刊行された。こちらも珠玉の出来。中国SFの影に隠れている感もあるが、地味に良い作品が多いのが韓国SF。今年特に触れておきたいものとしては、チャン・ガンミョンによる短篇集『極めて私的な超能力』と韓国SFの代名詞と言われる作家ペ・ミョンフンの代表作『タワー』の二作がある。前者は宇宙ものから超能力もの、ポリティカルな作品まで幅広く揃えられた熟練の技が感じられる短篇集でオススメだし、後者は674階建て、人口50万人にもなる巨大タワー独立国家である「ビーンスターク」で暮らす人々の奇妙な生活とそこで巻き起こる現象が書き込まれる。筒井康隆っぽさも感じさせる傑作なのだ。海外SFで今年ベスト級におもしろかったのが、短篇集『いずれすべては海の中に』。著者は新型コロナをめぐる状況を予言的に描いた長篇『新しい時代への歌』で注目を集めたサラ・ピンスカーだが短篇がここまでうまいのは予想外だった。

脳と連結して動作するはずの最新の義手が、なぜか突然自分自身は道路であると主張し始める不可思議な話を描き出す「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」。夢の中の自分の子供が実在すると感じられ、世界中から同じ夢をみた親たちが一点に集まってくる「そして我らは暗闇の中」。崩壊の危機に面した世界で、海に逃れた豪華客船上で音楽を提供するロックスターの鬱屈と解放を描き出す表題作など、一度読んだら忘れることができないほど鮮烈な情景を頭に残していく短篇が揃っている。

他、触れておきたい作品としては2033年に中国の日本侵攻によって東京が東西に分断された世界での事件を追うSFミステリー『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』は不気味なリアリティがあっておもしろかった。2021年末に出たスタニスワフ・レム晩年の長篇『地球の平和』は、兵器開発が行き着くところまで行き着き、社会の変化のどれが自然発生したものでどれが攻撃なのかが判別できなくなった、「認識できない戦争」──を描き出す、これまた現代性のある作品だ。たとえば、出生率の低下、嵐や地震などの自然災害、家畜の大量死、未知のウイルスの蔓延など、それが攻撃なのかどうかわからなければ、反撃もできないのである。現代的なテーマといえば、人工知能とロボットに人間の労働の大半が代替され、それでいて市民の生活が楽になることもなく資本家が肥え太っていく未来が描き出されていく長篇S・B・ディヴィヤ『マシンフッド宣言』も外せない。本作の世界では人間は能力を増すAIに対抗するために能力向上の薬(ピル)漬けになっていて……という設定もあるのだが、近年アメリカでは絶望死(アルコールや薬物依存による死亡+自殺をまとめたもの)の増加が問題になっていて、現実と重なる描写が多い。

ノンフィクション

ノンフィクションにも触れていこう。22年のベストノンフィクションをあげるなら、ジェフリー・ケインの『AI監獄ウイグル』になる。近年弾圧が激しくなっているウイグルで、実際に何が行われているのか。150人以上のウイグル人の難民に取材した本だが、その内容は壮絶の一言だ。チャットアプリによるメッセージ送信や電話は監視され、家の前には個人情報が詰まったQRコードがはられ、身体情報や移動・購入履歴から犯罪を起こす可能性のある人物をAIがピックアップして警告を飛ばす。

これまで断片的なニュース情報でウイグルで相当なことが行われていることはわかっていたつもりだったが、現地の人々の実体験はあまりに衝撃的だ。22年の年初に読んだ本だが、こうして1年経ってもその衝撃は色あせていない。

続いて、今年一番このブログ(基本読書)でバズったノンフィクションが、たぶん『リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』。リバタリアンが街づくりをはじめたら自由を目的にヤベエやつらが集まってきた話で、自由とは何なのかについて考えさせられる一冊である。先程『マシンフッド宣言』で人間の仕事が失われてゆく社会について触れたが、ノンフィクションでも話題のテーマである。たとえばダニエル・サスキンド『WORLD WITHOUT WORK――AI時代の新「大きな政府」論』は今後確実に起こるそうした事態(AIによる仕事の代替)に国家として対抗していくために、どのように社会設計を考えるべきかを考察・検証していく一冊だ。わかりやすい例のひとつにベーシックインカムがある。しかし、「どのような」ベーシックインカムにすべきだろうか?

よく言われるAI時代への対策に、仕事が代替された人間に教育を与えて新しいスキルを身に着けさせ、別の仕事につければいいというのもある。しかし、現実問題として人間はそう簡単に新しいスキルを身に着けられないし、どんな仕事でも望んでやるわけではない。人には向き不向きと好みがあり、そんなことは不可能なんじゃないか──と、「本当に仕事はなくなるのか?」の検証も合わせて行われている。

仕事がなくなる世界で同時に問われるべきなのは、人間の「尊厳」だ。なるほどベーシックインカムによってほとんど仕事をしなくても生きられる未来もあるのかもしれない。一方で、仕事によって人間は他者の役に立ったり、関係性を構築・維持することで、尊厳を維持している側面もある。仕事がなくなった時、われわれの尊厳はどうなってしまうのか? そんな仕事と尊厳の関係について考えるのに重要な本が、2022年は『給料はあなたの価値なのか――賃金と経済にまつわる神話を解く』として出ており、こちらも非常におもしろい本なのであわせて読みたいところである。中国の人工知能学者と中国のSF作家陳楸帆がコンビを組んで送り出した『AI 2041 人工知能が変える20年後の未来』も人工知能と仕事の関係を考えるにあたって役に立つ一冊だ。人工知能学者が20年後の社会のリアルなシミュレートを行い、それに対してSF作家が生き生きとした物語に起こすスタイルで、教育や恋愛、兵器など無数のテーマで未来の社会をよく伝えてくれている。特に良いのは、短篇がどれもディストピアではなく、希望を持った景色をみせてくれる点だ。ここでもやはり、仕事がなくなった人達に対する尊厳、人生へのやりがいの問題が提起されている。22年の個人的なテーマとして、健康があった。僕も33歳となり、立派なおじさんであり、若くはない。そうなると当然、体に気を使う必要もある。ダニエル・E・リーバーマン『運動の神話』を読んで運動習慣の重要性と、週に何分、どの程度の強度の運動をするのが最適なのかの知識を得て、年末には『科学的エビデンスにもとづく 100歳まで健康に生きるための25のメソッド』を読んで食事の改善に取り組んだ。どちらも情報が詰まっているだけでなく、モチベをあげてくれる本で、オススメ。

関連して、フィットネスバイクを買って毎日漕ぐようにしたことで、22年は僕にとっては運動習慣がついた年となった。先日健康診断を受けたのだが、一年で体重は8〜9kg減で、腹回りも3センチ以上縮んでいた。前回の読書家に向けたフィットネスバイク布教記事を書いたあとzwiftとも連携できる新しいバイクを買って漕いでいるのだが、より運動生活が充実していきそうで、今から2023年が楽しみである。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ゲームや配信が充実した年だった

今年発売されたゲームの中で一番印象に残ったのはやっぱり『ELDEN RING』だった。広大なフィールドに放り出され、好奇心に突き動かされてフィールドを移動するうちに強敵と次々出会い、何かが手に入るから──などではなく、ただこいつを倒したい! というドラゴンボール的価値観でもって戦い続ける日々であった。

もう一つ、僕にとって忘れられないゲームだったのがLeague of Legendsという昔からあるMOBAゲー。僕は2021年にポケモンユナイトにハマり、その後ポケユナに飽きてスマホMOBAゲーを転々として、最終的に2021年のLoLの世界大会を見たことがきっかけとなってLoLに手を伸ばした。このLoLというゲーム、自分でプレイするのもめちゃくちゃにおもしろいが、何より人がやっているのを見るのがおもしろい。

ずっとLoLの配信を見るようになり、世界大会や日本のリーグ戦もかじりついて見るようになった。自分にとってはeスポーツ観戦という、新しい趣味がよく根付いた年である。2022年はストリーマー界隈でも徐々にLoLが流行りだした年で、k4senや釈迦を筆頭に日夜LoLカスタムが開催されるようになり、昨年12月にはその集大成として横浜アリーナでストリーマー同士の試合も展開される(the k4sen)など、LoLの盛り上がり的にいい年だった。2023年は、もっとLoLのランクを回すぞ。
www.youtube.com

アニメなど

『ぼっち・ざ・ろっく!』と『サイバーパンク: エッジランナーズ』の二作が最も印象に残ったアニメだった。どちらも観終えた後にずっとこの作品の位置が心の中でぽっかりと空白が残っているような深い余韻を残してくれる作品で、素晴らしかった。この記事を書いている今も結束バンドのアルバムを無限ループさせて聞いているし、エッジランナーズの曲も素晴らしいしで、音楽的にも生活の中心になった作品だった。
www.youtube.com

おわりに

それとは別に、僕は22年に結婚&引っ越しをしたので、人生的にはこれが今年最も大きなイベントであった。婚活をしていたわけでもなく、5年以上付き合った相手との結婚なので特に予想外のことなどはないが、結婚してよかったなあと素直に思える日々。23年以降も粛々と生活を行っていきたい。

