基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

チャッピー・忘れられた巨人・流

SFマガジンの文章やらHONZの文章やらを書いていたらすっかり自分のブログが疎かになってしまっていた。毎度毎度1日にあげていたのに大遅刻である。ぼやぼやしているとあっという間に6月も終わってしまう──というわけで2015年5月の基本読書まとめになる。なんか5月はいろいろとやっていたこともあって、いまいち何を読んだか覚えていないのだがどんな月だったか……。まずひときわ目立つ事件といえば映画のチャッピーがもう素晴らしい作品であったことに尽きるし、5月はそれで記憶が一斉に塗り替えられてしまった。それはまあ後段で語ろう。

ハヤカワ文庫補完計画

まずハヤカワ文庫補完計画関連で記事を5つ上げているようだ。最初は同人誌的に記念製本しようと思っていたから、一冊あたり2000文字ぐらいに抑えようと思っていたのだが、さすがに往年の傑作・快作ばかりで書きだすととまらなくなってしまう。ディックの中では有名作の『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』やアシモフの『はだかの太陽』あたりは鉄板で、バクスターのタイムシップはたぶん30年後に読んでも依然として傑作だろうな、と思わせる圧巻の内容。実は個人的にディック作品の中では『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』の評価はあまり高くないんだよなあ。『はだかの太陽』は描写が古くさいところはとことん古くさいんだけど(テレビとか電話とか)ロボット社会の描き方と、同時にロボットと人間の好意的な関係の作品がこの世にない=ある意味ではそうした観念が受け入れられる土壌が社会にはまだない状況への怒りみたいなものまで感じられて素晴らしい出来。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

小説

ライトノベル系をのぞいた小説でピックアップするとしたらなんといってもカズオ・イシグロの最新作『忘れられた巨人』。どんどん記憶の消え、アーサー王がいれば円卓の騎士らもおり、竜までいるファンタジックな5〜6世紀のイギリスを描いた作品。忘れること、忘れられること、過去にあったことへの記憶がおぼろげになり、同時に変容していくことがファンタジックな世界観でこれまでのカズオ・イシグロ作品の総決算のようにしっくりと展開していく。どんどん記憶が消えていく社会は描写としては実に真面目に語られていくのだが、情景を頭に思い浮かべると笑ってしまうほど滑稽だ。道を通せんぼし怪しいやつを通さないようにしている見張りは自分が何のために見張っていたのかも忘れて、怪しいヤツラを通した後に「あ、やべなんで忘れてたんだ!」と慌てておいかけていくし、村の人々は子供がいなくなって大騒ぎしたあと、そのことをすっかり忘れてしまう。争いっていても、その原因を忘れてしまうんだからある意味では凄く平和な世界で、読み終えてみるとまるで夢でも見ていたようにふわふわした気分になってしまう。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
東山彰良の『流』は著者の父親の体験談と自分の体験談をミックスした自伝的な作品。1975年の台湾を舞台にして、ろくでなしの少年が女の子と恋をして、荒くれ者で多くの人間から恨みもかったが親しみも(少しは)持たれていた爺さんが殺されて以来復讐を誓いながら、そのことをたまに思い出したり忘れたりして人生を続けていく。台湾と日本の歴史、家族の歴史、その大きな二つの間で揺れ動く個人の歴史が編み込まれた傑作なのだが、「人生」としか表現できないこの作品をうまいこと説明できないのが無念だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ノンフィクション

『S,M,L,XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』HONZ掲載のものだがぎりぎりまでこの本で書こうかどうか迷っていた。専門外であることもあって、物凄い面白かったけど内容の妥当性、現在に出される意味などさっぱりわからない。ブログだったらある程度は無責任にそういうのはわからんのでヨロシク! といえるのだがなかなか。ただこんなに刺激的で世界をいったん解体しまるごと組み立て直すような文章お目にかかれないので一度体験してみるといい、というのは変わらない。難しいのではと敬遠するかもしれないが、難しいところがぜんぜんないのもまた素晴らしいところではある。何しろ「エッセイ」なのだから。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『Uncreative Writing』は洋書だが面白かったので。簡単に要約してしまえば、今の世の中コピペ時代なんだから、もうそれをある程度は受け入れて新しいWritingの形を考えようぜ、たとえば今までuncreativeだと思われていたやり方の中に意味を見出すような形で──という感じ。映像から脚本を書き起こす、既に書き上がっている傑作・名作をそのまんま書き写す、一見したところ何もつくりあげてこないそうしたuncreativeを経験していくうちに、誰しも自身のcreativeな側面が沸き起こってくる。実際に彼は授業でもそれをやっているので、一応説得力はある。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ライトノベル

『明日の狩りの詞の』は石川博品による「狩猟」SF。ようは地球に住み着いた異星生物を現実の狩猟生物を狩るような筆致で書いたら面白いんじゃね? みたいなシンプルなコンセプトの作品で、SF的な要素はあまり強くはない。強くはないのだが、自分の思い通りになるわけではない自然=狩りを通していくことで、自分の思うようにはならない青春=人生の予行演習、疑似体験して悩みに一歩一歩答えを出していくさわやかな青春小説に繋がっている。SF要素がなくても成立しそうな作品ではあるが、まあそういう特殊な状況でも設定しないと高校生は狩猟しない(免許もとれなかったっけ?)からな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

映画

さあさあさあさあおまちかねのチャッピーの時間だ。お前ら、チャッピーはもう見たか? 見てない? 別に見なくてもいいぞ。諸君らがみるか、みないか。そんなことはどうでもいい。でも僕は死ぬほど楽しかったしBDが出たら絶対に買う。記事は通常ありえないテンションで書いた。最高だ。最高の映画だ。話を簡単に説明してしまえば、生まれたばかりの赤ちゃんAIがギャングに教育され一流のギャング・スターに成長する話だ。だいたいAIが「チャッピー」って時点でとてつもなく頭が悪い。

そうだ。この作品は頭の悪い作品なのだ。そして、それでいい。人工知能、AI、頭のいいヤツラが頭のいい理屈を考え、SFでは大層なものとして描かれる。ブロムカンプはそれを地べたに引きずり落とした。いいかと。AIはバカでいい。SFはもっとアホくさくていいのだと。カジュアルに楽しめ、感情の転換を、インテリとギャングの相克を、頭のいいやつらがいくら理屈をこねくり回そうが太い右腕で一発顔面を殴ってやりゃあいうことを聞くんだ。だったらそいつの顔面を殴りつけろ!

ってブロムカンプがいってました。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

漫画

『お尻触りたがる人なんなの』は位置原光Zによるシュールエロギャグ漫画。前作『アナーキー・イン・ザ・JK』も大好きで、ただこの面白さはなんとも説明しづらい。ひとつ言えるのは男女の距離感の妙があること。出てくる女子高生らがみんな彼氏がいてセックスの話をあけすけにするとか、延々とバカな下ネタ話を展開しながら最後は何故かお互いに照れるラブラブなカップルの話に収束するとか、下ネタと恥じらいの間を急速転換する緩急がある。

お尻触りたがる人なんなの (書籍扱い楽園コミックス)

お尻触りたがる人なんなの (書籍扱い楽園コミックス)

おわりに

今回はわりとさくっとまとめてしまった。アニメも今は中盤の展開を迎えている処なので一段落。来月の月報ではアニメの総括もしましょうかね。シドニアの騎士とか、ジョジョとか、てさぐれとか。6月は正直いって超オススメな作品の目白押しなので今から楽しみ、それではまた。

ハヤカワ文庫補完計画・マレ・サカチ・駄目な石

月初の挨拶

環境が変わった人は一月が経ち、一年としては三分の一が経過し、新しくはじまったアニメはそれぞれ面白いところへ差し掛かりありつつ昨今ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。僕に限って言えばこの一月の間目立ったイベントは特にありませんが、ハヤカワ文庫補完計画全レビューを始めたぐらいでしょうか。正直完走できる自信がまったくないままに(企画倒れになってもいいやという気分で)始めたにも関わらず意外なほど楽しんでできているので、このまま最後までいけるんじゃないのという希望的観測ができるようになってきました。ちゃんと続けられそうなら、なぜはじめたのかとか、色々読んでいるうちに考えたこととかも書き足して電子書籍かなんかにまとめようかと思います。

SFマガジン 2015年 06 月号 [雑誌]

SFマガジン 2015年 06 月号 [雑誌]

お仕事告知としては4月の25日頃にSFマガジン6月号が出ております。特集は前号に引き続きハヤカワ文庫総解説PART2。「あの人があの作品についてなんて書くんだろう」というワクワク感が凄い。円城塔氏のクローム襲撃とか読みたすぎるでしょ(読んだけど)。僕は1pレビューで『完璧な夏の日』を取り上げ、ハヤカワ文庫総解説で『反逆の星』『星々のキャラバン』『スター・ゲイト』をそれぞれ取り上げております。極力人が選ばなそうなものを拾い集めていった感じ。連載として海外SFの2pレビューも。

あとHONZの方を5日と25日の二回更新していて、ブログの更新も合わせると10万文字以上書いている計算になりますので、全部読めなんていいませんからなんか適当に読んでください。また、記事をいちいち読んでらんないよ、情報を絞ってくれよ、という場合の為にこういう月まとめ記事があるわけです。とにかくここを読めば4月のトレンドがわかる!(基本読書限定)というのを目標にやっております。

前置きはそれぐらいにして4月の読書まとめに入っていきますか。まずはハヤカワ文庫補完計画全レビューからのピックアップ

ハヤカワ文庫補完計画枠

huyukiitoichi.hatenadiary.jp
トップバッターはやはり『アルジャーノンに花束を』今読んでも一切の躊躇も遮るものもなく泣いた。ドラマとかもありますが(今やってますよね?)やっぱりこの知能が増していくことにより文章が精彩を得て、構造を得て、単語が増えていくいきいきとした描写とそれが失われていく表現は文字だからこそだなと思ってしまう。晩年はよくわからない、つまらなくはないけれど飛び抜けた面白さもない作品をぽちぽち書いていたダニエル・キイスだけどこの作品を書いた時は何か全く別のものが宿っていたのじゃないかと思わせるような「完全性」があるように思う。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
続いてオースン・スコット・カードの『死者の代弁者』。エンダーのゲームの続編。エンダーのゲームから三千年も経ってるけど、エンダー少年はエンダーおっさんになって普通に生きている。何しろ光速に近い船で移動すると時の流れが異なるから、歴史の流れとは別にエンダーはあんまり歳をとってないのだ。この巻でもドンパチするのかといえばそんなこともなく──、今度のエンダーは一流の文筆家で、一流のアジテーターで、一流のコミュニケーターという打って変わった「能力」で周囲を巻き込んでいく。古典的な俺TUEEEEE物だよねこれ、という話を記事では展開しております。物語のクライマックスにあたる演説のシーンは完成度が異常に高く、短いシーンながらも幾つもの印象的な技法が使われていて「あ、あの好きだった演説シーンはこの死者の代弁者のオマージュだったのか」と今更気づいたりした。正直な話、『エンダーのゲーム』より面白い。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ノンフィクションも入れておこう。レナードの朝はオリヴァー・サックスの有名作。新版、ということだけど用語集や序文の完備、解説の充実ともはやこれが決定版といってもいいと思う。1900年代前半に流行った脳炎等により、身体が殆ど動かせないような症状を呈している患者群がいた。そんな彼らに一時的にでもとても効果のあるL-DOPAという薬を与えた前と後の描写をする観察記録のような本。凄いのはほとんど身体を動かせなかった患者でも、L-DOPAを投与することで一瞬で身体が動かせるようになり、「スゴイスゴイ! 身体が動く! 奇跡だ!!」とまるで知能を手に入れたアルジャーノン(は鼠だけど)のようになってしまうところ。

しかし多くの場合その後突然聞かなくなったり、あるいはハイになった副作用として自制が効かずに生活が立ちゆかなくなるなど(性欲が暴走するとか)問題も頻発してしまうところまで含めてアルジャーノン。希望から一転絶望へ。絶望から一転希望へ。人間精神の振れ幅を縦横無尽に描き出している。また最終的に「全員の死」まで含めて書いていることからして単なる病状の記録ではなく、「一人一人の人生の物語」としても読める。生き方も人それぞれなら、死に方も人それぞれ、身体が動かなくてもそこに意味を見出して静かに死んでいく人もいれば、死に際に怒りを爆発させて死んでいく人もいる。死んでしまえばそれまでだが、でも死ぬまでが含めて「人」というものなんだなと思わせてくれる一冊。