2023年の2月には僕が3年以上に渡って書いてきたSF入門本もようやく出る(書影が出てないので正式な告知はもう少し先になりますが)。その作業が佳境に入っていたために22年は例年と比べると本が読めない年だったのだけれども、それでもおもしろい作品にたくさん出会えてよかったな。本も書き終わったので、23年は22年以上にたくさん本を読んでゲームができる年にしたい。あと、頭がすっきりしたのでSF紹介動画を作ってみたりとか新しいことにチャレンジする年にしたい──あたりが2023年の当座の目標。まずは、本をきちんと世に送り出さねばね……。

運動不足な読書家、ゲーマーはエアロバイクを漕ぐべし

今年買ってよかったもの記事でも書こうかなあと思ったのだけど、自分の場合これは一択(エアロバイク)しか存在しなかったので、むしろエアロバイク普及記事を書こうと突如思い至った。とにかくこれはよかったので、今更感もあるが、運動できない/したいと悩んでいる人、特に読書家やゲーマーにオススメしたい。何しろ、これなら運動しながら読書ができるし、ゲームだって(対戦系ゲームは難しいが)できるし無論のことゲーム配信や映画やドラマを見ることだってできるのである。

なぜ運動しようと思い立ったのか

そもそもなぜ運動しようと思い立ったのか。その流れを最初に書いておくと、僕は2019年あたりからほぼ仕事がフルリモート生活に移行し、同時に運動不足が顕在化。当時はリングフィットアドベンチャーが出たばかりで、リングフィットアドベンチャーをやったり、Fit Boxingをやったりとゲーム系で運動習慣をつけていたが、その後ゲームを起動するのも面倒だし筋トレの動画をみてやったほうがよくね? と思い動画筋トレ勢に移行。その後、高負荷な筋トレは辛すぎて嫌だ……となってジムに通い出すも、通うのが面倒臭すぎて断念……というダイエットの紆余曲折を得ていた。

短時間で高負荷をかける筋トレは辛いからやりたくない。かといって外に運動に行くのは時間的な問題で面倒くさい。仕方がないから家で有酸素運動をするか……と選択肢を探し始めたのだが(今年の2月頃)そこで初めてエアロバイクを真剣に検討しはじめた。自分はYouTubeの動画を見ている時間やゲーム配信を見ている時間が長く、読書やゲームだってしたい。しかしその全てはエアロバイクを漕ぎながらでも可能なんじゃないか──そう思い買ったのだが、実際これがドンピシャだった。

どれだけ痩せたか

買った直後から毎日30分以上漕ぎ続け、当時76kgぐらい(身長170cm)あって太り気味で腹も出ていたのが、今では体重67kg付近に落ち着き腹も凹んだ。食事制限をしていないので運動以外のストレスは存在せず、しかも30〜40分程度バイクを漕いだあとは気分や気持ちが良い。最初は毎日30分以上漕いでいたが、今年ノンフィクションの『運動の神話』を読み、「大人は週に150分間の中強度の有酸素運動、または週に75分間の高強度の有酸素運動」程度でも慢性疾患リスクがかなり低減されるという話を知ってから、週に40分の運動を4日間行うように変更した(これで週160分)。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
それで体重が増えるということもなく、今も67kg前後で安定している。で、素晴らしいのが、自転車を漕いでいる間他にやることもないので集中して本が読めたり、ゲームをしたりといった作業が捗るようになったことだ。特にゲームは熱中しながら漕いでいると40分どころか50分以上経っていたりする。運動もできてゲームや読書も進んで──といいことしかなく、もう10ヶ月以上運動習慣が持続した。ちなみにこれ(ゲームしながらバイク)はかのゲームクリエイター桜井政博さんも推奨している。
www.youtube.com
僕が買って使っているのは一番上に貼ったフィットネスバイクだが、桜井さんが使っているのはどうも机と背もたれつきの下記のやつっぽい。机がついていたほうが当然本を読んだりゲームをしたりしやすいので、読書用に買うなら机付きがいいだろう(連続稼働時間が30分で短めなどの問題があるが)。僕が使っているのも最初に買ったエアロバイクで、すぐに使わなくなるかもしれないと思って安いやつを選んだので、特にオススメな製品というわけではない(不満も特にないけど)。

場所の問題について

そうはいっても場所とるでしょ? といえば、場所はとる。小さいものではないので邪魔。僕は(今は違うが)もともと6〜7畳ぐらいの小さなワンルームに住んでいて、パソコンデスクの横にエアロバイクを置いといて使う時はパソコンの前に動かして漕いでいた。2日に1回ぐらいのペースで使うなら全然いいが、物干し竿的な置物になってしまうならさすがに邪魔な大きさではあるので、各々検討してもらえれば。参考までに、今僕がどういう配置で使っているかの写真を貼っておきます。

作業机&エアロバイク配置

おわりに

今年は運動習慣がついたいい年だった。結局、楽しく続けられることが一番で、誰もがエアロバイクに合っているなどというつもりはない(短時間の筋トレが性に合っている人も、ジムに行くのが気分転換で楽しい人もいるだろう)。自分のような引きこもり気味で本を読んでゲームばかりしている人間にはこれが最適解に近く、ついに「答え」にたどり着いたぞ!! と一年を通して感動したので、おすそわけでした。

11月になったので今月読もうと思っているおもしろそうな本を紹介する

11月になったので今月読もうと思っている本(の一部)を紹介しようと思う。別の記事を書いていた(異常論文アンソロジーの『異常論文』)のだけどあまりに重くて疲れ果ててしまったので別の文章を息抜きに書きたくなったのだ。

「これから読む本」なので、当然まだ読んでいない。完全に憶測でおもしろそうと思った本たちであり、特におすすめというわけではない。なぜ読みたいと思ったのかを書く。主に10月後半刊、11月刊行予定のもの。

小説

最初はSF関連からいくが、ジェームズ・ローレンス・パウエル『2084年報告書: 地球温暖化の口述記録』(国書刊行会)がおもしろそう。著者は本職の地質学者でレーガン、ブッシュ政権下での仕事もあるなどけっこうな重鎮だが、本作はSFらしい。

先月はギリシャの経済学者にして政治家のヤニス・バルファキスが資本主義以外の選択肢をSFの形で提示してみせた『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』も出ていたが、未来への警告や「ありえるかもしれない未来」をSF小説の形で發表する、というのは今後ますます増えていきそうな感じもある。たいていこういうのって小説としてはなんにもおもしろくないがシミュレーション的には楽しめる。

もう一冊国書刊行会からSFっぽいのがあって、それがピエール・マッコルラン『黄色い笑い/悪意』。黄色い笑いは「奇妙な笑い病のパンデミックがこの世を滅亡させる、世界終末論的疫病小説」(紹介文から引用)らしい。おもしろそう。この数年中国SFが話題だが、韓国SFもおもしろい作品・作家が数多くいて、こっちももっと話題になってもいいのになあと思っている(僕ももっとプッシュすればいいんだけど)。翻訳作品もちゃんと出続けていて、たとえばチョン・ソンランの『千個の青』も先月の19日ころに出ている。安楽死の危機に瀕した競走馬と廃棄が決まったヒューマノイド騎手の物語ということで、かなり泣かせにきているかんじ。同じく韓国作家の作品としてはイ・コンニム『世界を超えて私はあなたに会いに行く』が先月刊行。母のいない少女のもとに1982年を生きる別の時間線の自分自身から手紙が届く──というかんじで、これも好みではなさそうが読む。あと韓国ではないが細かいところだと『自転車泥棒』など幻想文学の名手呉明益の短編集『雨の島』が出るのでこれも読む。これにもSF短編っぽいのが含まれるらしい。SF以外だと早川書房がやけに気合を入れて送り出してきている新人賞受賞作の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』が11月17日刊行。新人賞受賞作とは思えない部数(3万だったっけ??)に選考委員全員が5点満点など話題は豊富。これは必ず読む。ファンタジィの名手フランシス・ハーディングの新刊長篇『ガラスの顔』も11月12日刊行なので絶対読む。著者の作品は『カッコーの歌』、『嘘の木』、『影を呑んだ少女』など全部読んでいるが、一つたりとも外れがなく高水準でまとまっている。

ノンフィクション

ノンフィクションで一番楽しみにしているのはイアン・スチュアートの『不確実性を飼いならす——予測不能な世界を読み解く科学』。確率論、統計学、カオス理論、量子力学を使って予測不能な部分を予測しようとする試みについて書かれているらしい。著者はこの手のものを書かせたらうまいからハズレはないでしょう。みすず書房から10月の20日に出た『エッセンシャル仏教――教理・歴史・多様化』も読む予定。仏教を研究するアメリカの碩学がおくる世界標準の入門書だとか。みすず書房からは11月にジョン・グレイ『猫に学ぶ いかに良く生きるか』という猫哲学・猫考察の本も出る。興味あるが猫についてそんなに考えてどうするんだ感もある。あと『時間は存在しない』のカルロ・ロヴェッリの最新邦訳が『世界は「関係」でできている: 美しくも過激な量子論』として10月末に出ているのでこれも読む予定。ただ、この人果たしてまだ書くことがあるんだろうか……。内容紹介を読んでも量子論について詩的に語っていることぐらいしかわからん……。幸田正典『魚にも自分がわかる ――動物認知研究の最先端』(ちくま新書)は書評依頼があったので仕事で読む本だが趣味的にもおもしろそう。魚も鏡をみてそこにうつった寄生虫をとろうとするんだとか。すごい。硬くないロボットについての話のようである鈴森康一『いいかげんなロボット: ソフトロボットが創るしなやかな未来』(化学同人)は絶対読む枠。著者の過去作的にも外れはなさそう。あと最後にSF関連だが巽孝之『サイバーパンク・アメリカ 増補新版』も読む予定。「W.ギブスン、B.スターリングとの対談を増補。」だとか。

11月はノンフィクションでこれは読みたいな〜〜という層が薄いのでなんかオススメがあれば教えて下さい。もちろん小説でも可。

分厚いハードカバーばかり持っている人間が家の本の電子書籍化に手を出した経過報告

最近家の本の電子書籍化に着手している。もともと僕は本は大量に買うが、それをいつまでもとっておくのではなく、定期的に売るか捨てるかしていた。理由は単純で、家が狭く、引っ越しが多いからだ。転職も多く、乗り物酔いがひどく、電車に乗っただけで吐きそうになるので、毎回会社の徒歩圏内に引っ越す必要があるのである。

一人暮らしなので当然ワンルームだ。そうすると、本を何千冊も置いておくスペースは存在しないし、持ち運ぶのも非効率だ。なので、泣く泣く本たちを処分する。過去の本を参照する必要がある時も多いが’、そういう時は諦めて2000円の本だろうが、古書で5000円になっていようが、諦めて買い直していた。その再購入費用はだいたい年間5万〜10万程度で、場所代・保管費よりは安い、という塩梅であった。

ところが、先日SF年間ベスト記事で告知を出したが、いまSFについての本を書いていて、大量の本を買い直したり資料を集めたりすることになった。そうしたら、この再購入費用が10万を遥かに超えて高くなってしまった。一度買った本を何十冊も買い直し、古書で1万円とかの本や洋書も(Kindleで出ているやつはKindleで)バンバン買った。再購入費用が許容度を超えて高くなってしまっているうえに、これをまた再放出するのもどうなんだ、という気になってきた。買いなおせればいいが、難しい。

というわけで、家を広くするのは難しいのだから、もう諦めて電子書籍化するしかない。そういうことになった。前置きが長くなったがこれはそうした経緯で電子書籍化を考え、いろいろと試行錯誤している途中経過を書く記事である。だいたいの自炊=電子書籍化記事は辿り着いた結論や一つの手法だけを書いていることが多いので、こういうチャレンジそれ自体の軌跡を書いていくのも悪くはないだろう。

非破壊自炊

最初に試したのは非破壊自炊である。本の電子書籍化には大きく分けて、裁断して本をバラバラにしてスキャナに通して画像化する裁断方式と、本を手で開いてページをぱしゃぱしゃスクショしていく非破壊型の自炊があると思う。非破壊型は本が残るのでお得だ。しかしページをパシャパシャと撮っていくのは時間も手間もかかる。

裁断方式のほうが作業時間は短そうだし、画像の精度も高そうだが、ネックは場所をとることだ。スキャナの場所だけではなく、何やら調べてみると本の背を切り落とす裁断機も必要なようである。そして、裁断機もスキャナもたけえしでけえ。非破壊型なら、スキャナだけあればいい。いずれ裁断も試してみようと思ったが、まず非破壊型で試してみて、それで物足りなかったら裁断方式に移行することにした。

試してみたのはCZUR Shineという機種で、これがどれだけ非破壊型自炊において一般的なものなのかはわからないが、機能はよかった。セットアップは簡単で、折りたたんでおけるので場所も必要とせず、歪曲した本をまっすぐにする自動補正の精度もそう悪いもんではない。十分に実用的な範囲だ。ただ、慣れてきても200ページをスキャンするのに、概ね20分ぐらいかかる。コミックスや薄い文庫、ページ数がそんなに多くないのであればこれで問題ないだろう。ただ、僕が持っているのは400ページ超えのハードカバー本ばかりであり、一冊やるのにアニメをぼーっと観ながらと2話観終わる頃にようやく1冊終わって2冊めもちょっと進んだかな、というペースだ。

どうせスキャンをしていなくてもアニメを観ながらソシャゲの周回をだらだらやっているぐらいだからどうでもいいといえばどうでもいいのだが、200回以上ページをめくり、枠線からズレないようにセットして、ボタンを足で押す、という作業は、肉体労働的にけっこう疲れる。何日かに分けて合計で20冊ぐらいスキャンしおわったころに「僕の人生はこんなことをするためにあるんじゃねえ」と思い、裁断型の自炊も試してみることにした。どっちも買って、使い分ければいいのだ。

裁断方式

とはいえ場所が狭いのは変わりがない。出費もできれば抑えたい。なので、とりあえずスキャナーだけ買うことにした。本をバラすのは、電子レンジで熱を加えれば背の糊が溶けてすぐにバラバラにできるという話をみたので、それを試してみる。

Amazonから上のスキャナが届いて電子レンジに本を突っ込みやってみると、確かにバラバラにはできるのだが、糊がページの端に残ったままで、そのままスキャナに突っ込むと引っかかってよろしくないことに気がつく。スキャナーは高級品であり、壊したくはない。なので、結局手持ちのハサミやカッターでページの端を切ることになるのだが、ハサミやカッターでの裁断はもう重労働。非破壊型自炊の時にやった、手でめくる作業よりは楽だが、トータルの時間としては大差がない。こちらも最終的には20冊程度裁断して電子書籍化したのちに、諦めてやはり裁断機も買うことに。

ちなみに買ったスキャナは優秀で、小型で場所をとらず読み取り精度は高く、速度も申し分ない。100枚程度をセットしても放置していたら3分ぐらいでササーッと終わってしまうので、400ページ超えの本でもこれを4セット繰り返したら終わる。

裁断機も1万程度のものから5万近いものまでピンきりだ。とりあえず今回は上の裁断機を買った。40枚きれるという。40枚程度をこれにセットしてちまちま切るのであればハサミと比べて労働力的にも時間的にも大差なくね? と思っていたのだが、これがいい! 疲れずにスッと切れるし、何より切断面がきれいでまっすぐだ。ハサミやカッターで切ると、どうしても切断面が安定しない。文章さえ読めればスキャン時の綺麗さはどうでもいいのだが、切断面が安定しないとスキャンする時に詰まったり、ゴミが大量に付着したりして、スキャナーの安定稼働の方に支障が出る。

長期的な稼働を考えると、やはり電子レンジで無理やり糊を溶かしたり、ハサミやカッターでやるよりかは、裁断機をきちんと買ったほうがいいのだろう。というわけで今はこのスタイルに辿り着き、50冊ぐらい電子書籍化したところである。スピードはそこまで早くはないが、疲労度は少なく、悪くはない。400ページ超えの本の場合、裁断で20分ぐらい。スキャンで10分ぐらいといったところか。

おわりに

古書価格が高くなっているような貴重な本の場合はCZURを使い、そうでなければ裁断する、と使い分けているので、どちらも買ったことを特に後悔しているわけではない。最適解は本や状況によって違ってくるだろうし、裁断機ももっと4万とかするやつを使ったほうがより早くなるはずだ。今はまだ僕も電子書籍化ロードを歩み始めたばかりなので、いろいろと試行錯誤して進展があったらまた報告したい。

書評・感想記事の書き方について

なんとなく、一度僕の書評・感想記事の書き方についてまとめておこうかと思った。先日下記のようなブログに関する記事を寄稿したところ、幾人かがこれに触発されてブログを書いてくれたようで、個人的に嬉しかったから、というのが大きい。
blog.hatenablog.com
書評(でも感想でもなんでもいいんだが)の書き方の正解を教えるとかそういうわけではなく、単純に僕がどうやって記事を書いているのか、書くときに何を考えているのか、ということの簡単なまとめである。人によって感想ブログといっても書き方は全然違うはずで、書き方の違いを見比べてみるのもおもしろいんじゃないか。

手順

当たり前だが一度通読する。その時点でブログに書くかどうかを検討して(書かないことも多い。あまりおもしろくないな、と思ったり、おもしろいと思ってもタイミングを逃すこともあるし、書きづらくてスルーしてしまうこともある)、載せる、となった場合は、一度全体をざっくりと読み返しながら、何を取り上げるかを考える。

どの要素がその本の中心的なテーマなのか、どの要素を記事に書いたらおもしろそうと思ってもらえそうだろうか。特に、「その本において最もおもしろい要素は何なのか」を考えながら読む。次は構成だが。構成は僕の場合あまり変化はない。最初の300〜1000文字ぐらいを使って、その本についての基本情報(タイトルや作家名、受賞歴やどのような本なのか)を挙げ、ファースト・インプレッション、おもしろかったのかつまらなかったのか、おもしろかったとすれば何がおもしろかったのか、記事の全体要約となる部分を書いて、いったんそこだけで記事を完結させる。

そこで「おもしろそうだ」と思ってもらえれば、後の段落は読んでもらう必要はない。どれだけ情報を絞ってもあらすじを一行紹介するだけでもそれはネタバレなのであって、引き返せるのであれば早いほうがいい。それが終わったら、その後、2000文字ほどを使って、この最初の要約部分の根拠を説明する。