フィクション

huyukiitoichi.hatenadiary.jp
フィクションとしてまずは外せないのは『マレ・サカチのたったひとつの贈物』。量子病という、自制が効かず定期的に地球のどこかへ飛ばされてしまう謎の奇病を患った少女の物語。ぽんぽんと世界を飛び回っていく彼女の目には、貧困も富裕層も戦争も砂漠も雪国も、世界のアクチュアルな実態がのしかかってくる。世界を縦横無尽に飛び回っていくのはネットのメタファーとしても捉えられるように、本書ではネットを含めた人間全体の動きをそのまま捉えようとでもいうような野心的な射程の広さがある。改行が多くテンポ良く読み進めていくことが出来るが、その中身はずっしりと思い。とにかく圧倒的に面白い作品なので、この記事を読んでいる人は『マレ・サカチのたったひとつの贈物』と王城夕紀の名前を記憶に刻み込んでいって欲しい。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
続いて藤井太洋さんの新刊『ビッグデータ・コネクト』、毎度毎度ガラリと舞台と題材を変えてくる人だけど、警察物というのは予想外。現場の空気、人間のやりとりの中にある微妙な距離感、情報のやりとりの描写など細かい部分の描写にぐっとくる作品で藤井さんの作家としての幅は本当に広いなと驚かされた。わりとITエンジニアの間で「こういう地獄あるよねーあるある」という地獄あるあるトークが交わされていたりする作品で、そこばっかりが注目される節もありますが、サイコパス等のいわゆる監視社会的ディストピアと現実の合間にすっと入ってくるような作品で橋渡し的に良い作品でもる。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
王道チャンバラ時代劇、ここに完結。森博嗣さんによるヴォイド・シェイパシリーズの最新刊にして事実上のシリーズ最終巻でもあるかな。まだ続くかも、という話ですが、お話としてはここで綺麗に終わっています。こんなに綺麗に終わるなんて本当に森博嗣作品かしらん、と思わせるぐらい王道の展開を突っ切ったようにも思うし、そもそものコンセプトの時点で相当変なところをついているのである意味バランスはとれているかなとも思う。森博嗣さんの文章表現技術は今、ここが最高峰でしょうね。とんでもなく美しい文章と、その表現がそのまま「剣を使う人間の強さ」に直結していて、ため息がでるぐらい素晴らしい。今僕が特になんの縛りもなしにおすすめの小説を教えてくれと言われたら、まずこのシリーズを差し出すと思います。

ノンフィクション

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押井さんの本がなんだか知らないけどここ最近立て続けに出ている。『友だちはいらない』が新書で昨日出たし、『GARM WARS』の押井守ノベライズも出たし、ムックも出たし、メルマガのまとめも出たし、この文庫も出ました。メルマガのまとめは、メルマガの一部のまとめでしかない上に追加部分が殆ど無い仕様だった為、全て読んでいるメルマガ読者的に買うにはちと躊躇われる内容です。ムックはまあ、押井守さんのインタビューがそう長くはないからこれもなかなか渋い。友だちはいらないでもいいけど、まだ記事を書いてないから一冊選ぶならこの文庫だな。押井さんが世界的な大御所に対してズバズバと「勝ち」「負け」を論じていく痛快な内容。「自分にとって、何が本当の獲得目標なのか」をよく考えろという、人生論としてはもっとも大切な部分に光を当ててくれる良書でもある。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
そしてこっちは川上さんのコンテンツ論。いまや多くの人が漫画を読んだり小説を読んだりアニメを見たり実写映画をみたりして楽しんでいるわけですが、「何を楽しんでいるのか」「何をもって人はそれを楽しいと判断するのか」「娯楽産業のクリエイターはどのようにしてそれを判断しているのか」「クリエイターの技量とはすなわちなんなのか」に対して非常に原理的な回答をしている。言っている事自体は、この問題についてある程度真剣に考えた人間ならだれでも辿り着く「一番最初の部分」ではあると思うんだけど、こういう形でまとまっている本は他にみたことがないので一回読んでおくと話の前提、基礎ができていいと思う。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
荒木飛呂彦が、自分がどうやってジョジョを構築しているのかを明かしてくれる一冊。「なんだそれ、聖書かな」と思って読み始めたけど完全に聖書だった。ここに書いてあるのは「王道」とはなにか、の話であって別にこれを完全に守る必要はどこにもない。ないが、王道を知っているからこそ、裏を覗きこんだり、あるいは脇道にそれてもきちんと元の道に戻ってこれるということでもある。マスに作品を届けることを常に意識してきた荒木飛呂彦の思考が凝縮されている最高の新書だ。

漫画とかライトノベルとか

漫画といえばねえ、あれが出ましたよあれが。平方イコルスンの『駄目な石』が出ました。

駄目な石 (書籍扱い楽園コミックス)

駄目な石 (書籍扱い楽園コミックス)

まだこれが『成程』に続いて二冊目の単行本なんだけど、大好きな漫画家。他の漫画家には出せない味を持っている。殆どはなんてことのない話で、女子高生たちの他愛もない日常を描いているものが多い。ただ日常系の漫画なのかといえばまったくそんなこともなく──普通は描かないような部分を描いたり、「普通はやらないようなこと」をやっているところを描いている──それでいて「ひょっとしたらありえるかもしれない」と思わせる絶妙なラインへ球を放ってくる絶妙な制球力を持つピッチャーという感じ。絵柄に関しても女の子のバリエーションが多くて多様なのも素晴らしい。独特な台詞回し、緻密なコマ構成とハイレベルな視線誘導と、展開している話自体は地味そのものなんだけど技巧的には究極的な作品だ。これ、記事をちゃんと書こうかなあ。

アニメとか

やっぱりStand Up!!!!!/色彩crossroad

やっぱりStand Up!!!!!/色彩crossroad

アニメも始まってますね。たださすがに時間がとれないのであんまりみてないけど。そんな状態でも『てさぐれ!部活もの すぴんおふ プルプルんシャルムと遊ぼう』は欠かさず観ている。これ、声優に「新しい卓球部を考えよう」とお題をふってアドリブをさせたものを3DCGのアニメキャラクタで演出するgdgd妖精sからの流れを汲む最新型のアニメなんですが、座組がしっかりしていて本来であれば芸人的に話を面白くするスキルのない声優を使いながらも面白くなるようなフォローが完璧なので安心してみられる。

この方式ってけっこう「最初が弱い」っていう弱点があるんですよね。ある程度四人とかの関係性が慣れてきて、お互いにツッコミを入れたり冗談を言えるようになってからが本当に面白くなってくるところなんだけど、そのせいで毎回最初の三話ぐらいが「痛々しい空気」のまま時間が過ぎたりする。このすぴんおふ方式だと、「てさぐれ」は元々やっていた面子なので盤石の関係性とアドリブの即応性を見せながら高い完成度で出してきて、すぴんおふ側の「プルプルんシャルム」側はアドリブになれていないからどこかちぐはぐだけど、てさぐれ側があるからきちんとバランスがとれているという。

アドリブのお題自体もてさぐれ側はどんどんお題がパワーアップしていて(卓球をしながらお題に答えるとか、新しい校歌の歌詞を考えようとか)明確に方向性を持って作品を構築してくるシステム面に注目するのも面白いアニメです。ほかはジョジョを継続して観ているのと(そろそろクライマックスだ)、シドニアの騎士二期が始まっているからみてますけどどちゃくそ面白いSFアニメだ。

これから読む本

これから読む本。まずはSFでオシーン・マッギャン『ラットランナーズ』。海外SFレビューの為に好むと好まないとに関わらず読むのですが近未来の倫敦を舞台に少年ニモ含む四人組が潜入・変奏・ハッキング・化学分析とそれぞれの得意分野を活かして犯罪組織とバトるある意味では古典的な作法に則った作品みたいですね。面白そう。この「それぞれ得意分野持ちのヤツラでチームを組んでドンパチ」っていったい物語的な起源はどこなんだろうな。中国とかにはずっと前からあるけど。

ハヤカワ文庫補完計画枠はディックの『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を読み終えたので記事を書くとして、次にアイザック・アシモフの『はだかの太陽』新訳版を読みます(5月8日発売ですが献本でいただいているのでもう手元にあります)。どうしても訳は古びるので、こういう機会にガンガン新訳が出てくるのは本当に嬉しいですね。ちなみにこれ、表紙デザインが文字組みまで含めて最高にイカスので読まなくても本屋で手にとって見るといいと思います。

はだかの太陽〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF ア 1-42)

はだかの太陽〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF ア 1-42)

4月はまあ、そんなところでしょうか。今日働いたらゴールデンウィークに突入なので頑張りどころだ。みなさま、5月もがんばっていきまっしょい。

リライブ・クジラ・声優魂

さてさてそれでは2015年の3月を振り返っていこう。3月の僕の近況的にはHONZでの連載が始まりました、というのがいちばん大きいかな。冬木 糸一 - HONZ HONZはノンフィクション専門の書評サイトで(マンガHONZはマンガ専門)web書評としてはたぶん最大手のサイトだと思います。僕は基本他人の書評を読まないので(読むと書くことがなくなっちゃいそうだし)あまり読んでいなかったんですけど、当然認識はしていたので誘われたのをきっかけに参加しました。ずっと一人で書き続けてきたのでそういう場に参加するのも何やら面白そうでしたし。

執筆者の方、みんなばりばりのビジネス方面の方々だったり編集者の方々だったり、そもそもぼくが一人だけペンネームであったりと浮き上がっているような気がしますけどそのうち馴染むかと思うのでよろしくお願いします。今のところ5日と25日に書く予定。HONZに載せた物はそのうちブログに転載しますが(アーカイブとして)Twitterなど見ていただければHONZに書いた時は告知を流しますのでそっちでどうぞ。

あとSFマガジンcakes版で3月は『完璧な夏の日』について書いています。暴虐の世紀を生きた男たち――ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日』|SF BOOK SCOPE|冬木糸一|cakes(ケイクス)わりととりとめなく、時系列にも縛られずに話が展開していくのであらすじの説明が難しい。でもシーンの一つ一つが印象的で情景が浮かび上がってくる良い作品です。情景ばっかりは引用して語るわけには(SFマガジン連載とかだと)いかないのでブログでやってもいいかな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
さんざん宣伝を終えたところで3月に読んだ本について。月末は今月出る用のSFマガジン原稿をちまちまと書いていたのであんまり読めていませんが(今いったん寝かせて明日推敲)個人的には大当りの月、とにかく読む本読む本面白くてあれを読んでうひゃー! これを読んでうひゃー! と転げまわっているうちに終わってしまった。いやだってざっと今振り返ってみてるけど、この月に僕が書いた本がいかに傑作揃いかって話ですよ(僕の書いたものが傑作なのではなく本が)。

フィクションから

まずフィクションからいくけどもう今月書いたものについては全部ここでも紹介したいぐらいだけど、それじゃあ月まとめする意味もないので3つぐらいに絞りましょう。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
まずはPSYCHO-PASS GENESIS のシリーズ開幕編。吉上亮さんによるPSYCHO-PASSスピンオフシリーズ。こんなこというとあれだけど、吉上亮さんのデビュー作パンツァークラウンフェイゼズはあんまり評価していなかったんですよね。文体も世界観もどこかちぐはぐで一つ一つの意図がうまいこと噛み合っていない。一言で言えばすべて借り物でつぎはぎの作品を作っているように思った。でもそれは二作、三作と重ねていくうちにきっと洗練されていくんだろうなと思わせるもので、実際それはこの作品を読む限りでは完全に正しかった。PSYCHO-PASS世界観の起源を掘り起こし、楔を撃ちこむようにしてそれがあの社会で受け入れられていった苦しみの過程を描いていて、シリーズ全体を根底から補強し、さらに独立した警察もの、SFとして成立させている。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
続いて『リライト』『リビジョン』『リアクト』『リライブ』の<時と四季>四部作。時をかける少女を意識した記事名になっているが、それは本編の方でも同じ。ただし本作は当然ながら大幅に現代版としてアップデートされている。時系列がどんどんこんがらがってパラドックスが起こり、さらに前作が次作でメタ構造の中に取り込まれていくメタ的な構成が相まって物語の複雑さは途方もなく上がっていく。しかしこんがらがった糸を丹念に解きほぐすように一つ一つ読み進めていって最後の『リライブ』に辿り着いた時、時間というその巨大な現実そのものに対峙してきた少女たちの思いが浄化されとてつもない解放感として帰ってきてくれる。一冊一冊が短く、カバーデザインがイラスト含めてかっこいいのも良いシリーズだった。タイムトラベル物としても、メタ・フィクションとしても今後語る上では外せない作品だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
さてさて、早川が続いてしまったので違う方に振ってみよう。ラブスター博士の最後の発見は伊藤計劃さんが受賞した翌年のFKD特別賞受賞作。特別賞というだけあって本格的なSFではないのだが、ふわふわとして捉えどころがなく、しかしその中にはっきりとした未来社会構築のロジックが編み込まれている傑作。正直かなり好きな作品なのだけど、その好きさをうまく伝えるのが難しい作品だ。あらすじやらなんやらは記事の方を読んでもらいたいのだが、未来社会の書き方が面白いんだよね。広告費用をもらうかわりに人体を時折明け渡して突如宣伝を叫んだりしちゃうっていう。現在Twitter各所で起こっている「レイバン騒動」を彷彿とさせる事象が描かれていたりする。