小説作品について

SFなどの小説作品であれば、一般的には現実・現代とは乖離した世界が舞台なので、まず世界観などを紹介し、次いで必要であればあらすじ、プロットを紹介する。現代物であれば、世界観は現代なので省略してプロットの紹介のみに注力する。紹介する、とサラッと書いているけれど、ここをどう書くのかが一番むずかしい。書き方によって非常に魅力的に紹介することもできるし、単なる無味乾燥な事実の列挙にもなりかねない。僕が気をつけているのは、なるべくだらだら書かないこと、その作品を特別なものたらしめている要素のみに注力すること、ぐらいだろうか。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
たとえば、『サハリン島』の紹介をした記事では、最初に現実のサハリン島とはどのような存在なのかという、基盤部分の話をして、そこからこの世界のサハリン島がどのようにそこからズレていったのか、とつなげている。この作品はポストアポカリプス物で、滅びかけている世界が舞台。だが、核戦争で滅びかけた世界というのはSFでは珍しくない。この小説におけるポストアポカリプス物としての特徴は「先進工業国で唯一日本だけが鎖国で乗り切った」という設定と世界情勢にあるから、核戦争だなんだはおいといて、そこにフォーカスして世界観を説明している。

f:id:huyukiitoichi:20210104142415p:plain
サハリン島でその世界観について書いた部分

SFの場合、一般的ではない現実の科学技術と物語が絡み合っていることも多いので、それらの技術の解説を物語紹介時に挿入する。たとえば、竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』は、AIエンジニアの犯罪がハードなプログラミング周りの専門用語・描写と共に語られていくのが魅力なので、その中で何度も用いられるAdversarial Example技術についての解説を紹介記事の中には入れている。ただ、これも密接にその技術が物語展開に絡んでいる・主軸になっている時だけで、膨大な未来描写のうちの一つにすぎないものを取り上げることは、僕はあまりない。

f:id:huyukiitoichi:20210104142434p:plain
必要なら技術についての解説も入れる

技術ではなくても、郝景芳『1984年に生まれて』について書くのであれば、当然ジョージ・オーウェルの『一九八四年』に触れないわけにはいかないし、と先行作や関連作、著者の過去作に経歴と絡めれば書くことは湧いてくる。しかし、全部書いているわけにはいかないので、念頭においている取捨選択の基準は、「対象となる物語のおもしろさを伝えるために、必要なものだけを取り上げる」ということだ。

ノンフィクションについて

一方でノンフィクションの場合は小説の時よりも気が楽で、最初の「要約紹介パート」が終わったら、本を読んでおもしろかったエピソードを列挙していくだけだ。ただ、単純にエピソードを抜き出しているわけでもなくて、大抵の場合ノンフィクションにはその本を書くことによって伝えたい中心的な「テーマ」があるから、それに沿って、それが最も伝えやすく、おもしろかったエピソードを選んでいくことになる。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
たとえば、『囚われし者たちの国──世界の刑務所に正義を訪ねて』という本の中心的なテーマは、「刑務所は今のままでもいいのだろうか?」という問いかけだ。そこに絡まって、罪とは何なのか、許しや罰とは何で、どうあるべきなのか、という問いが連鎖的に生えてくる。この本の紹介記事では、最初にルワンダでのエピソードを選んでいるが、それはここに罪とは、許しとは、と先進的な罰の形が全部入っていて、重要だからだ。他にタイ、オーストラリアを紹介対象に選んでいるが、これはそれぞれに飛び抜けた特徴がある(タイではショーとしての訪問を意識させられ、オーストラリアでは悪とされがちな民間刑務所が人道的に運営されている)からだった。

こういう書き方をしていると、「テーマ」や「主義主張」が明確にある本は楽なのだけれども、テーマがあまり全面に出ていない、情報を網羅的に伝えたい教科書的な本や、対談集みたいなテーマ自体は存在するけれども比較的とっちらかりやすい本を紹介するのが難しくなってしまう。ただ、そういう時はもう諦めて、気楽に「ここおもしろかったよ〜」ぐらいでサッと短くまとめてしまうことが多い。あまりだらだら書かず、2000字ぐらいで書くことがなくなったならそこでまとめるのも良いものだ。自分が過去に書いたものだと、こういう記事とかがそれにあたる。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

共通すること

細かいテクニックだけれども、僕は記事の最初の要約部分のパートで、「こんな内容だと想像していたけど違った」という先入観と実際の違いがあったら必ず入れるようにしている。たとえば、『サハリン島』はこの10年で最高のロシアSFとロシアのメディアで言われている、という宣伝文句がついているのだが、「いやそれはさすがに言いすぎでしょ笑」と読む前は思っていた(けど読んだら確かに面白かった)。

これは、僕が思うような疑問や想像はその記事を読んで本の存在を知った人も思うであろうことで、そうした「読む前にこんな本だと思ったけど実際は違ったんだよ〜」という話は、未読者に最初に同調してもらう取っ掛かりとして優れていると感じる。これは、昔読んだアナウンサー吉田尚記さんの『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』に、「怖い人だと思ってました」みたいな先入観を相手にぶつけると、「いやいや、実はそうじゃないんですよ」と会話が転がっていくとする話術として書かれていたもので*1、喋りだけではなく文章にも応用させてもらっている。

おわりに

と、長くなってきたのと細かいテクニックに入ってくるとあらすじをどうやってまとめるのかや記事タイトルの付け方などキリがなくなってくるので一度切るが、書評・感想に限定せず、ブログの書き方には人それぞれの方法論があるだろう。これを読んだ人は、自分は〜などと思ったり書いてもらったりしてくれたら幸いである。

*1:『もっと言えば、先入観はむしろ間違ってるほうがいいかもしれないくらい。なぜか? 人は間違った情報を訂正するときにいちばんしゃべる生き物だからです。』という記述も同書にはあるが、これは卓見だと思う。

2020年に刊行され、おもしろかったノンフィクションを振り返る

2020年ももうすぐ終わるので、読んでおもしろかったノンフィクションを振り返っていこうかと。今年はまるっと本の雑誌でノンフィクションの新刊ガイドを担当しており、例年よりもたくさん読んだような、あまり変わらないような。とはいえ、おもしろいノンフィクションには山ほど出会ったので、思い出しながら書いていく。

まずは科学系から!

科学系のノンフィクションの中で最もおもしろかったのはなにかといえば、デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラントによる『LIFESPAN 老いなき世界』になる。シンクレアは老化の原因と若返りの方法に関する世界的な権威で、老化は克服できる病であり、克服すべきだ、とこの本の中で強烈に主張している。ほとんどすべての病気は老化の結果としてあらわれるのであって、老化をなんとかできるのであれば人は病気にならないし、健康なまま歳をとっていける、というのだ。

そうした老化のメカニズムの科学的な話もおもしろいのだけれども、シンクレアは老化関連の分野で企業を10社以上共同創業している実業家としての側面も併せ持つ人間で、じゃあ我々はどうすれば自分の老いを克服できるわけ? という気になるところにもバシッと答えてくれているのがおもしろいところ。長く生きるだけでなく「健康に」長生きするためにはどうすればいいのか、気になる人は読んでおくといい。

続いて超おもしろかったのが、マイケル・ポーラン『幻覚剤は役に立つのか』。近年、LSDなどの原作作用を持つ薬物が、ガンの末期患者らの精神的苦痛に対処するためなど、医療のための研究対象として注目を浴びている。幻覚剤を投与した時に人の脳内では何が起こっているのか──本書では、そうした神経科学的な理屈を紹介するだけでなく、著者自身も3種類の幻覚剤を体験しレポートを書き起こしている。いつも思うのだが、人の幻覚剤体験っておもしろいんだよね。本書でも著者はあまりに楽しそうにラリっているので、これを読んで幻覚剤に興味を持たずにいるのは難しい。現代の諸問題を考えるうえでインパクトが大きかったのは、ダリル・ブリッカー、ジョン・イビットソン『2050年 世界人口大減少』。書名の通り、このまま行くと2050年には世界の人口が減少に転じ、戻ることはないことを示した一冊だ。ますます高度な技能が人間の仕事に求められるこれからの社会においては、かつて子供を産めば産むだけ労働力になった時代と違って、高いコストをかけて教育を受けさせなければならないので子供は負債となり、その数は必然的に減る。経済も環境も人口にかかっているので、人口についての未来予測は非常に重要である。文藝春秋繋がりでもう一冊、ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』も最高のノンフィクション。脳に直接電気刺激を与えて、うつや統合失調を治し、同性愛者を異性愛者に変えて世間から猛批判を喰らって消えていったロバート・ガルブレイス・ヒースの生涯とその研究の意味を問い直す一冊だ。脳に電気刺激を与える治療は現代では一般に用いられるようになったが、ヒースがやったことはその先駆けだった。この技術は、単なる治療にとどまらず、報酬系の中心部である側坐核に電気刺激を与えて自分の幸福度を自分で決められるようにするべきなのか、人間の行動はどこまで制御されるべきなのか、という問いかけにも繋がってくる。科学といえば抑えておきたいのがライアン・ノース『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』。もしあなたが過去にタイムトラベルして、装置が動かなくなってそこに取り残されてしまったらどのように科学文明を再建すればいいのか? をテーマにした一冊だ。言語のつくり方、水車、蒸気機関、セメントのつくり方……とページをめくるごとにより複雑な物の仕組みを解き明かし、リアル『Dr.STONE』が堪能できる。図も豊富で、ぱらぱらとめくるだけでもかなり楽しい。『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた 』とあわせてどうぞ。

他、生命、都市、経済に存在するスケールについての普遍的な法則を導き出そうとする『スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』。人の色に関する知覚がどのように成し遂げられているのか、そこに正常と異常の線引をすることができるのかを描き出していく、色覚異常についての川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』。全身麻酔で死ぬ確率、スカイダイビングで死ぬ確率、レントゲンをとった時のリスクなど、人生のあらゆる局面の死亡率を統計から導き出してくれる『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』あたりもおもしろかった。

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)

  • 作者:裕人, 川端
  • 発売日: 2020/10/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

科学以外について!