小説はあと月村了衛さんの槐が超高速エンターテイメントとして面白かったり、藤井太洋さんの新作『アンダーグラウンド・マーケット』が仮想通貨物として珠玉の出来だったりと取り上げたい作品がいくらでもあるんだけどきりがないのでここらでおしまい。

ノンフィクションについて

フィクション方面は力作揃いだったがノンフィクションも良い。何しろHONZ用で初回から腑抜けた本を紹介するわけにもいかなかったのでいつもより多めに読んだこともあってか良書にめっぽうぶちあたることができた(クズにもいっぱいあたったが)。まずHONZ掲載の第一記事でもあった暴力の解剖学について。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
この手のものは慎重に読まなくてはいけない。たとえば「○○という遺伝子が暴力性につながるかも!?」といったって、それを持っている人間が必ず犯罪に走るわけではない。たとえば犯罪者の割合は男が圧倒的に多いしが男はみんな犯罪者だ! とはならないわけで。問題は「暴力性と関わっている社会的要因、環境要因、遺伝学的要因」の正確な割合の予測で、それを出すのが難しいというところにある。本書はそうしたさまざまな要素を様々な角度から検証し、ある程度議論に載せられそうな素材を提供してくれる一冊。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
3月に読んだノンフィクションで最大のヒット作はこれ。声優・大塚明夫さんの声優魂。魂という書名そのままに、大塚明夫さんが声優業を営む上で観てきた現実と、その上で彼がどのように覚悟を決め、生き残ってきたのかという人生観の表明でもある。声優業という非常に狭いフィールドでの戦いではある。しかし人気と実力の双方が必要とされる「芸事の修羅場」でもあり、そこで大塚明夫さんがどのようにして生き残ってきたのかという話は他のどんな分野にでも通じる普遍性がある。まあそんなことは何もかも抜きにしても、大塚明夫という一人の人間に惚れ込むに十分な一冊だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
HONZ掲載の二記事目。なんかこれ電子書籍版があったこともあってかかなり売れたな(100冊以上売れた)。AIについての過去、現在、未来が知りたければちょうどいい一冊かと。もともと小林さんはAI系の本をいくつか書いている人なので期待はしていたんだけど、これが一番よく書けているのは間違いない。何冊も書いていくうちにうまくなっていったんじゃなかろうか。個人的には2〜3年後にディープラーニング技術の自動翻訳への転用が進んで言語間の全文変換が簡単になっていると嬉しいなあ。ロボットの絡みで何年後かには大きなことがありそうで、それが楽しみである。仕事なんてとっととなくなっちまえばいいのだ。

マンガ

マンガも傑作揃い。まずは妖怪とサイバネティクスと大召喚と呼ばれるとんでもイベントによって世界人口が一気に三分の一に激減したバイオレンスなSF的世界を描いていく『サクラコード』の一巻が出た。

サクラコード 1巻 (ガムコミックスプラス)

サクラコード 1巻 (ガムコミックスプラス)

まあ一巻時点だと状況説明が多くてどのような物語が発展していくのかはいまいちわからないのだけど世界観のごった煮具合は既に面白い。大召喚とはその名の通り異世界の住人たちが突如としてやってきてしまったイベントのこと。何しろ人口が少なくなって無法化しているので運搬車両に対しての襲撃が頻発化しており、主人公らはその防衛側に雇われている凄腕で──という感じで物語が動いていく。召喚された奴らが持っていた超技術によって人体の機械化技術が促進され超絶凄いスナイパーライフルで超絶デカイ妖怪をぶち殺していくみたいな絵的な解放感がある。
亜人ちゃんは語りたい(1) (ヤンマガKCスペシャル)

亜人ちゃんは語りたい(1) (ヤンマガKCスペシャル)

『亜人ちゃんは語りたい』はデュラハンやらサキュバスやらドラキュラやらが普通に混在している世界を描いていく作品。こっちもあれだね、異形ものだね。主人公はもともと大学で亜人の研究がしたかったけど許可がおりなくて学校に先生として就職したらそこにはなんかしらんけど亜人がいっぱいいてらっきーという感じで物語がはじまる。女の子の書き方がかわいい。しかしサキュバスなんて同級生にいたらちょっと男の子は困っちゃいますね。デュラハンがいても困るけど。

特別なことが起こるわけでもなくごくごく自然にそうした亜人が溶け込んでいる世界を描いていく。語りたいというタイトル通りに、実際どうやって生活してんの? なんか不都合とかないの? たとえば血とか吸いたくなったらどうするわけ? みたいな話を淡々と重ねていくだけだが、それが大げさでなく、身近なところの延長線上にある。たとえばサキュバスは自然に影響を与える(誘惑してしまう)ので地味に目立たない身なりをして人との接触を避け、満員電車を極力避けるとかそういうこじんまりとした描写が良いのだ。似たような発想だと『アナーキー・イン・ザ・JK』とかあるけどこっちはギャグだしな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
オールタイム・ベスト級の漫画作品がこの『クジラの子らは砂上に歌う』で、四巻が出たタイミングで読んだ時、何もかものレベルの高さに唖然としてしまった。絵は一人一人の感情を十全に伝え、見開き絵はこの世に存在しないファンタジィな世界を描いているにも関わらず「これは本当にあるのだろう」と思ってしまうほど迫真の力がある。あまりに絵がうつくしく、「これはなんなんだろう」と想像力を発揮させるトリガーに満ちていて漫画的にも成立していて、一枚の絵を何分も見続けてしまうぐらいだ。これについては自分の気持ちを記事に十分に込められたと思うので是非記事を読むなりいきなりマンガを買うなりして読んでもらいたい。

アニメとか

3月はアニメも終わったものが多くて、ひとまず観ていた物についてはどれも素晴らしい出来。SHIROBAKOはマンガに引き続きアニメのオールタイム・ベスト級の傑作だ。アニメ業界物として、少女たちの成長を描きつつも人と人の相互作用によって作品が創りあげられ、時にはその真剣さがぶつかりあい、時には相乗効果的に作品のクォリティが挙げられていくさまを描いていく。一つ一つのエピソードはアニメ業界物として完結した面白さを持っていながら、同時に一本の軸として見た時に人と人の関係性と、能力がどんどん積み上がっていき最後にその集大成が発揮されるというプロット上のお手本のような作品でもありました。

Gのレコンギスタもみていて、これもまた面白い物語だった。プロットの複雑さについてはまあいろいろあるでしょうが、基本的には画面だけ、その時その時の台詞のリズムを追っていくだけで十分に楽しめる作品だったと思う。台詞はテンポが早く、誰かが何かテーマ的なことをぺらぺらぺらと長々と喋りそうになったとしても状況が動いて(襲撃を受けたり)最後まで言い切れない。でも台詞なんてものは半分も聞けばあとの半分は予測できるもんですから、発音されなかった部分は視聴者の脳内で勝手に再生されるに任せて映像はその分テンポを早めどんどんボルテージをあげていく。

でもやっぱり絵的な面白さが凄い。無重力空間をこれだけ縦横無尽に演出できるのってやっぱり富野由悠季監督が最高峰なんじゃないかな。戦闘シーンはもちろんのこと、何気ない日常会話のシーンで物体がふわふわと三次元上を漂っていくのを追いながら人間の位置関係や対話を三次元上でプロットみせるとか「派手さのない普通のシーン」でその演出能力の高さがよくわかる。ただ会話をしているだけのシーンが映像的にこれだけ面白いものになるとは、と見ていてびっくりしました(富野由悠季監督のアニメあんまりみたことないから)。

まとめとか

これからユリ熊嵐とかローリング☆ガールズとか見なくちゃ。いや、しかしほんと幸せな月だったなあ……3月は……観たものも読んだものも本当に面白かった……。ではでは、また次号生きていたら会いましょう。たぶん来月は既にSFマガジンが出ているはず。

帰還兵・独創短編・SFマガジン

雑談

2015年2月のまとめ記事になります。読んだ・観たものを記事にしたものもしていないものも含めて総まとめにしようのコーナー。2月終わるの早すぎるよ!? と驚愕しているところであるけれども、まあ28日しかないから、それも仕方ありません。アニメもそろそろ佳境、話のまとめに入ってきてはやく3月終わらないかなあと思う気持ちもあるけれど。といっても今ちゃんと毎週追いついて観ているのってSHIROBAKOしかない。ユリ熊嵐と四月は君の嘘とシンデレラガールズだけはなんとか追い付きたいところ。どれもめちゃくそ面白いからなあ……。Gのレコンギスタとアルドノアもなんとか……。

2月に何があったかといえばまずcakes版SFマガジンが更新されております。
SFというよりかは基本は現代物で最後でグッとSFの領域に踏み込んでくるような話ですけれども、それがまあ「いま・ここにある危機」として伝わってくるお話ですね。無理があるというか、なんで? というところも最後までいくと「ああ、これがやりたかったのね」とわかる感じ。特に異常なバカなわけでもない、かといって凄い能力のあるわけでもない、SNSに翻弄されテクノロジーに翻弄される「普通の人」が善意で推し進めていった先に何があるのかと書いていて、なかなか恐ろしいですね。

で、もう一個
SFマガジンに3ページ書いています。こっちはまあ、詳細は記事にて。僕の記事はまあ適宜参考にしていただければと思いますが2015年4月号はハヤカワ文庫総解説。普段日の当たることのない作品にまでちゃんと人の手が分け入って仔細検討している感じがして面白いですよ。紹介にも書き手一人一人の個性が反映されていて、作品への興味というよりも紹介者への興味で読めるのも良い。ぱらぱらめくるだけで愉しい感じ。この「ぱらぱらめくるだけで愉しい」って、雑誌では最高の褒め言葉だと思うな。

さてさてさて仕事の告知ばっかして文字数が埋まってしまっているのでとりあえず全体的に振り返ってみると……うーん、特にいうことはないな。それぞれ面白い本を読んだけれども、特段何かの傾向があるわけでもない。『帰還兵はなぜ自殺するのか』と『アメリカン・スナイパー』の映画と文庫は一緒に読んだほうがいいかな。映画も面白いんだけど、やっぱり改変が多いから(映画的に盛り上げ過ぎ)原作を読んでおいたほうが現実が歪まないと思います。それはまあ後ほど詳しく。

小説

小説の2月トップバッターとして読んだのは『図書館の魔女 鳥の伝言』でこれはまた素晴らしかった。濃密な森のなかに分け入っていくような感覚、そしてその中で生きるとはどういうことなのかを丹念に取り上げていく。新人二作目の能力とは思えないような「世界を描いている感覚」が凄い。言葉をしゃべることの出来ない鳥遣い、どいつもこいつも嘘をつき「本当のこと」がわかりづらくなっている世界で、言葉の機能と効用と限界がどこにあるのかがあらわになっていく。

同シリーズの前作である『図書館の魔女』と比べると、特に図書館が出てくるわけでもないし、本が出てくるわけでもない。主要メンツすらほとんど出てこない有り様だけれども、明確に世界観を共有しており、前作の舞台から遠く離れた辺境にまで、前作の行いが伝わり、大きな影響を与えていることが描かれていく。これによって図書館の魔女世界観がグッと広まったなと思います。

もう一つグッときたのが『独創短編シリーズ(野崎まど劇場)』ですね。野崎まどさんによって書かれた短編小説群だけれども、まあ独創短編なんてついていることからもわかるとおりにただの短篇集ではない。小説を文章が主で物語を語っていく形式のことをいうのならば、本作は図や絵や写真を主軸にして語ったものも多くあることから小説ですらありえないが、しかし「じゃあ何なのだ」と言われれば「なんなんだろう、だがとにかく笑えるのは間違いない」と答えるほかない「何か」である。今まで想像したこともない角度からぶん殴られる短篇集だ。

いちおう記事を書いたけど、正直とても悔やまれる。この短編集について本気で記事を書く、立ち向かおうと思うのであれば僕もまたこれに匹敵するほどの独創レビュー、もしくは独創書評で立ち向かわねばならなかった。僕は日和ってありきたりで無難な「いつもの」文章を書いてしまった。すぐにリベンジしたいところではあるものの、いかんせん何も思いつかん! 次が出るまでじっくりと頭の中で練り上げて、勝負を仕掛けようと思う。