科学書以外で最もおもしろかったのはデヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』。「被雇用者本人でさえ正当化することが困難なほど無意味で不必要な仕事」のことをブルシット・ジョブと定義し、それがどれだけ社会に溢れているかを解説していく一冊だが、本書が日本で刊行された直後にデヴィッド・グレーバーが亡くなってしまった、という意味でも強烈に記憶に残っている。

イギリスの世論調査によれば、あなたの仕事は世の中に意味のある貢献をしていると思いますか? という問いにたいして、37%もの人が「していない」と回答したという。そう答えたとしても実際にはなくなられちゃ困る仕事も多いと思うが、仮に40%もの仕事がこの世から消えてしまったとして何の問題もなく社会が回るのであれば、やりようによっては我々は週20時間労働ですむ社会に移行できるのではないか。実証的には甘い面のある本だが、労働について考え直すためにも重要な一冊だ。

経済系で最も感銘を受けたのはアビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』。経済の問題は今では複雑になりすぎた。経済学者の間でも意見の割れるテーマも多々あり、市民の多くは経済学者に対する信頼を失いつつある。本書ではあらためて、経済学で何が分かっていて何がわからないのか、移民や貿易の問題を通して解説し、信頼を取り戻そうという試みが行われている。さらに、不安と不安定な時代における社会政策は、生活困難に陥った人々の尊厳を守ることを目標にしなければ、といって、「誰もが希望を持てる」社会をつくるための経済学の活用方法とはなにかを模索していく。

現代は、僕は「尊厳」が失われつつある時代であると思う。仕事はどんどん複雑になり、要求される水準は高くなり、「お前は社会にいらないよ」といつも言われているような気がする。仮に本当にそうであったとしても、尊厳が傷つけられたままでは人は幸福には生きづらい。この本はそこをテーマにしてくれていたので、個人的に記憶に残っていた、というのもある。同じテーマは、2020年に邦訳されたジャロン・ラニアー『万物創生をはじめよう――私的VR事始』にも通底している。

話を戻して、今年一番衝撃を受けたノンフィクションはタラ・ウェストーバーによる回顧録『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』だった。大学に入って人生変わるなんて当然だろ、と思いながら読み始めたのだけど、著者の家庭は、両親がモルモン教原理主義者で、太陽を当てれば病気は治るという色々なホメオパシーの信奉者、そして本気で世界に終末が訪れると信じている終末論者で反政府主義者でもあり……と、どんな信念を持とうが自由とはいえ、ちょっと行きすぎな場所だったのだ。

そんな状況から、彼女はモルモン教徒らが通う大学に進学し(それ以前はまったく学校にいっていなかった)教育を受けることで、無教養にもとづく教えによって、いかに自分の歪んだ考えが形作られていたのかを理解していく。教育がどれほど人を変えうるのか、そして、それでも変わらないものについてまざまざと実感させてくれる。

20年はアメリカ大統領選も話題になったが、アリ・バーマン『投票権をわれらに:選挙制度をめぐるアメリカの新たな闘い』はそれがいかに差別にまみれた過程なのか、その歴史と現在を明らかにした一冊だ。かつて奴隷には選挙権などなかった。南北戦争を経て、奴隷制が廃止され、肌の色や人種で投票権に関する制限があってはならないことを示す憲法が採択されたが、明確には違反せずとも実質的に黒人を排除する州法が制定され(たとえば、識字テストを課したり)、事実上投票権は奪われていく。

2000年になっても、フロリダ州は重罪犯とされる6万人を有権者名簿から抹消させたが、フロリダ州の登録有権者のうち黒人は15%しかいないのに抹消名簿には44%もいたり、登録名簿にある氏名が州の重罪犯人データベースにある氏名と70%一致しているだけで抹消名簿に加えられていたり、明らかに無茶苦茶な運用だった。こんなことが近年にいたっても起こっているのだ。

おわりに

と、いろいろあげてきたが、どれもおもしろい本ばかりなので、外に出にくい年末年始に読む本を探していたら、参考にしてもらえれば幸いである。

ハヤカワの1000作品が最大50%割引の超大型電子書籍セールがきたのでオススメを紹介する!!

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: Kindle版
うおおおコロナで外に出る理由もない今日この頃、突如として早川書房から1000作品が最大50%割引の超大型電子書籍セールをはじめたのでオススメを紹介します!!

早川は毎年、海外SFだったり日本SFだったりと、わりとテーマを絞った数十〜数百点規模のセールはやっていたのだけど、垣根がなくここまで大規模のセールははじめてでは!? 早川といえばSFとミステリと科学ノンフィクションなので、そこらへんを重点的に紹介してみようかと思いやす。ちなみにセール商品全点は下記の通り。
www.amazon.co.jp

SF篇

まず「これは当然だよなあ?」レベルの王道から行くと、なんといっても劉慈欣の『三体』だ! 識者らがアンケート形式で投票し、その得票数でランキングを決める「SFが読みたい!」というムックのランキングで2位を大きく突き放して海外編の一位を飾った中国SFのドン。凄まじいスケールと科学的厳密性のあわせ技、中国語版で三部作合わせて2000万部も売れたという化け物級の話題作にして、その中身もそれに劣らずおもしろいという奇跡のような作品なので、まだ読んでない人はぜひ。

つづけてSFでいうと、ディストピアSFの古典中の古典、オーウェルの『一九八四年』。クラークの代表作『幼年期の終り』。その後の様々な作品の流れ、イメージの基調を作ったフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』あたりの定番古典も揃い踏み。日本SFでいうと、先日アニメ化が発表されたばかりの傑作百合ゾーン物(不条理的で即死級の出来事が起こる異界が突如現実に出現し、そこでの冒険を描く)の宮澤伊織『裏世界ピクニック』もセール! これはめちゃくちゃおもしろく、尊さみにまみれるのでぜったいに読んで欲しい!
日本SFといえば、現代の日本SFを引っ張っていく男小川哲による『ゲームの王国』や短篇集『嘘と正典』もセール中。特にゲームの王国は、"権力者が都合良くルールを設定し、好きなように覆す"腐った政治体制の中で、いかにして人々は自身の正しさを貫き、ルールに挑むのか。そんなカンボジアとゲームについての重厚な物語で、この5年ぐらいの長篇の中でも飛び抜けたおもしろさを持つ作品。ぜひ読んで欲しい。『嘘と正典』も、歴史とSFが絡み合った、重厚かつトリッキィな傑作揃いだ。
ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 哲
  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Kindle版
他、セールでは大抵入っている伊藤計劃『虐殺器官』や『ハーモニー』もあるよ。
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ノンフィクション篇

つづけてノンフィクションに目を向けてみると、近年の作品としてはカル・ニューポートの『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』が入っているのが嬉しい。これは、TwitterやFacebookなどのSNSに時間や集中力を奪われすぎているのではないか、そうした時間を削減することでもっと自由になれるのではないかと問いかけ、まさにその実践を行った記録や研究が記されている一冊。僕もこの本を読んでからTwitterをみることがなくなったぐらいに影響力の大きな本だ。
もうひとつ、SNS繋がりでオススメしておきたいのはデイヴィッド パトリカラコス『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』。2014年のガザ侵攻を筆頭に、SNSがどう戦場に作用するのか、戦地でレポートをする「若い女の子」のSNSの投稿に共感や同情が集中することの意味など、現代におけるSNSの意味を捉え直すきっかけとなる一冊だ。若い女性が涙ながらに訴えると、その意見の正当性以前に人は「どうしようもなく感情を動かされてしまう」。そうした、ナラティブについての本でもある。また、コロナが蔓延している今のような状況でこそ読んでもらいたいのが、スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック『知ってるつもり 無知の科学』。これは、我々が無知であることを知らしめる本ではなく、我々がいかに「自分が思っているよりも」無知であるかを解き明かす本だ。多くの人は信念に従って何を信じるか決めており、科学、エビデンスへの合理的評価とは無関係だ、など数々の研究・事例が紹介される。「まさに様々なデマが飛び交う今」だからこそ読んで欲しい。コロナでリモートワークに移行した人も多いだろうが、そういう人たちは10年以上前からその実践者であるジェイソン フリード,デイヴィッド ハイネマイヤー ハンソンによる『小さなチーム、大きな仕事 働き方の新しいスタンダード』を読んでおくといい。彼らの会社は、Ruby最大のwebフレームワークのRailsを最初に開発した会社というとweb開発者には通りがいいだろう。大人数の社員などいらず、会議も事業計画もいらず、オフィスだっていらない。どうやったらみんながリモートで成果をあげられるのか? と、その秘訣について語られた一冊で、依然として役に立つ。
あと、現状とは関係ないけれども『ミヤザキワールド ─宮崎駿の闇と光─』もオススメ。アニメーションと日本文化の研究者スーザン・ネイピアが、宮崎駿の人生と作品を絡めるようにして論じた一冊。情熱的な筆致で、同時にロジカルで、先行の研究や批評を丁寧に織り交ぜながら、自身の見解も取り込んでいく。宮崎駿の人生と作品をおっていく中で、特に重要な部分については文字数を費やしてアニメのシーンを描写していくのだけど、その文章がまた美しくて鮮やかに映像が浮かび上がってくる。