もう一つ忘れちゃいかんのが上田早夕里さんによる『薫香のカナビウム』。日本ではありえず、地球であるのかどうかすら怪しい深い森の中に住む、特殊な習慣を持った人間のような種族たち──。巨人や香りで道ができる香路など、幻想的でファンタジックな世界観の提示とともに幕を明ける本作だが、物語が先へ進みその世界の裏側に流れる歴史、ロジックが明らかになった時、まったく別の姿がみえてくる。この認識がガラっと切り替わる瞬間が鮮やかで素晴らしい。

ノンフィクション

ノンフィクションはまた豊作というか、語りがいのある作品が揃っている。まず『オートメーション・バカ』。単純にオートメーションに頼りすぎると、その分人間がやらなくなるから、能力が養われなくていざって時にぜんぜんできなくなるよ、マジで。というだけの話を延々といろんな事例を引きながら検証していく本だけれども、どのような解決策があるのかまで含めて面白い話だ。

たとえば飛行機のパイロットなんか今やオートでほとんど飛ばせるから技能的には全部自分でやっていた時と比べて大きく劣っているという。それはまあもちろんいろんな例外があるだろうけれども、その通りだろう。その時突然オートパイロットが事故って人間のパイロットが代替できなかったら怖い。だったら──と解決策として模索されているのが、「時折人間に処理を戻す」システムの構築で、ようは技能が低下しない程度に人間に仕事を割り振り、あるいは人間が操作で忙しくなってきたらシステムが引き受け、楽になったらある程度の操作をフィードバックするみたいな可変的なシステムだ。

こういう本を読んでいて「なるほどなあ」と思うのは、ようはどこにでも「バランスをとろうとする流れ」ってのはあるんだよなってことで。最初に紹介した『ザ・サークル』なんかもそこら中に監視カメラをつけて、人間の行動も全部アップロードすれば犯罪起きないじゃん! というスゴくシンプルな形の監視社会を提起している。で、それはまあ確かにそうだろうけどという。けどやっぱりあんまり導入されても困るよねってのもあるし、「そうそう簡単に小説みたいにはならない」流れも確かにある。

で、操作をシステムと人間でシェアするシステムが模索されているように、監視カメラや盗聴なんかも「ずっとその場にいて監視している意味」があるのかって話ですよね。もちろん現時点では将来的にどう転んでいくのかわからないけれど、結局、将来的にはどっかしらのところでバランスがとられていくのだろう、それはSFなどで描かれるような「わかりやすい未来」とはまた違う形として現れるのであろうと思う。

続いてノンフィクションで紹介するのは『偉大なる失敗』で、これは科学者が犯した、ただしその後の科学史に大きく貢献したような「失敗」を取り上げた一冊。それまで立派な業績を積み重ねてきた人であっても──、だからこそ、というべきなのかもしれないが、自分自身が発想した素晴らしいアイディアに固執し、明確にそれを否定する事実が出てきても認められなくなってしまう。

科学者は「事実」に重きをおかなければならない職業であるといえる。しかし「この世でまだ発見されていない、新しいこと」を実証し、確かめるためにはいったん確証を持つことの出来る「事実」からリフトオフしなければいけない。それこそが時として科学者の道を踏み誤るきっかけになることがあるのだろう。もちろんアインシュタインのように見事な引き際を見せる科学者もいるが、そうではない科学者もいて、むしろ我々が多くを学べるのは引き際に失敗した科学者たちではなかろうか。

ミチオ・カクの新刊。安心のミチオ・カクである。心の未来と書名まんまの内容で、我々は自分の精神を将来的にどのような形で処理できるようになるんだろうという疑問に対して、可能性を提示してくれる一冊。例えば今なら、BMIのように脳波で物を動かすこともできる、マウスのレベルでなら記憶の操作や植え付け、行動の操作などほとんどマインドコントロールみたいなことも実現できている。もちろんそれがすぐに実用化されるわけではないにせよ、こうした事実の一つ一つはを提示されると、何にせよ夢は広がるよね。ミチオ・カクのポピュラー・サイエンス本はどれも面白いので、(本人がSF好きなこともあって特にSF好きにはハマると思う)興味がある人は探して読んでみるといい。

ライトノベルとか漫画とか


西尾維新さんの新刊『悲録伝』が出た。これねー、能力バトル物の傑作なんですよ。第一作目こそちょっとヘンテコなヒーロー物? って感じなんですけど、第二作目からは舞台を四国にうつし、全四国民を巻き込んだ(そしてほぼ全滅させて)魔法少女バトル物に変質してしまうのです。で、この魔法少女が血で血を洗うような凄惨極まりないバトルを──というとちょっと語弊があるけれども、をたぶん一冊30万文字ぐらいありそうなノベルスを5冊(合計150万文字? 一般的な長さの文庫がたぶん12万文字〜14万文字ぐらいだから10冊分ぐらい?)も使って書き尽くしている。

この話のものすげえところは、「作戦検討」に時間を使うところ。自軍の魔法少女の固有能力は何なのか、相手の能力はなんなのか、情報がなければ情報を得るために行動し、地形効果的に敵の有利な場を避けたり、そもそもの戦略目標・勝利目標を都度刷新したり、陣容や並びを考察しそうしたありとあらゆる「事前作戦」を延々延々延々延々延々延々延々延々延々延々延々延々と検討していくのである。僕の説明を読んで「そういうのが読みたかった!」と思う人はすぐに読んだほうがいいし、いまいちピンとこないしそんなに長いと読むのがきついと思うのだったらやめておいたほうがいい、そんな本である。人生は有限でぼうっとしているとあっという間に過ぎ去ってしまうのだから。

クジラの子らは砂上に歌う 1 (ボニータコミックス)

クジラの子らは砂上に歌う 1 (ボニータコミックス)

あとまだ記事を書いていないんだけど(出ている分全部読んでないから)、『クジラの子らは砂上の歌う』って漫画がめちゃくちゃおもしろいです。まず絵がうますぎる。見開きの絵なんかあまりに凄まじすぎて漫画なのに絵に見入ってページをめくる手が止まってしまうぐらいだ。それでいて一枚絵として素晴らしく漫画としては微妙というわけでもなく、一枚の中に壮大なストーリィと「その次がはやくみたい」と思わせられる想像力のトリガーに満ちている。

砂がすべてを埋め尽くした世界で、砂の海に浮かぶ巨大な漂白舟『泥クジラ』で暮らす人々の世界を描いていくお話なのですが、まあなんというかこの文字列の並びだけでグッときますね。それは既に読んでいる僕だからこそ絵を想起してそう感じるのでしょうが、「砂がすべてを埋め尽くした世界」や「泥クジラ」を言葉だけでなく「絵」で、「ああ、そういう世界なのか」と納得させられる力がある。そんな世界の成り立ちと、その世界で暮らす不可思議な人々の葛藤を軸に物語が展開していきます。まあ詳しくは今度記事に書きましょう。とにかく、素晴らしい事は間違いがない。

映画



『アメリカン・スナイパー』観てきた。原作であるところの『アメリカン・スナイパー』はもちろん、『帰還兵はなぜ自殺するのか』についても副読本としてぜひ。まず映画の話からすると、戦場の描写の緊張感も去ることながら、現場で最強のスナイパーとして活躍したクリス・カイルが家に帰ってきた時に日常とまったく同化できていないところの描き方が素晴らしかった。戦場では目の前で同僚が死に、自分もその手でパスパス人を殺す。家に帰れば無防備な人間がそこら辺を歩きまわり、きゃっきゃうふふと危機感もなく楽しそうにしている。

クリス・カイルはしかし、わかりやすく狂っているのではない。表向きはジョークも言うし、楽しげに子どもたちと触れ合っていて、受け答えもちゃんとしている。戦場から帰ってきてもちゃんと生活の基盤を立て直した、グッドガイにみえる。しかし常に眼と身体は緊張感を保っている──目の前で展開している現実と、頭のなかの現実を合わせられない決定的なズレ、襲い掛かられたら即座に反撃できるような警戒心、その気になれば目の前の危険を即座に排除できる準備があると全身で訴えかけてくる。

映画をみていると日常にいるクリス・カイルは完全に「異物」であり、戦場にいるクリス・カイルこそがむしろ「自然体」に見える。それを極端な演出など使わずに、あくまでも自然に、絶妙な演技と撮り方で差別化してみせた役者の人(名前わからん)と監督のイーストウッドに驚きました。ただあまりにドラマチックにもろもろの要素が改変されてしまっていて、「実話」というにはちと離れすぎているんではないかとも。だからこそ映画をみたらキチンと原作まで読んでほしいところです。今なら文庫も出てますしね。

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

おわりに

こうして振り返ってみると28日しかないわりには密度が濃い月だったなあ……。SFマガジンも出て連載も始まったし……。3月のまとめでは観ていたアニメの総評なんかもやりたいところです。あと他にもいろいろと始まりそうな予感も。だんだんやることが増えてまいりましたがその分濃くやっていきたいところです。ではまた次月。

イスラム国・世界受容・ディーバ

前置きとかニュースとか

基本読書の月報になります。2015年1月はまたいろいろありましたしいろいろ読みましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。個人的に今月の前半はなんだか面白い本になかなか当たらなくて調子がのぼってこなかったものの後半が豊作な月という印象。毎年この時期は他人の年間ベストを大量に仕入れてきて、おすすめに囲まれた生活になっているわけですけれども今年はわりと幅広く読んでいたこともあってかそういうこともなかったし。いくつかは参考にしてもちろん読ませていただきましたけどね。

あとニュースとしてはSFマガジンのcakes版が始動しました。僕も書いています。詳しくは下記記事参照。もうここで充分書いているので改めて書くことはありませんがきちんとやっていきたいなと思っております。応援してくれた皆様ありがとうございます。

SFマガジンcakes版で「SF BOOK SCOPE」連載開始しました - 基本読書

小説とか

さてさてさてさてここから2015年1月に読んだ(主に)本を振り返っていこうかと思いますがどこからいこうかな。とりあえずいつも通り小説からいきますか。ひときわ目を引いたのはやはりcakesの初回連載にも書いた超ごった煮の世界観を統制する奇跡の文体――神々廻楽市『鴉龍天晴』レビュウ|SF BOOK SCOPE|冬木糸一|cakes(ケイクス) で、これはまたちょっと簡単には表現することのできないすごい作品ですね。SFかファンタジーかという単純な区分もできないし、歴史物であるし、様式美的にはライトノベルっぽさも意図的に導入されており──と「ごった煮」感の強い作品。レビューではそうしたごった煮感とそれを統制する文体の凄さに焦点を絞って語っていますけれども、うん、これはまあ読まないとその醍醐味は伝わらないかなと思う。特にクライマックスの盛り上げ方ときたら……。

一方海外SFでいえば忘れちゃいけないのは『世界受容』でついに完結したサザーン・リーチ三部作! これはcakes連載の方に回そうかと思いますが完結作はまた凄かった。第二部については下記記事を参照。突如地球上に現れた謎の領域──調査隊が何度も送り込まれたにもかかわらず、そこで何が起こっているのかは依然としてほとんど何もわかっていない。得体の知れない領域に踏み込んでいく時の緊張感……一歩踏み出すごとに「何か」が起こるかもしれないという未知感……とにかく何か異常なことが起こっているのは間違いがないが、その異常がいったい何なのかがわからない恐怖感……。

これこれ、未踏領域探査物で、最初から最後まで緊張感が持続していく、こういうものが読みたかったのだ! と思わせてくれる要素が何からなにまで詰まっている傑作三部作。「恐怖」とはそれをもたらすモノの正体が分かった時点である程度薄れてしまうものではある。じゃあ正体をぼかし続ければいいのかといえばそう簡単でもなく、チラ見せの連続でももったいぶるだけでも「つくりもの感」が出てきてしまってバカバカしくなってしまう。このサザーン・リーチ三部作はそうした「つくりもの感」をほとんど感じさせずに「未知の領域」そのものを書き切ってくれた。それを達成させたのは「得体のしれないもの」を描写しているだけでぞくぞくと背筋が凍りつくような圧倒的な文章力である。

あとSF以外だとミハル・アイヴァスの黄金時代とか凄かったな。ただこの作品の凄さについてはそれなりに文字量を費やさねば説明できないものであるので記事を読んでもらったほうがいいだろう。人名が会話の連続の中で自然と移り変わっていき、制度やルール、それどころか言語までがめまぐるしく変化を続けていく動的な島民について語った物語。常に移り変わってゆく社会なんていうどう考えても成立しがたいものを説得力を持って積み上げていく力量の光る作品だ。