それ以外

話題作というわけでもないやつをおすすめしていくと、まず矢部嵩『〔少女庭国〕』はやばい傑作。密閉された部屋に閉じ込められた女子中学生。『“下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ”』と張り紙があり、ドアを開けて別の部屋に出ると、そこには寝ていた中3女子が一人いて──とドアを開けるたびに無制限に中3女子が増えていく女子中学生増殖SF。わけのわからない光景がみたければこれを読むといい。

〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA)

〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:矢部 嵩
  • 発売日: 2019/06/20
  • メディア: Kindle版
近刊系にも目を向けてみよう。世界で売れに売れまくっているミステリィシリーズ『ミレニアム』が昨年12月に出た6巻までセール中な他、黒人を主人公に据え、『ベイカー街の脳をサウス・セントラル・ロサンゼルスに移し替えたシリーズ第一作』とも評されたジョー・イデによる探偵小説『IQ』と『IQ 2』もセール中。SFとしては神林長平のデビュー40周年を迎え、なお先へ進む、見たこともない領域を開拓するんだという決意と覚悟に満ちた傑作最新巻『先をゆくもの達』
先をゆくもの達

先をゆくもの達

異色のなろうファンタジィというか、メタなろうファンタジィである平鳥コウの『JKハルは異世界で娼婦になった』。その前日譚や後日譚が含まれた、昨年12月に出たばかりの短篇集『JKハルは異世界で娼婦になったsummer』もセール中だ。どちらもおもしろいので、読んだことがなければ手を出してもらいたいなあ。僕が今国内外含めていちばんおもしろいミリタリーSFだと思っている林譲治『星系出雲の兵站』シリーズも軒並みセール中なので、宇宙戦争での兵站に興味がある人は是非。

おわりに

星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)

星系出雲の兵站 1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:林 譲治
  • 発売日: 2018/08/31
  • メディア: Kindle版
というわけで駆け足で紹介してきたが、アントニオ・ガルシア・マルチネスのシリコンバレーでの激闘の日々を綴った『サルたちの狂宴』とか、紹介しきれなかったおもしろい本も多いので(サルたち〜は今触れたが)、みんなも自分で探してみてね〜〜〜〜。一九八四年とか幼年期の終りが400円以下で買えるのはたまげるよな〜〜〜。

《天冥の標》から『息吹』まで、多数の傑作SFが刊行された2019年を振り返る

息吹

息吹

  • 作者:テッド・チャン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: 単行本

傑作揃いの短篇集

今年のSFでまず中心的に語っておきたいのは*1、素晴らしい短篇集が多数出たことだ。たとえばテッド・チャン『息吹』は著者一七年ぶりのSF短篇集で、『メッセージ』の題名で映画化された短篇を含む前作『あなたの人生の物語』を上回る密度を誇る傑作ぞろい。中でも表題作「息吹」は我々の世界とは仕組みが異なる異世界の生活や原理を緻密に描き出しながら、一人の科学者の脳科学・物理学の追求を通して世界の真実に至ろうとする物語で、三〇ページほどの中に世界を探求することの喜びが緻密に織り込まれている。この一〇年で読んだ中で最上の一篇である。

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

他、外せない短篇集としては、グレッグ・イーガンによるSF短篇集『ビット・プレイヤー』。本格宇宙SF「孤児惑星」から、色覚を拡張することで我々生身の人間とは違った世界を見るようになった人間を描く「七色覚」まで、様々なテイストを持つイーガンの中から最良の部分が集積されている。意識と知性を問い続ける作家、ピーター・ワッツの良さみが凝縮された傑作選『巨星』。AI、遺伝子操作、人工現実、人間強化など様々な科学技術が謎解きに密接に絡まりあってラスト一篇へと結実する井上真偽『ベーシックインカム』。初出のほとんどが同人誌であるにも関わらず、毎年のように〈年刊日本SF傑作選〉に選出されてきた作家伴名練による青春SF短篇集『なめらかな世界と、その敵』も、オールタイム・ベスト級の傑作SF短篇集だ。
三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
長篇として今年記憶に残ったものとしては、劉慈欣の『三体』は外せない! アメリカで翻訳作品として初めてヒューゴー賞を受賞し、中国で三部作累計二一〇〇万部を超えた化け物級の売上を誇る本作。一九六七年の文革が決定的に人生の行末を変えてしまった女性を物語の中核に置き、凄まじい勢いでスケールアップしていく世界観とそれを支える背景の理屈、理論も併せ持った作品で、読みながらあまりのおもしろさにワナワナと震えて何度も走り出しそうになったほど。
天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: 文庫
また、長年シリーズを追いかけてきた小川一水による《天冥の標》が二〇一九年序盤でついに完結を迎えたのも非常に感慨深かった。間違いなくオールタイム・ベストな長篇SFシリーズだし、本作を読み終えたことで僕のSF者としての人生の第一部が完結してしまったかのような虚脱感を覚えた。小説は、どこまで人間の内面を揺さぶることができるのか。その境界を僕は毎年いろいろな作品によって拡張され、まだみぬ領域を発見し続けているわけだが、この天冥の標は、僕に小説とは、SFとは、どこまでのことができるのかという遥か遥か先をみせてくれた作品であった。
宿借りの星 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

  • 作者:酉島 伝法
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/03/29
  • メディア: 単行本
酉島伝法の初の長編作品である『宿借りの星』もとてつもない長篇だった。前作『皆勤の徒』から巧みだった言語世界創造能力はより洗練され、異形の殺戮生物たちが跳梁跋扈する惑星の様相が描かれると同時に、この奇怪な星の真実、歴史の背後に何が起こっているのかといった真相に近づいていく──といった感じの冒険☓世界探究型のSF長篇である。造語に加えて著者自らが挿画を描きあげた異形の生物たちやこの世界の風景がページの合間合間に敷き詰められ、この惑星とそこに住まう生物たちの日常──〝世界そのもの〟が濃厚な密度で脳に叩き込まれていく、異常な傑作だ。
パラドックス・メン (竹書房文庫)

パラドックス・メン (竹書房文庫)

話題性という意味では、複雑怪奇かつ太陽系人類の終末までが射程範囲に入った壮大なプロットがたまらない、チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』も凄かった。一九五三年に刊行された原作の初の邦訳で、機知に富み、深遠であると同時に軽薄な作品としてブライアン・オールディスに〈ワイドスクリーン・バロック〉と最初に言及された作品で、SFファンの間では幻の傑作扱いされていたのである。
雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る 上 (竹書房文庫)

同じく竹書房から刊行のジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る』は、人口の大半が冬眠をする世界で人々を魔物や盗賊から守る冬季取締官の活躍を描く冒険/恋愛SFで、ジョジョのようにアクの強いキャラクター陣が魅力。表紙からもわかるとおり、その幻想的な風景も素晴らしく、夢中になって読み進めてしまった。
ホープは突然現れる (角川文庫)

ホープは突然現れる (角川文庫)

他に長篇で取り上げておきたいものとしてはまず、周囲の人々の記憶に残らない特異体質の女性を描き出すクレア・ノース『ホープは突然現れる』。記憶に残らない彼女のことを追い求める人たちの物語でもあり、「狂おしいほど求めているのに、どうしても忘れてしまう」という特異な関係性の描き方が素晴らしい。
君待秋ラは透きとおる

君待秋ラは透きとおる

  • 作者:詠坂 雄二
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/06/01
  • メディア: 単行本
最後に、SFミステリィを紹介しよう。詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』は透明になるとか鉄筋を生み出すとかいった能力を科学的に検証していき、その情報が『HUNTER×HUNTER』ばりの能力バトル・推理合戦に活きていく鮮やかな逸品。続けて筒城灯士郎『世界樹の棺』は、ヒトそっくりの〈古代人形〉が存在する世界で、殺人事件を推理する過程で、誰がヒトで誰が古代人形なのか? この世界を彼らはどう「認識」しているのか? という世界に対する認識そのものが問われ、謎に絡み合ってくる極上のSF×ファンタジィ×ミステリィ。ぜひ、お読み逃しなく!