ノンフィクションとか

さて、こっからはノンフィクションの話にうつろう。こっちはこっちで豊作だった。まず何をおいても外せないのは年始から騒動が続いているイスラム国関連。正直な話、一般市民のレベルでこの件についてあーだこーだいってどうにかなるレベルの問題では無いのだから、有効打もなくたまに流れてくる断片的な情報だけであーだこーだいうよりかは何冊かでも本を読んである程度状況を把握してあーだこーだ言ったほうが(どっちにしろ意味は無いが)マシだろうと思う。緊急出版でろくに練りこまれていない本が何冊も出ているが、いくつか読んだ中では池内恵さんの『イスラーム国の衝撃』が一番よくまとまっているのでおすすめしておく。

紛争が続いている地域に足を踏み込むのはそれがどんな立場であれリスクを伴っているのは当然のことだ。戦場ジャーナリストであれば当然その覚悟をしていくものではあるのだろう。しかし単なるジャーナリスト、しかもどちらかといえばエンターテイメント系のノンフィクション作家が銃弾飛び交う戦場に居合わせるハメになってしまったのを偶然にも書くことになってしまったのが高野秀行さんの『恋するソマリア』だ。ここでは現地のジャーナリストが「戦う覚悟」を持って取材を行っているのと対比的に、ある意味では日本人のほとんどが共有していると思われる「戦う覚悟なんてまったくない、安全圏にいる人間としての精神状態」を高野さんは持っていてその対比が面白かった。前作の『謎の独立国家ソマリランド』も傑作なのでおすすめ。

紛争とかイスラム国とか血なまぐさいところから目を話して、科学ノンフィクションで面白かったのが『ロボットの悲しみ コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学』という本。SFなどではけっこう気軽に「人間並みの知性を持ったAI」がポンと出てきてしまうが、実際のロボット研究者は「いま・ここ」にある問題に苦慮している。当然ながら人間並みの知性を発揮するロボットなんて構築できない。せいぜい定型文でそれっぽい内容を返す出来の悪いAIか、お掃除に特化したルンバのような単機能型のロボットぐらいだ。介護を必要とする層の増加とそれを介護する側の極端な減少など、ロボット需要は今後増えていくだろうが、満足させる領域にたどり着くにはまだまだ時間と思考を費やさなければならないことがわかる良書。

『ロボットの悲しみ』はロボットと人間のコミュニケーションが違和感のないものにするにはどうしたらいいかについて書いていた本だけども、一方で人間と人間がコミュニケーションするのもそうそう簡単じゃないよね、どうしたら会話が回り続けるんだろうというあたりを教えてくれるのが『なぜ、この人と話をするとラクになるのか』だ。僕は他人とのコミュニケーションに価値を感じないことが多いだけでしゃべろうと思えばいくらでも喋れるんだけど、特に言語化していなかった部分が理屈化されていて面白かった。著者が実際にさまざまな司会業をこなす中で「やっていること」を言語化してくれているから、成功例がいつでも見れるのも説得力を与えている。

他にもノンフィクションはいろいろあるけどめぼしいところだとこんなかんじかな。

それ以外

今月は驚くべきことに漫画を一冊も読んでいなかった。『ダンジョン飯』とか読んでみたいんだけどね。九井諒子さんの作品て魅力を言語化しにくいから何か書くとなったらけっこうたいへんだけど。なんていうのかな、アイディアの素晴らしさを称えるのは簡単なんだけど、それ以外の部分がなかなか。

さて、それ以外の部分で一押しなのはなんといっても『みならいディーバ』になる。アニメーション作品で、もうとっくに放送は終わっているのではあるが、もうすぐBD最終巻が発売される。言いたいことはすべて記事に書いてしまったのだが、ここでも多少説明をしておこう。『みならいディーバ』は(初ではないにしろ)本格的な「生アニメ」だ。声優にモーションキャプチャをつけて、声優の動きをトレースするキャラクタが画面上で暴れまわる様を「生で流した」アニメーション作品、略して生アニメ。「なんじゃそら、そんなもんが面白いのか」と思うかもしれない。確かに最初は演者も裏方も「どうやったらいいのか」を模索している感マックスだが後半に行けばいくほど「生アニメという枠でどうやって遊べばいいのか」を把握し加速度的に面白くなっていく。

生アニメであることを活かした企画も満載でどれも攻めすぎていてハラハラするようなものばかり。突然巨大掲示板にスレを立てて質問を受け付けてみたり(ろくな質問がこなかった)、パブリックビューイングの会場に乗り込んでお客に直接質問をぶつけてみたり(ガチでダメ出しがきて演者がガチで凹んだ)、ジェスチャーゲームのお題が難しすぎる代わりに「正解したらギャラ3倍」でめちゃくちゃ盛り上がる声優陣などとにかく見どころしかないアニメ作品なので興味がほんのちょっとでも出てきたら一話を観ることをおすすめするんよ。

ライトノベルジャンルは1月はほとんど読まなかったな。唯一読んだのは至道流星さんの『大日本サムライガール9』で、大日本サムライガールシリーズ最終巻。どう考えても話の途中で「いよいよここからだったのになあ……」というところで終わってしまったのだが、僕の中での評価はかなり高い。もちろん同著者の傑作『羽月莉音の帝国』と比べると格が落ちてしまうのは否めない。それでも明確に新しさを目指し、またかつてやったことがない壮大なヴィジョンを抱えた作品だったと思う。

多少具体的に書けば、「固定化された世界秩序の中で新しい国を強引に打ち立てるためにはどうしたらいいのか」を描くために世界経済を描き、世界的な集金システムをつくり居場所をつくるための軍事力と国際政治も描き……と一貫して「世界」に目を向けたのが羽月莉音の帝国だった。一方で大日本サムライガールは徹底的に日本ローカルな問題に焦点をあてて、その具体的な解決を図ろうとしたところに新しさと、(規模感こそ劣るものの)困難な問題に切り込んだという意味でヴィジョンの壮大さがあった。

もっとも政治×アイドルという両軸で始まった作品が、話が進むにつれて両者の関連性がどんどん薄くなって「別々の作品が無理やり同居させられている」感が強くなってきたのもあるから、どこかでいったんコンセプトを練りなおして再挑戦してもらいたいなあ。

おわりに

とまあこんなところかな。ニュースまで含めると盛りだくさんな1月だったかなと思います。2月は2月で楽しみな作品がいくつも出るから全力で行くぞう。とりあえずこれを書き終えたら高田大介さんの『図書館の魔女 鳥の伝言』を読みます。前作がめちゃくちゃおもしろかったので、こっちも楽しみだぞー。それではみなさま。連載も始まりましたし、今後もばりばりいくのでよろしくおねがいしますねー。他の月のまとめが見たければ「冬木月報」タグからお願いします。

太陽・惑星・天冥の標・鶴田謙二

毎月やっている月ごとまとめを今月もやっていきますよう。2014年の12月はまあいろいろ出ましたなあ。個人的には2014年最大の衝撃の新人作といってもいい『太陽・惑星』を読んだし(出たのは11月の終わりだけど)、巻数を重ねてなおその勢いを失うどころか加速し続けていく天冥の標シリーズ最新刊も出て、あとはライトノベルや漫画の分野で待ち望んでいたものがいくつか出た月であります。『別荘』『遁走状態』などなど外国文学も面白かった。

ノンフィクションがあまり読めなかったのが心残りか。出版業界のイベント的に何かめぼしいものがあったかとちょっと振り返ってみると、なんかあったっけ。早川のSFマガジンが隔月刊化する前の号が出て、あとはまあ2014年の出版売上が大層ひどいことになっているとかそのあたりかな。うちのブログもとうとう売り上げ的には紙の本を電子書籍が上回っております。それはまあ、レビューを読んだ後に電子書籍であればすぐに読み始めることが出来るという相性の良さがありますが。

そんなことはどうでもいいか。漫画とかライトノベルはそこまでちゃんとした記事を書いてないのですが、今回はそっちで面白いものがいくつかあったので重点的にピックアップしていくかもしれませんが、まあまずは小説から。

12月の小説

今回個人的には第二回ハヤカワコンテスト受賞作であるニルヤの島 by 柴田勝家 - 基本読書と新潮新人賞受賞をした太陽・惑星 by 上田岳弘 - 基本読書がなんといっても飛び抜けていた。あまり間をおかずに読んだのですが、時間も空間も主観も連続せず、縦横無尽に分断されながら物語っていくスタイルが共通していてこれが時代性ってもんなのかなあ……と思ったり。過去の名作はどんどん蓄積され、パブリックドメインに吉川英治が入るような時代ですから、新人はある意味では現代の作家たちとのパイの取り合い以上に「過去の作品との戦い」になっていくはずです。

ニルヤの島 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

ニルヤの島 (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

太陽・惑星

太陽・惑星

そんな中で新人が発揮できる優位性とは何かといえば1つは、過去作を踏まえて先人がやっていないこと、踏み入れていない場所へあえていくこと、あるいは先人が書いたその先を書くこと。A.Cクラークが書いたことをもう一度やったってしょうがないわけですから。もう一つは時代性を捉えることであります。現代人の空気というか、雰囲気みたいなものを敏感に捉えるのは同時代人にしかなかなかできることではないので(稀に未来予測じみたヨミから「未来の人間こそが受け入れられるような小説」を書く異才がいるので必ずしもその限りではありませんが)。まったく別の分野から出てきた二人だけれども、この空気の捉え方がすごく面白いなと思う12月でした。どちらも次に書く作品がすごく楽しみ。

それからもう一つは天冥の標VIII ジャイアント・アーク PART2 by 小川一水 - 基本読書 で、これはもう伝道入り。全十部作完結を目指してはじまった物語で、いまようやく第八部が終わったところなのですが、物語ことここに至ってその魅力が衰えるどころか、世界観を拡大し新たな要素を見出しながら加速的に面白くなっているという素晴らしいシリーズです。新刊が出る度に総評レビューもそのときの気分で半分ぐらい書き換えていてもはやライフワーク的なレビューになっている⇒全ての力を尽くして天冥の標シリーズをオススメする - 基本読書

SF、サイエンス・フィクションといってもその魅力は一言に表せるものではないわけですよ。パンデミックSFとかいって人類が未曾有の危機に陥って病気をいかに根絶するのかー! という人類規模の危機を書いたものもあれば、宇宙世紀とかいって宇宙に進出した人類が宇宙空間でどんぱちやらかす物もあれば、ロボットに心はあるのかとか意識は産み出せるのかとかそれぞれの分野で、それぞれの魅力がある。SFはもはや拡散しすぎてしまった。それなのにこの天冥の標というシリーズは、そうしたSFの魅力という魅力をすべて取り込んでみせるとばかりに徹底的に書いて、しかもそれを一つの年代史としてまとめあげている。

天冥の標VIII  ジャイアント・アーク PART2 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標VIII ジャイアント・アーク PART2 (ハヤカワ文庫JA)

このシリーズの凄いところは(まだ語るのか)、新刊が出るたびに波が高くなっていくところなんですよ。波って何かといえば、読者の感情のボルテージですよ。第一部が出たばかりの頃、何やら面白そうな話が始まったぞとはみんな思っていても、それが本当に面白いシリーズになるのか半信半疑だった。第二部が出た時に、うわあなんだこれは、なんだかすごいぞという反応が出てきた。第三部、第四部と新しい巻が出る度に、なんだなんだ、これはおかしいぞすごすぎる……と反応の質が変わってきた。

今回みたいに新刊が出ると僕はまた「うおおお新刊が出たぞおおおもしれえええ」と叫ぶわけだけれども、そうするとまた誰かがどれどれそんなに言うのならわたしも読んでみようかしらと参入して、そういう人達がみんな今の僕みたいに「うおおおおおなんだこれはおもしれえええ」と感化されていく。新刊が出る度にこの流れが起こっていて、ようするにこれが波が高くなっていくという意味ですよ。新刊が出る度に、熱狂的な天冥の標読者が増えていく(ように見える)。メールやツイッタの反応で「気持ちを代弁してもらいありがとうございました!」とか「もっといろんな人に広まれ!」と代弁のように記事を拡散してくれる人もいて、読んだ人間の熱量の高さを感じる。