番外編

【PS4】DEATH STRANDING

【PS4】DEATH STRANDING

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ソニー・インタラクティブエンタテインメント
  • 発売日: 2019/11/08
  • メディア: Video Game
番外編となるが、ゲームは『デス・ストランディング』と『十三機兵防衛圏』が共におもしろかった。デスストは小島監督の独立後第一作にもかかわらずこんな尖ったゲーム出すなんて正気か!? とビビっていたが、やってみたらプレイフィールが抜群によくおもしろい。徒歩ゲー、山登りゲーだと思っていたけど実際は最適な移動環境をひたすら構築していくゲームなんだよね。SF的には個人的にそこまで惹かれるものはなかったが、「あの世」概念のSF的・ゲーム的な扱い方や触れることで時間を進める時雨の設定などがいい感じにゲーム内演出に落とし込まれているのが好印象。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『十三機兵防衛圏』については上記記事で好きなように書いたのであまり重ねはしないが、最高のアドベンチャー&ロボゲーであった。未来人、過去人、現代人(舞台となる1985年の)と様々な来歴を持つ13人のシナリオが錯綜していき、SFギミックが入り乱れ、そのすべてがシナリオの核に埋め込まれ、ラストへとなだれ込んでいく。とにかく、町中にロボが出現するカットがなあ、今世紀最高にかっこいい。

*1:「週刊読書人」に2019年のSF総まとめとして書いた原稿ですが、文字数のオーダが1600と非常に少なかったので加筆修正した上でブログで公開します。

読み逃さないように振り返る! 2019年のノンフィクションベスト10

本の雑誌439号2020年1月号

本の雑誌439号2020年1月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 本の雑誌社
  • 発売日: 2019/12/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
二〇一九年も素晴らしいノンフィクションが多数出たわけですが、今回は僕が読んだ中でひときわおもしろかったものを振り返っていこうかと。僕もブログで書評を書きはじめて長いですが、今年は「本の雑誌」でノンフィクションの網羅的な新刊書評連載も始まり、ますますノンフィクションを読む必要に駆られている昨今であります。

で、今年そもそも何読んだっけなあと読んだ本を振り返りながら「これは取り上げてもいいかな」というやつをピックアップしていたんだけど、あっさりと二十二冊を超えてしまった。毎年こんなにたくさんはピックできていないので、今年はやっぱり豊作だったのかなと思わんでもない。まあ二十二冊も紹介するのは大変なので、その中から十冊に厳選してご紹介していきましょう。順不同でございます。

十冊を紹介する。科学とか統計系

無人の兵団――AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争

無人の兵団――AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争

まず紹介したいのは、ポール・シャーレ『無人の兵団』。自律型兵器の現在について法的、倫理的、技術的など様々な観点から網羅的に語られた一冊で、本当におもしろかった! 無人兵器にどこまでの自律性を認めるべきなのか。攻撃判断まで任せるのか、そこは最後の一線として人間が決断すべきなのか。完全な自律型兵器を抱えることで、殺人への抵抗感が減るのではないかという倫理的な議論、逆に、精度の高い自律兵器に頼ることで、犠牲は減る! とする主張など、取り上げられていく問いも多岐に渡り、自律型兵器についての基礎的な知識や議論の土台を構築させてくれる。
脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年

脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年

続けて紹介したいのは科学系のノンフィクションとしてマット・ウィルキンソン『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年』。ジェイ・グールドは、仮に進化の過程を再現したならば今とは異なる生物界が現れるだろうと断言したが、現実には変えようのない物理法則があるわけであって、生物の形には物理法則から導き出せる必然性があるのではないか? 歴史を再現したら、同じ形の生物が現れ得るのではないか? をきちんと物理学的に実証した一冊である。同テーマとしては今年は『生命の歴史は繰り返すのか?』もおもしろかった!
ゲームAI技術入門──広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

ゲームAI技術入門──広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

  • 作者:三宅 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 技術評論社
  • 発売日: 2019/09/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
ゲーム好きに読んでもらいたいのが三宅陽一郎『ゲームAI技術入門──広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ』。ゲームAIというとわかりやすいのはNPCだろうが、他にもダンジョンの自動生成、物語を制御するメタAI、難易度自動調整、ステージの品質保証など様々なAIが存在する。本書では、それらがどのようなアルゴリズムによって設計されているのかを紹介し、今世間をにぎやかしている機械学習や遺伝的アルゴリズムがこんな風にゲームの中では役に立っているんだ! という感動を与えてくれる一冊だ。プログラム知識がなくても読める構成になっているのも嬉しい。
Uberland  ウーバーランド  ―アルゴリズムはいかに働き方を変えているか―

Uberland ウーバーランド ―アルゴリズムはいかに働き方を変えているか―

最近うちの周辺を歩いている時にUberEatsのかばんを持って走っている自転車を見る頻度が増している(自転車の五台に一台ぐらいがUberEats)のだけど、その裏側でどのようなアルゴリズムが働いているのかがよくわかるのが『Uberland アルゴリズムはいかに働き方を変えているか』だ。Uberのアルゴリズムは簡単に表現すれば、気まぐれで実験的で、ドライバーたちの都合は必ずしも考慮されず、「けっこう悪い」ことをやっている。Uberの話に終始しているが、将来的には我々の多くがアルゴリズム上司を持つであろうことを考えると、他人事とは思えない一冊だ。
測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?

測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?

Uberの本と同じく今後の趨勢を考える上で読んでおきたいのがジェリー・ミュラー『測りすぎ──なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』。人事評価をするときに、大きな企業になればなるほど人を定量的に評価したくなる。その方が平等で、労力がかからないからだ。しかし、そうした評価の問題は「測れるものだけで評価してしまうこと」にある。たとえば、外科医を成功率だけで評価するようにしたら、自分の評価を考える人間は難しい手術に挑戦しなくなり、結果的に犠牲者は増える。なにを測るべきで、どういう時に評価が失敗するのか。一度読んでおくといい。

十冊を紹介する。物語とか事件、社会、経済系

世界物語大事典

世界物語大事典

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 三省堂
  • 発売日: 2019/10/11
  • メディア: 単行本
物語を読む習慣がなくとも、教養として抑えておくのもいいよ、と提案したいのがローラ・ミラー『世界物語大事典』。この世界には様々な本が存在するが、その中でも「現実から離れた」、つまり神話とかSFとかファンタジィを中心に、太古の『ギルガメシュ叙事詩』から現代の『ハンガー・ゲーム』まで紹介していく一冊である。

ウェルズ『タイムマシン』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、スタニスワフ・レム『ソラリス』など、紹介されていく本は多様なので、自分が読んだ本がどのように解説されているかを楽しむもよし、読んだことのない作品を知るのにもよし。図版が多く、ぱらぱらとめくっていくだけでも大変に楽しい一本である。

魔王: 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男

魔王: 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男

事件・評伝系の本もおもしろいのがたくさん出たが、その中から一冊選ぶならエヴァン・ラトリフ『魔王:奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男』。とある麻薬王を描いた本なのだけれども、最初「いうて魔王は言いすぎでしょ」と思っていたら、インド洋に浮かぶ島国のセーシェルに傭兵を送り込んでクーデターを起こそうとしてたとか、(自分たちの)王国を作り上げるんだと度々側近に語っていたとか、その所業の無茶苦茶さはまさに魔王。著者の筆致も煽りまくりでとにかくおもしろい!
デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

  • 作者:カル・ニューポート
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/10/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
今年もっとも僕の行動に影響した本はカル・ニューポート『デジタル・ミニマリスト』だ。現代のSNS、絶え間なく通知を送ってくるtwitterやfacebookがいかに我々から集中力を奪っているのか、またどうしたらそうした各種SNSを確認する頻度を減らし、SNSから開放されることができるのか──について語られた一冊である。それ以前に僕は『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』を読んで、twitterに対して嫌気がさしていたのだけど、本書(デジタル〜)はそこに指針を与え、後押しをしてくれた。
岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。

岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。

続けて今年もっとも編集の力に感動したのが『岩田さん』。任天堂の社長だった岩田聡さんの言葉を厳選し、編集し、まとめた本になる。岩田さんはたくさんの言葉を残しているから、でかい本にしようと思えばいくらでもできるのだけれども、本書は本質的な部分だけをすっと残し、短く、鮮やかにまとめあげている。岩田さんがお菓子があるとどんどん食べるから社内でときどき「カービィ」と呼ばれていたことなど、私人としての側面がみえてくるのが本当に魅力的だ。
みんなにお金を配ったらー―ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?

みんなにお金を配ったらー―ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?

最後に紹介したいのはアニー・ローリー『みんなにお金を配ったら──ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?』。最低限の保障として、すべての国民に毎月一定のお金(たとえば十万とか)を配ろうというベーシックインカム制度についての本である。世の中ではAIやロボットが人間の労働を削減し、失業者が増える。それが問題だという。でも真の問題は労働が削減されることではなくて、労働しないと生きていけない社会ではないか。実際にベーシックインカムが導入されている地域は多くあり、本書はそれを紹介・検証することで、可能性を模索してみせる。

おわりに

単純なおもしろさで十冊選んだというか、ある程度多様性を重視して(分野がある程度ばらけるように)選んでみましたがどうでしょうか。非常におもしろい本、考えの基礎となる本、考えを発展させてくれる本、行動を誘発させてくれる本ばかりなので、年末年始にでも買って読んでみてね。

Kindle読み上げでたくさん本を読む

この何ヶ月かKindle読み上げを利用してけっこうな冊数本を読んでいて、なかなかいいぞとかこれは難しいぞという知見が貯まってきたのでここらでいったん共有したい。Kindle読み上げとは何なのかといえば、Kindleのアプリケーションに存在する読み上げ機能を使って音声で本を読むというただそれだけのことであり、別に特段のスキルも準備も必要ない(最低限スマホかタブレットは欲しいところだけれども)。設定方法については面倒なのでこの記事では解説しない。Kindle読み上げで検索スべし。
katsumakazuyo.hatenablog.com
この記事では方法よりも「そもそもどんな本が読み上げに向いているのか?」とかの使用感を中心にしていこうと思う。僕自身も人がやっている(勝間和代さんとか)のを見かけてやってみたのだけれども、正直最初は半信半疑であった。ていうか音声で聞いてたら読み終えるのに時間かかりすぎじゃない? とか頭に入らなくない? とか、否定的な感想はいくらでも湧いてくる。一方で、最近眼が悪くなってきていて本を読むのに集中するのが年々しんどくなっていること、移動時間が増えたこともあって、その時間を有効活用できたらいいなあなどの理由から手を出し始めたのだ。

で、実際に始めてみると最初は「まったく頭に入ってこねえ」「歩いていると別の事を考えてしまって、そうすると読み上げの内容がぜんぜん記憶に残らねえ」などのいろいろな問題があったが、次第に慣れていった。この慣れていったというのがよくわからないところで、「読み上げを自然と聞き流すようになった」なのか、はたまた「読み上げを聞く最中に他のことを考えないでいるようになれた」のか。おそらく両者のどちらもあるのだろうと思うが、そのへんについても後述する。

よき点

読み上げで読み始めてよかった点は絶対的に読書量が増えたところだ。だいたいのところ読み上げを3〜4倍速で聞くことで新書で1冊2〜3時間ほどで読み終えることが出来る。ざっくり200ページほどを2〜3時間程度と考えると400ページで5〜6時間、500ページで7〜8時間程度になるだろうか。1日往復で2時間かけて通勤している人なら、読み上げだけで(新書なら)月に10冊以上読むことが出来るだろう。

僕にとってよかったのは、そうした移動時間がもともと無だったことだ。音楽も聞かないし、昔は電車移動中も本が読めたのだが最近は集中力が続かなくて(しかも僕は乗り物酔が激しくてすぐ吐きそうになる)、無の状態で立っていたのだが、読み上げがあるおかげでずっと本が読める、無から読書時間が生まれたのである。また、家の中にいてどうしても集中できない時なんかも目をつむりながらベッドに転がって聞けるので、思っていたよりも聞く機会と汎用性は多いというのが実感だった。

また、そうやって無の状態から生まれた読書時間なので、普段なら読まないような本に果敢にチャレンジできるようになったのもありがたい。適当に新書をざーっと読み(聞き)続けてみたり、学術系の文庫をバリバリ読んでみたり、本業で必要で読まないといけないけどテンションが上がらない本なんかをぬるぬると読める。

よくない点

一方でよくない点は「歩いている最中」や漫然と掃除をしている時などのような、物を考えるに絶好の時間が、読書時間にとってかわられたことで減少してしまうことだ。また、本を目で読んでいる時はいつでもどこでも読むのをやめて、そこに書いてあることについてじっくりと考えを広げることができるが、読み上げで聞いているとそんなことしている間にどんどん先に進んでしまうので考えを広げることが難しい。

とはいえ、そうした問題は意識的に物を考える時間をとることで解消可能だろう。常に読み上げで聞きながら移動しなければならない法則はない。1日おきでもいいし、コレはちょっと考えたいぞ、という部分があったら読み上げを止めればいい。別にどんなやりかたでもいいので、物を考える時間は別途確保すればいいだけの話だ。

他、よくない点としては僕は本を読んでいる時は基本的に線を引くか、金属製の使いまわし出来る付箋的なものを使っているのだけれども、そういうのは難しい。とはいえ、現状僕はほとんどiPhoneで読み上げさせているので、よほど気になる時はストップさせて線を引いてまた読み上げを開始させる方法をとっている。

あと、読み上げで聞いて頭に残るのか? という疑問もあるだろうが、これは基本的には問題なく残っているように思う。少なくとも一文一文しっかりと読み上げで頭の中を通っているわけなので。読み上げで聞いた本も問題なくブログで記事が書けるし、ちゃんとした書評原稿も書ける。とはいえ、読み上げでは正しく漢字が認識されないケースが多いので記事を書く場合には、ざっとではあるが読み直し必須ではある。(もっとも、読み直し自体は僕はブログを書く時は必ず行うのだけれど)

どのような本が読み上げに適しているのか

読み上げに向いているのは小説とノンフィクションなら後者だろう。小説は表現自体を楽しみたいのでできれば目で読みたい(当然、ノンフィクションも物による)。とはいえ、別に読み上げでよめないわけではないので、僕も30冊以上小説を読み上げで聞いている。一方でノンフィクションも向いてないものは本当に向いてない。たとえばみすず書房から出ている『これからの微生物学』を読み上げで聞いていたのだが下記のような文章が頻出するのでまったくなにをいっているのかわからない。

尿路病原性大腸菌(UPEC)、また腸管病原性大腸菌(EPEC)と腸管出血性大腸菌(EHEC)があり、とくにO157H7株は、ヨーロッパや合衆国で生焼けの牛肉を摂取したあとにいくつかの重篤な流行が発生したので、ときに「ハンバーガー菌」と呼ばれている。

専門用語が頻出する本は科学ノンフィクション以外でもやめたほうが無難だろう。たとえば歴史の本でも精確に読み上げられない漢字が頻出すると、何をいっているのかわからなくてさすがにしんどかった。あと経済系の本で数字がいっぱい出てくると、たとえば10000をいちぜろぜろぜろぜろとか読み上げやがるので意味不明になる。このへんは読み上げの調整でなんとかなる領域かもしれないけど。

機材を揃えるべきか

勝間さんの記事などを読むと「え、そんな何万もするようなレコーダーとFireHDを買わないといけないの!?」と思うかもしれないが(僕は思った)、実際にはスマホがあれば普通に聞けるので、無理して揃える必要はない。それに録音するのってめちゃくちゃ面倒だし。ただ、図や表が頻繁に入ってくるような電子書籍だと、iOS版のKindleアプリだと1分に1回とかの高頻度で読み上げが止まる(Android系だと止まらない)ので、そういう本までもどうしても読み上げで聞きたいケースでは録音環境はあったほうがいいだろう。実際、僕もそういう本だけは録音してMP3化している。

おわりに

目が疲れない、移動時間に読める、というのが最大の利点なので、そこに魅力を感じる人ならばやってみたらどうだろうか(別に、手元のアプリで試すだけだし)。

ちなみにどんな本を読んでいるのかといえばこんなような本です。
f:id:huyukiitoichi:20190527211452p:plain

(読書)日記のおもしろさについて

最近noteで読書日記的なものを書いている。
note.mu
なぜ突然日記を書き始めたのかといえば、フリースタイル的な文章に憧れがあり、これまで何度も書いてきた(何度もやめた)延長と、noteで書き心地を試してみたかったから、という状況が噛み合ったにすぎない。なのでこの日記もいずれ止まるとは思うがとりあえず今はぬるぬると続いている。で、そもそもなぜ憧れがあるのかといえば、ひとつは森博嗣さんの日記が十年以上好きだからというのがあり、もうひとつは「書評」的なスタイルから離れた形で書いてみたいという願望があるからだ。

すべてがEになる I Say Essay Everyday

すべてがEになる I Say Essay Everyday

「書評」は一冊ないし複数冊の本について書き、記事なり書評原稿なりには必ずその本の書名が入る。なので、その本に興味がある人はクリックするだろうし、興味がない人はまずwebではクリックしない。だが、仮に日記のような形で、だらだらと誰でも読める形で日常が綴られていて、その中に今日はこんな本を20%ぐらい読んでこんな事を考えたとか、こんな本を買ったと書いていくことで、書評スタイルでは出会うはずのなかった本と出会うこともあるんじゃないかと思うのである。
殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow

殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow

そういう意味で言えば森博嗣さんのは読書日記ではない(森氏は最初期の日記を除けば読んだ本の書名すらあげない)から、僕の理想は殊能将之さんの読書日記に近い。昔の記事(殊能さんの読書日記についての)を読み返してみたが、その頃からこれこそが自分の理想なのだと書いていて、ずっと変わっていないことがわかる。大森望さんの本の中でも『狂乱西葛西日記20世紀remix』が特別に好きだし、phaさんがnoteで書いている日記も好きだ。phaさんの文章の最良の部分が現れているのは、この日記なんじゃないかと思う。それは要するに世界の見方と切り取り方の良さなのだ*1
note.mu
どこまで私生活を明かすのか。どこまでエッセイに寄せるのか、毎回の日記の中にテーマ仕込むのか仕込まないのか──「日記」と一言でいってもそうした一人一人のスタイルの違いがあり、それがまたおもしろい。Twitterでやればええやんけ、と言われると、うーんあんま違わないかも知れないけれど、やはり強制的に日記を流すというよりかは、プライベートな話が入るわけだから、私室に入るまえにドアをどんどん叩くみたいに明確に「クリック」して毎回入ってきてくれ、という気持ちがある。

個人的な経験上書き続けられるかどうかは自分に最適な(書くのが難しくなく、自然に書き始められるような)文章スタイル(情報をどこまで明かすのかとかまで含めて)を構築できるかにかかっているので、そのへんのいい塩梅を見つけられるときがきたらいいなと思って、ぬるぬると書いている次第である。

*1:そもそもnoteで日記を書くかあと思ったのはphaさんの日記があるからだった