SFに偏ってしまったので違う方向にもふっていくと、別荘 (ロス・クラシコス) by ホセ・ドノソ - 基本読書 とかも面白かったな。これはもう完全に文体の、というよりかは語りの魅力の勝利。地の文は洗練されていて、セリフがいちいちかっこいい。『「そうだとも」フナベルは言った。「好きでオカマをやってるんだ、お前たちのように金のためにオカマになる奴らとは違う」』とか声に出して読みたい日本語ですよ。わかりやすいプロットで進行していくわけではないし(勇者が魔王を倒すみたいな)、時間の流れがぐちゃぐちゃで何がなんだかよくわからないところもあるのだけど、象徴的なイベントをつなげて物語っていくスタイルがたいへん素敵な作品です。4000円近くしたんだけど自分へのクリスマスプレゼントに買ってよかった。

別荘 (ロス・クラシコス)

別荘 (ロス・クラシコス)

ノンフィクション

年末ということでアベノミクスや増税の成果検討はいかがか。日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点 by 片岡剛士 - 基本読書 この本は地道に数字をおって、より分けて、どこからどこまでがアベノミクスの成果でどこからどこまでが消費税増税の痛みなのかを細かく検討していく良い一冊。僕は基本アベノミクスに賛成というか、リフレ派の主張を採用している立場なんですけどあの界隈の人達って喧嘩っぱやいんで腰がひけちゃうんですよね。僕も熱烈に支持しているというか、反対派の理屈を読んでも納得がいかないし、リフレ派の主張する理屈は実際に数値として現れている上に現象としては確かにそうなるよなと思うところなのでそういうもんなのかなと考えているぐらいなのですけど。

日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点

日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点

経済でもいっこあげておくと海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち by ジャン=フィリップ・ベルニュ,ロドルフ・デュラン - 基本読書は面白かった。 ソマリアの海賊は本書の定義からすると海賊ではなくなってしまうというなかなかぶっ飛んだ本。じゃあどういう定義なのかといえば、国や資本主義が「テリトリーの拡大」⇒「ルールの敷設」を続けていく仕組みだと考えた時に、常にそのテリトリーの周縁でルールに納得がいかないと抵抗を続けたり、テリトリーの拡大時の安定していない防衛機構なんかをついて利益を出そうという集団を海賊と定義し、彼らがいたからこそ国家・資本主義という制度は常に外側からルールの改変を促され続けてきたのだっていう。

だからこの定義でいえばハッカーもそうだし自国では法律で禁止されているから許されている国でクローン人間を創ろうなんて言う人達もみんな海賊なわけで、たしかにそういう人間がいるからこそ国内のルールが改変されることもあるわけですよね。時には私掠船免状、ワンピースでいうところの王下七武海みたいな海賊なんだけど政府公認の海賊みたいなよくわからない形で内側に取り込まれる人達も出てくる。今後国家の力は弱まりこそ強まることはなかなかないと思うけれど(国連のような国際組織の力の増加と、GoogleやAppleのような一企業の力がどんどん大きくなっているので)このルール改変システムの指摘は重要だと思った。

海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち

海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち

  • 作者: ジャン=フィリップ・ベルニュ,ロドルフ・デュラン,谷口功一,永田千奈
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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もう一つは、進化論という非常に使い勝手がよくそこらじゅうで使われる語を、ちゃんと教えてあげようという親切な一冊。理不尽な進化 :遺伝子と運のあいだ by 吉川浩満 - 基本読書 キリンは別に高いところにある草を食べられるように自分の意志で進化したわけじゃなくて、たまたま首の長い個体が生き残る確率が高かったから遺伝子が残ったよね、それにどれだけ能力が優れていても恐竜みたいに地球環境の変化によって容易に絶滅しちゃうのがこの世界なんだよっていう当たり前のことを丁寧に書いています。「生き残るためには進化しなければいけない!」なんていうのはだから、基本的には間違っているわけですね。
理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

漫画

まず漫画からいくけど、鶴田謙二さんの『ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere 』はもう最高。素晴らしい。この絵は国宝だよほんとに。基本裸の、黒髪の女がごろごろしたり猫とたわむれたりするだけの話なのだけど、この鶴田謙二さんの描くけだるげな黒髪女性が最高なわけです。裸のフォルムが完璧だし、何より洗練されたエロティックさがある。その完璧なフォルム、洗練されたエロをあらゆる角度、あらゆるポージングで漫画にしていくという、感謝しかないですね。もう表紙のこのどこか不満気な眼、だるそうな表情、まったく恥ずかしそうにしていないポーズが最高なわけですよ。

ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere (書籍扱い楽園コミックス)

ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere (書籍扱い楽園コミックス)

ライトノベル

今月は個人的には豊作。まず始まらない終末戦争と終わってる私らの青春活劇 (ダッシュエックス文庫) by 王雀孫 - 基本ライトノベルが出た。俺たちに翼はないのシナリオライターである王雀孫が執筆したライトノベルで、まあとにかく筆が遅いのだが出れば面白い。基本喜劇として進行しながらも、悲劇の重さもしっかりと書け、しかもそれらを最終的に統合してしっちゃかめっちゃかにするという無茶苦茶な荒業を『俺たちに翼はない』で披露していて心底惚れ込んでいたものだが、本作も基本漫才の芝居じみたハイスピードなやりとりを続けながらどこか暗さを感じさせる。話自体は全く動いていないからその点で批判が出るのはわかるけどね。

始まらない終末戦争と終わってる私らの青春活劇 (ダッシュエックス文庫)

始まらない終末戦争と終わってる私らの青春活劇 (ダッシュエックス文庫)

人類は衰退しました 平常運転 (ガガガ文庫) by 田中ロミオ - 基本読書 も出ましたねえ。こっちはシリーズ完結後の後日談的な短篇集&BD/DVD特典としてついた小説の合わせ技で、本来のコンセプトに近い一話完結の金太郎飴的な短篇集になっている。もちろん面白いけれど、やっぱり田中ロミオさんは長編作家なんだろうなと思う。しかし同時期に王雀孫、田中ロミオ、丸戸史明と時代を代表するようなエロゲーライターのライトノベル作品が出てしまうのは、何かしらを象徴するようで不思議な感覚を覚えました。

シリーズ第一作目を取り上げていくと『筺底のエルピス (ガガガ文庫)』が面白かった。著者のオキシタケヒコはこれがデビュー作だけれどもプロットもバトル描写も、どれをとってもこなれている。何より現代伝奇物だが人に取り憑く鬼を倒すというわりと「ふーん」としか言い様がない設定がSF的に練られている。それを倒す側の武器や描写もいちいち科学にのっとって描写されていくので、面倒くさい人間にとっては面倒臭いだけだが設定に緻密さを求める人間は好きだろう。たとえば銀髪のヒロインを出すのもいちいち理由付けをしていて笑える。『人間の毛根細胞は独立した代謝系を持つため、栄養が充分に行き渡らない状態で伸びた髪は、細胞の間に隙間ができ、その空白や気泡が光を乱反射する。だから彼女の髪は、銀色に輝いている。』

筺底のエルピス (ガガガ文庫)

筺底のエルピス (ガガガ文庫)

個人的にはバトルの描写が緻密で面白かったな。鬼を倒す能力者が各国に存在しているという設定なのだが、能力者ごとに固有能力が違っていて必然バトルにはさまざまな組み合わせが生まれてくる。バトルを小説で書くのが難しいのは、絵を想像しづらいというのもあるだろうがAとBが戦った時にBが勝った、というのを緊迫感と説得力を持って書くのが大変だからだと思う。

緊迫感を出すには同レベルの実力者、あるいは主人公勢が極度に劣勢という状況にしないとならないが、そうなると今度は同レベルの実力者間で何らかの実力の不均衡が起こることか、劣勢を巻き返す特別なロジックを書かなければならない。故に相手の油断を誘ったり、突発的なイベントで注意をそらしたり、あるいは突然何らかの理由でパワーアップしたりするわけだが、それは一歩間違えば容易く「ご都合主義じゃん」となってしまう。これはまあ、小説に限らないけどね。

で、本作はバトル時における逆転のロジックが綿密で読んでいて納得のいくものだった。バトルで難しいのは「すごい実力者」と「かなり劣る主人公勢」が戦った時に、「かなり劣る主人公勢」が勝つシーンを書くことで「なんだ、すごい実力者、ぜんぜんすごくないじゃん」となって敵の格が落ちることだけれども、この処理も綿密=戦いが終わった後も相手の格が落ちない のでいろいろと手練手管が洗練されているなと思った次第でした(上から目線だなあ)

おわりに

SFが充実していた月だったなあ。そうそう、ライトノベルは最高の効率で、最高の金儲けを『WORLD END ECONOMiCA』 by Spicy Tails - 基本読書の文庫版も出たんですよね。支倉凍砂さんが同人ノベルゲームとして出したものの、小説版(ノットノベライズ)。月で株取引というめちゃくちゃな設定だけれども、三部作終わる頃には「ああ、これは確かに月を舞台にしないと無理だわ、そしてこの物語、めちゃくちゃ面白いわ」となってるはずなのでオススメ。金ってありとあらゆるものに左右するし、容易く人の絶望と歓喜を引き起こせるから物語装置として非常に優秀なんですけどあんまり扱われないので残念。

とまあ他に書くこともないので、また次月〜

森博嗣・泣き虫弱虫・グッデイ

話のまくら

さあさあさあ2014年11月も本日で終了になりましてとうとう2014年最後の月へと移行してしまう今日この頃みなさんいかがお過ごしでしょうか。僕はといえば今年はゆっくりと休養をとってぜんぜん働かなかったので元気いっぱいだし2014年11月はフィクション面で本が充実していて最高の月になりました。一方でニュース面として雑誌ではあのSFマガジンとミステリマガジンが月刊から隔月刊化するなど雑誌の状況を語る上では外せないトピックが話題にあがったりもしました。塩澤編集長のTwitterを見る限りでは、SFマガジンなどは黒字だったということなので採算がとれなくなった──雑誌の終りだーー!! という流れではなさそうですが、まあ企業なのでいろいろあるんでしょう。

さて、11月も終りなので冬木月報です。冬木月報とは僕がその月に読んだあらゆるジャンルの中からめぼしいものをピックアップして一記事にまとめて紹介してしまおうとする企画です。今月はさっき言ったようにフィクション面で作品が充実していたわけですが、ノンフィクションもめぼしいものがなかったわけではなく、マンガは傑作が出たし、映画もインターステラーにFURYと話題作が目白押しな感じ。年末に向けて徐々にボルテージが上がってきましたね。本読みからすればこの年末シーズンから年始にかけてのタイミングは、各読書家が1年のベストを発表し始める時期なので忙しい時期なのです。僕は発表しませんけど。

フィクション

今月はフィクションが充実しているのでどこから紹介したものやら……。とりあえず森博嗣さんのXシリーズ最新作『サイタ×サイタ』が出ました。サイタ×サイタ (講談社ノベルス) by 森博嗣 - 基本読書 まあ広義のミステリというのかな。シリーズ物なので、いきなりここから読み始める人もなかなかいないでしょうが、別にこれから読んでも問題があるわけではありません。『すべてがFになる』がドラマ化してアニメ化も決定ということで、盛り上がっているので、『すべてがFになる』から読んでみてもいいんじゃないでしょうか(サイタ☓サイタはすべてがFになると同じ世界観なので)。このXシリーズの良さは古典的な殺人事件(放火魔とか、旧家で起こった殺人事件とか、マジシャンとかとか)を現代的な割り切った価値観で捉え直していくような部分で、古さと新しさの混在具合が楽しいんですよね。このサイタ☓サイタに限って言えば、普通の人間が持っている不可解さみたいな部分に踏み込んでいて面白いです。

サイタ×サイタ (講談社ノベルス)

サイタ×サイタ (講談社ノベルス)

もいっこジャンル的に一般向けと言えそうな作品でオススメはハケンアニメ! by 辻村深月 - 基本読書 。こっちはananで連載していた、アニメ業界で働く3人の女性をおった物語。男女平等が叫ばれるようになって久しい昨今ではあるけれども、いまだに女性差別は絶えない。というか、している方も気がついていないことがあるし、それだけ根が深い問題なのですよ。結婚しないの? 子供持たないの? 子供持ったら今度は仕事するのは女の仕事だろ? みたいな空気がいまだにある。そんな中アニメ業界は割合女性が自由に働いているイメージがある。僕は別に業界の人間でもないから、本当にただのイメージだけど、監督やプロデューサーなど重要なポストについている女性も多いし、アニメーターのような末端のレベルでも評判になるのも男ばかりではない。

極端な低賃金・重労働で稼ぐ必要性が一般的にあるとみなされている男が駆逐されていった結果といえる部分もあるのかもしれないが、「働く女性を書こう」とした時、業界として目の付け所的には大変新しく適切で、また中身も取材を積み重ねまっとうにアニメ業界を描いているように思う。著者自身が過去にクリエイター物を書いていることもあって、物をつくる、中でも大衆へ向けてエンターテイメント作品を集団でつくりあげるっていうのはどういうことなのかを見事に書きあげている、良作であり力作だと感じた。

ハケンアニメ!

ハケンアニメ!

えーとあとフィクションだと宇宙人相場 (ハヤカワ文庫 JA シ 4-3) by 芝村裕吏 - 基本読書 にエウロペアナ: 二〇世紀史概説 (エクス・リブリス) by パトリクオウジェドニーク - 基本読書 とそれぞれ一癖も二癖もあるものが揃っていて本当に良作揃いなのだけどとりあえずこれを紹介しないと始まらないというのが先日第四部が出た泣き虫弱虫諸葛孔明 by 酒見賢一 - 基本読書 だ。これはねー、反応がにぶいねー。僕がわりとジャンル越境的にSFもノンフィクションも歴史もミステリも何でも読むからかもしれないが、読書において自分が好むジャンルを明確に決めている人が多い。たとえば自分はいったん「SF者だから」と決めてしまうと、SF以外の部分に手を伸ばすのが億劫になったりする。

それが悪いことだとは思わない。膨大な量出る本を、片っ端から読むなんて誰にもできないのだから、自分がカバーできる、自分が好みだと思う部分に投資するのは理にかなっている。でも、たとえばSFが好きだったとして、自分が好きなその「SF性」みたいなものはいったいどこにあるんだろうと改めて考えなおしてみると、意外とジャンルを越境してもどこにでもそのSF性が宿っていることを発見したりする。もちろんこれはただの一例だけれども、ようは楽しさの芽はどこにでも広がっているのだから、ジャンル越境的に楽しさの芽を探してみることで自身の楽しさもまた拡張していくものではないだろうか。僕のブログはふだんそれぞれを点として紹介しているけれど、この冬木月報では点を越境して他の部分に興味が出るように紹介していけたらと(かすかに)思っている。

前置きが長くなったが、弱虫泣き虫諸葛孔明は読んでいて笑い転げながら読めるマジで面白い三国志物語であり同時に三国志批評なのでこれまであんまり歴史小説とか手を出したことがない……って場合に目を向けてもらえたらなと思いますね。我々は歴史とは過去に起こったことなのであり、ついつい「確定した事象」がそこにあると思ってしまいがちだけれども、実際にはつたない記録から起こった事象をなんとか説明付けたり解釈しようとするフィクションの読みみたいな能力が必要になってくる分野で、それが小説になると多様な作家解釈がうまれてくるので同じ話をいろんな作家の変奏でなんど読んでも面白いのです。

泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)

ノンフィクション

さあ、フィクションはいったん切り上げてノンフィクションの方に行こう。とりあえず最初にこれ⇒エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義 by リチャード・A.ムラー - 基本読書 選挙に行くときなど、政策がよくわからないということがあるだろうと思う。我々は普段仕事をしたり学校にいったりあるいは遊びほうけてごろごろしているわけですべてにおいて正しい政策なんて調べようがない。なのでせめて国家の行方を決める重要ないくつかの部分についてだけ、ピンポイントで知識を付けておきたいと思う。重要な部分も経済、医療、仕事、国際経済とそれだけで大事になってしまうが中でもエネルギー問題はそのほとんどの部分に関わってくる要素なので、単純な数字だけでも抑えておくといいだろう。原発のコスト、自然エネルギーのコストと将来の見込み、天然ガスが実際どれだけ使えるのかなどなど。本書一冊を読めばある程度把握できるようになっている。

エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義

エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義

あとはおもしろ読み物系では見てしまう人びと:幻覚の脳科学 by オリヴァー・サックス - 基本読書 はさらさらと読めて面白い。幻覚や幻聴といった事象がいかに容易くおきて、それがどのような症例となってあらわれるのかを実際の症例をもとに書き上げていく。なかでも面白いのはオリヴァー・サックス自身がLSDなどをやって完全にトリップしているときの描写。このじーさん完全にトリップしてるぜ、おい。別にこれを読んだからといって我々が何か仕事に役に立ったり、明日から世界の観方が変わったりするわけではないけれども、けらけら笑って脳の不思議を楽しむことができるので良い。
見てしまう人びと:幻覚の脳科学

見てしまう人びと:幻覚の脳科学

孤独の価値 (幻冬舎新書) by 森博嗣 - 基本読書 はさきほど紹介した小説とは別に出された新書本。本人はほぼ隠居状態で一日一時間しか仕事しないし人ともほぼ会わずメールだけで済ませ電車にもしばらく乗っていないという引きこもりだがいまだに一ヶ月に二冊本が出たりする。年間をとおして、文庫化などのぞいて5冊も6冊も本が出るから隠居とは何なのかという感じなのだが、この『孤独の価値』はそんな引きこもった人間が出してくる、あえて孤独に価値を見出してみようという本である。僕は正直いってこの本を読む前から一人が大好きで誰とも会わずに引きこもるのが人生の目標のような人間だから真新しい内容はなかったが、孤独を単純に悪いものだ、できれば孤独にはなりたくないと思っている人は読んでみるといいかもしれない。
孤独の価値 (幻冬舎新書)

孤独の価値 (幻冬舎新書)

マンガ・ライトノベル

マンガはまた良い1巻完結物がある。僕がブログで紹介するのは基本1〜4巻ぐらいまでで完結するものが多いが(何十巻も続けられても読めないし家におけないよ)、今回の2冊はそれぞれ傾向が違う良い本だ。1冊目はドミトリーともきんす by 高野文子 - 基本読書 架空の寮に日本を代表する科学者の4人が住んでいるという設定。それぞれの科学者が書いた本の軽い紹介と人柄をあらわすエピソードをマンガにしているのだが、これがまた短いページ数の中で科学者の思考のエッセンスを抽出していてとてもいい。本作はそれぞれの科学者がやってきた業績の解説ではない。それぞれが持っていた不思議に思う気持ち、そして解明へと向かっていく気持ちそのもののマンガ化になっている。

絵が、マンガがこうやってウマく描けるのはいいなぁ、うらやましいなぁと思うばかりだった。実は僕も絵でレビュー・書評が書きたいと思って今年はけっこう絵の練習をしていたんだけど、そもそも絵を描くことを好きになれないし、そのせいでぜんぜんうまくならないしでいったん中断してしまった。高野文子さんのレベルは不可能にしても、自分なりにいつか文章だけのレビューに別方向から迫る感じで絵の表現も追加できたらと思うんだけど。まあ今後五年とか十年とかの課題としておこう。

ドミトリーともきんす

ドミトリーともきんす

もう一作はグッデイ (ビームコミックス) by 須藤真澄 - 基本読書 で、こっちは連作短編集となる。この世に一組だけ、明日死ぬ人間がたまご型に見える組み合わせが存在する世界のお話。死ぬことを運良く教えてもらった死ぬ当人、またその家族は、いかにしてその生を終えるのか。悲しい雰囲気のマンガではなく、かといって死の肯定というわけでもなく、これまで生きてきたこと、そして死にゆく生だとしてもそれ自体を肯定しようという気概に満ちていて、死を扱っているのも関わらずその雰囲気は一貫して朗らかだ。死にこんな書き方があったのか、と新鮮な気持ちで読めるマンガ。構成もウマく最後は泣く。
グッデイ (ビームコミックス)

グッデイ (ビームコミックス)

ライトノベルの方では至道流星さんの新シリーズがはじまった。なんとファンタジー(架空戦記)。フォルセス公国戦記 ―黄金の剣姫と鋼の策士― (富士見ファンタジア文庫) by 至道流星 - 基本ライトノベル 至道流星さんといえばやはり個人的には前代未聞の傑作である羽月莉音の帝国 - 基本読書 や大日本サムライガールの印象が強く、現代政治・経済に偏っていたのだが歴史もいけたのか、と驚いた。魔法が出てくるわけではないが相変わらず国が経済合理性によって動くさまがしっかりと書かれ、交渉・外交もそれを前提に動くのでライトノベルのファンタジーってどうせおままごとみたいな描写じゃん みたいな人も一読の価値はあると思う。ただそれぞれのキャラクタに能力値と固有スキル(政治75以下の相手と100パーセント交渉を成立させるなど)が設定されていて、その辺のゲーム的な部分が受け入れられるかどうかは人によると思う。面白い部分ではあるんだけど。
フォルセス公国戦記 ―黄金の剣姫と鋼の策士― (富士見ファンタジア文庫)

フォルセス公国戦記 ―黄金の剣姫と鋼の策士― (富士見ファンタジア文庫)

2014年11月あとがき

いやあこうして振り返ってみると今月もたくさん読んだなあ……。今は講談社新書の『はやぶさ2の真実』を読んでいます。現時点ではまだはやぶさ2は飛んでおらず、12月3日以後に打ち上げも延期中。はたして未来視点からみたときにはやぶさ2はちゃんと飛んでいるんだろうか……。あと伊坂幸太郎と阿部和重がコンビを組んだ『キャプテンサンダーボルト』も読み中。こっちは若干不安になる出だしだけど、この後面白くなってくれるんだろうな……。来月もまた面白い本がぽんぽん出る予定だし、今から楽しみ。

しかし今回読んでいる中ではKindleで出ているものも多いですね。森博嗣さんの本もそうだし、『グッデイ』とかはKindleで買ってるし。『グッデイ』はTwitterで⇒旅烏(朝雲は本当にあったんだ!)さんはTwitterを使っています: "須藤真澄「グッデイ」を読了。 "めちゃくちゃ褒めているのを発見して、即座にAmazon見に行ったらKindle版が出ていて、それで深夜12時とかに買って読んですぐに感想を伝えられて、ああ、世の中こんな速度で動いてたら何もかも早くなってしょうがないよなあとしみじみ思ったり。キャプテンサンダーボルトも、読みたいな、本屋に行こうかなと思ってAmazonみたらKindleで出てたのですぐに読み始めちゃいましたしね。欲望と現物の距離が近すぎる時代です。

まあそんな感じで。また来月。

島津戦記・パラフィクション・エボラ

先月に引き続きコールドスナップ・対談集・未必のマクベス - 基本読書 2014年10月も終了致しましたので月報のような形で月を振り返っていこうと思います。10月もいろいろ読みましたけど、フィクションよりもノンフィクションが強かったんじゃないかなと思いながら何を読んだかざっと振り返ってみたら小説もヘビィな物を読んでました。漫画はヴィンランド・サガの新刊やドリフターズの新刊という鉄板すぎる鉄板が出て、浅野いにお氏の新作も出るなど大御所がばんばん新刊を出す素晴らしい月だ。読書とは関係ないものの追加緩和の決定にエボラの拡散と現実も賑わっております。

というわけで冬木月報……に入る前に今読んでいるのはリチャード・ムラーのエネルギー問題入門でこれは面白い。次世代の大統領に向けての授業という体裁なので、君たち、軽挙妄動して国家を彷徨わせてはいけないよとえらく慎重に各種問題を取り上げていってくれます。福島原発のあの事故の再検討から、原油流出のような現代的なテーマも扱っているので今読むのが良さそうな一冊だ。これはまあ読み終えたらちゃんと記事を書きますね。

フィクションとか

10月で特に小説をピックアップするなら鹿の王 by 上橋菜穂子 - 基本読書島津戦記 by 新城カズマ - 基本読書環八イレギュラーズ by 佐伯瑠伽 - 基本読書あたりが特に良かった。前の二つは日本ファンタジー作家のドン上橋菜穂子にベテラン作家新城カズマの作品ということで鉄板ともいえるのだが、環八イレギュラーズの著者佐伯瑠伽さんはこれがデビュー作にして明確に新しく、高いレベルで安定していて先が気になる作家です。前者二人についても「ベテランだから鉄板」と軽く流せるようなこれまで通りの作品ではなく、それぞれ挑戦的な内容。

鹿の王は架空世界における架空の病気が蔓延していくさまを危機感たっぷりに描いていき、いかにして患者を隔離するのか、いかにして病を特定し、抗体を作るのかと現代でやったとしても大変に困難であろう「病気との科学的かつ実際的な現場の戦い」を描いていく。こう書いていくと結構簡単そうに聞こえるかもしれないが、病はあそこに敵がいるぞー! たたけー!! といって殲滅させられるものではない。鹿か? 犬か? 蚊か? 感染はどのような経路で発生しているのか? そこまででも膨大な手間がかかるのに今度は病が変化してこれまで通りの手段で防御できなくなることへの対抗策や薬が誰にでもきくのか、拒否反応が出る人間はいないのか、といった細かい検証も必要とされていく。

そこまでやっても完全に消滅させられる病ばかりでもない。ようは病を主軸にして物語を書く、それも「ちゃんと病を書く」ということは、割り切れない領域へ踏み込んでいくことだ。本作はそうした非常に書きにくい部分に突撃し、見事にやり遂げている。作品を重ねてなおこれだけ挑戦的な内容を重ねていく上橋菜穂子という作家の凄味を感じる一冊だ(上下巻だから二冊だが)。

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐

鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐

鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐

一方島津戦記はこれまでどちらかといえば現代物やSF方面に寄った仕事をしてきた新城カズマが出してきた戦記物。戦記物のウリであるはずの戦闘描写や個々人の心情によりそって盛り上がりどころを描いていく常套手段をほとんど使わずに、「世界史の中での日本戦国記(島津記)」とでもいうべき作品世界を形作っていく。どういうことか? たとえば日本に住んでいる人間の生活は、日本の中だけで完結しているわけではなく、各国の需要と供給、戦争状況などなど多くの思惑のうねりの中で構築されていく。それは戦国時代においても例外ではなく、世界経済の影響力の中に日本も存在している。

日本の武将も、国内でどんぱちばかりしていたわけではなくグローバルな視点を持って需要と供給、それぞれの国の動きを見据えて行動を決定できる者達がいた。本作はこうした「世界の大きなうねりの中での日本」としての視点を島津を中心として練り上げていく。ひどくあっさりとした作品のように思えるかもしれないが、そこには歴史の大きな変動を切り取った興奮と、否が応でも振り回されていく個人と、それでも成すべきことを成そうと舵をとる奮闘がある。

島津戦記

島津戦記

ベテランに対抗するように新人作家の作品も紹介していこう。環八イレギュラーズは先に書いたように新人のデビュー作。直球ファンタジー、戦記物とそれぞればらばらの物を紹介してきたがこれは青春SF物だ。それも物語自体はひどく古典的なもので、犯罪者地球外生命体が地球にやってきて、それを追ってきた刑事地球外生命体も地球に降り立って、とある事情から自閉症男子をのっとってしまう。自閉症男子の兄弟、幼なじみの女の子、ふとしたきっかけから関わることになった同じ学校の女子が刑事に協力して悪い宇宙人をとっちめてやる! というだけの話で、ここだけ読むとえらく古臭く感じてしまうが中身は古典的なプロットがかすむぐらい新しい。

まどか☆マギカが独白の中でたとえとして用いられるし、刑事に味方する学生側は問題整理、状況判断が的確で決断スピードがとんでもなく速い。まるで有名企業のコンサルがきて改善提案を仕掛けてくるようなスピード感だ。古典的なストーリーだが、現代の学生は当然そうした古典的なストーリーを把握しているわけで、「はいはい20億の針ね」といった感じで、あっという間にその辺の面倒くさいやりとりはスルーされ実際的な問題の検討にうつっていってしまう。今日的リアリティとでもいうべきか……速さも含めてあっけにとられているうちに展開はあれよあれよというまに大きくなって小説ならではの規模の大きさになっていく、エネルギィの感じられる作品だ。

環八イレギュラーズ

環八イレギュラーズ

小説は他にもヴィクラム・ラルの狭間の世界 by M.G.ヴァッサンジ - 基本読書が傑作だったけど紹介しづらい。興味があったら記事を読んでみてちょ。引用した部分だけでも「これはすげえ」と思えた人ならたぶんハマる。

ノンフィクションとか

さて、ノンフィクションもまた良策揃いだった。たとえばあなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生 by 佐々木敦 - 基本読書 は書くことを前景化させるメタフィクションに対して、読者を物語内に取り込むような小説をさしてパラフィクションと名付け、作品論を展開していく一冊だ。論としては面白くても作品とどのように繋がっているのかいまいちわからないし、10ページ読むごとに新しい哲学者や批評家の名前があがるような批評とは違い作品に寄り添った論を展開しているよい一冊だと思う。

あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生

あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生

またビジネス方面ではピクサー流 創造するちから by エド・キャットムル,エイミー・ワラス - 基本読書 が良書。ピクサー共同創設者にして現ピクサー・アニメーション/ディズニー・アニメーション社長であるエド・キャットムルによって書かれて(語られて?)構成された本になる。この本の強いところはエド・キャットムルが采配をふるい出してから明確にディズニーアニメーションの質が変わって、ピクサーの出すアニメが興行成績にそれぞれ差はあるものの、クォリティという意味では常に安定しているところにあるだろう。そうした「結果を出している男」なのだから、やはりそこには秘密があるのではないか? と思わされてしまう。実際単純な方法論に落とし込まず、問題をもぐらたたきのように叩き続けていくスタイルには説得力があった。
ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

  • 作者: エド・キャットムル著,エイミー・ワラス著,石原薫訳
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2014/10/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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科学ノンフィクション方面では、やはりこれを外すわけにはいくまい。ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々 by リチャード・プレストン - 基本読書 1994年に出たものの復刊だが、今、我々の置かれている現状を考えると、まさに今こそ読むべき一冊だろう。エボラが初めて地球上で確認された時の騒動と、それがいかにして鎮圧されたのかの詳細なレポート。そしてその後も何度も現れては消えていくエボラ出血熱と人類の戦い、エボラ出血熱に対峙したとき人は何を思うのかまで追っている。誇張気味に書いているところはあるし、小説のように書かれている事は正確性の面で疑問が残るが、エボラ出血熱とは何なのかを知る為には良い。
ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

他には赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) by マット・リドレー - 基本読書 は同じく1995年に出たものの文庫化だが今日でもなお衝撃をもって性差がなぜ存在しているのか、男女の違いによってどんな戦略差が存在しているのかを明快に教えてくれる。なぜ動物にオスとメスがいるんだろう? 雌雄同体だったら出会う相手が全部潜在的な交尾相手になりえるのに、とあまりにも当たり前でなかなか改めて問いかけないことを問いなおしてくれる刺激的な内容だ。異性の基本傾向の背後にある生存原理を知れば、より協調行動をとりやすくなるだろう。
赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

漫画とかライトノベルとか

漫画では特に楽しみにしていた『ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)』が出た。いやあ、出たら確実におもしろいとわかっている漫画が出る、こんなに嬉しいことはない。そして内容は新章突入だが、これがまたとんでもなく面白い。特に『小さな入り江に生まれて 父さんと母さんと兄弟たちと羊と家 「世界」といえばそれで全部と思ってた でもときどき 「世界」の外から船が来る』 というグズリーズの独白から始まる106話は、レイフが砂浜に「世界」を書いていくことで「自分の中の矮小な世界が一瞬にして広大な世界認識に置き換えられていく」衝撃をありありと描いていて、涙がとまらなかった。僕も又そうした衝撃を数々のSFから受けてきたからだ。

ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)

ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)

続き物以外でいえば浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 1』が出た。凄いタイトルセンスだな。ぜんぜんタイトル名覚えられないけどインパクトはある。不景気で、職がないかあったとしても社畜しかいない、そんななんともいいようがない「希望のなさ」や家に帰ってからも続くSNSでの人間関係のやりとりやまるで現実と乖離して行われるネット上の人間の罵り合いを見ている時の「雰囲気」としか表現できない気分を実に見事に切り取っていく。明快な震災のメタファーとしてやってくる 『侵略者』の巨大な『母艦』が東京へ舞い降りてくる描写など、読んでいてあっと息を飲むような衝撃で、いやーいいですねー。

ただ多少気になるのはここで描かれている女子校生の「気分」ってどれぐらい正確なものなんだろうなと。僕は割合共感でもって読んでいたけれど、僕の高校生活はなにぶん10年ぐらい前なので今とはだいぶ違うんではなかろうか。作中にも古市さんの『絶望の国の幸福な若者たち』が出てきていたりして、なんかこういう本に書いていることがそのまんま反映されているようにも見えて、もにょった。漫画の中に自然にSNSでのやりとりを挿入していくなど、テクニカルなんですけどね。

あと漫画ではまだ単行本が発売されていないのだが、ジャンプでずっと楽しみに読んでいるから紹介したいものが一作。『僕のヒーローアカデミア』がたいへん素晴らしい。いやー、多対多の能力バトルって、冨樫先生ですらそんなに書かない漫画表現上の難易度激高なジャンルだと思うんですけど、それを見事に書いている、少なくとも今のところは。多対多の能力バトル物をまともに書こうと思ったら『戦闘破壊学園ダンゲロス』のように原作を小説か他者に委ねるか、はたまたワールドトリガーのように全員の能力を均一にして一部に特殊能力を付与して集団戦を描くかがまあ安全だろうと思っていましたが、まさか週刊連載のフィールド、しかも原作もつけずにこれだけのクォリティで書き続けるとは驚きの作品。
僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

ライトノベルもいろいろ出ているがシリーズ物で買ったのはクロックワーク・プラネットの3巻だけかな。これは昨日出たばかりなのでまだ読んでない。けど分厚くて面白そうだ。シリーズ以外でいえば海羽超史郎『バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)』が……語り口がカッコイイ言葉覚えたてであらゆる場面でその言葉を使っちゃう意識高い中学二年生みたいな感じで最悪なのだが、まあ一読の価値はあった。著者がいうところの『「メモリにでたらめなビットを並べていったら、どこかで偶然PC自体がバグる」みたいな話に近い』といった感じで、まあめちゃくちゃなんだな。バベルの図書館・セルオートマトン・ヒルベルトの連続体仮説とそれぞれ別個の概念を組み合わせた、ごっちゃごっちゃの概念をなんだかよくわからんと思って読み進めても「どこかで偶然PC自体がバグる」みたいな結論にしか出会わない。面白く読むために読者側の努力と意識高い中学二年生語りへの忍耐が必要とされるが、その二つを持ち合わせていれば得るものはある。
バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)

バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)

あとは西尾維新さんの最新シリーズ掟上今日子の備忘録 by 西尾維新 - 基本読書 も出ましたね。こちらはもう大々的な売り出し方で、Kindle版まで同時発売しちゃって気合が入ってます。内容的にも学生ばかりを主人公にしてきたこれまでの作風とは少々変えてきて、出てくる人間がみなフリーターかちゃんと職についている! 西尾維新さんは若くして文筆業に入っているのでまあまともな職業の人間なんて書けるはずがないのですがフリーターと探偵ならなんとかいけるとふんだのでしょう。実際過去に出した同じような路線の『難民探偵』と比べると、そう違和感はない。どうもいろんな個性を兼ね揃えた清涼院流水的名探偵がたくさんいる世界観のようなので、次作以後どのような展開をするのか非常に気になるところです。
掟上今日子の備忘録

掟上今日子の備忘録

月報あとがき

とまあざっくり振り返ってきたけれど。守備範囲が広いからか、毎月毎月物凄い新刊が出ていてあっぷあっぷしているうちに終わってしまう。ボスラッシュみたいな。新城カズマ氏の新刊に上橋菜穂子さんの新刊が重なるんだもんなー。漫画も本当はいろいろ読んでいて語りたい部分もあるんだけれども。ワールドトリガーとかね。改めて読んでみると大変おもしろい漫画ですねあれ。あとアニメ化しているラノベとか一応一通り手を出してはいるんだけどあんまりピンとくるものがない。アニメ化するレベルで人気のあるものが理解できなくなってしまったらもう恥ずかしくてレビューもできませんな。感覚がメイン層とズレてきているということですから。

余談としてだけれども今月は読書会を行いました。誰得読書会『NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション』開催レポート - 基本読書 いやー楽しかったなー。楽しかったけど8人でぶっ続けでしゃべり続けると大変疲れる。脳みそもぎゅんぎゅん働く。恐らく今年はもうやらないと思うけれど(やりたいアンソロジーもないしね)、たまには飲み会みたいな形でだらだらと喋りたいなとも思いました。では余談もこんなところで。

コールドスナップ・対談集・未必のマクベス

Cakesの連載の中で僕が一番楽しみにしているものがあって(まあ有料には入ってないんだけど……)、それは新・山形月報! なのだ。⇒新・山形月報!|山形浩生|cakes(ケイクス) 一ヶ月に一回だったり二回だったり不定期ではあるのだが、一回一回手短に様々な本が紹介されていて、毎回適当に見繕って読んでいる。僕はあまりネットをみないのでいわゆる書評系で定期的にみているのは山形さんのところだけなのだけど、このざっくりといろんな本が一気に紹介されるこのスタイルはいいなと思った。いいなと思ったのでパクらせてもらおう。

というわけで冬木月報です(記事タイトルまでパクってそこまでパクるのか)。とりあえず月の終わりに、その月に読んだ本の中からめぼしいものをピックアップしていこうと思う。来月やっているかは謎。基本的には面白いものしかブログで紹介していないつもりなんだけど、まあ中にはこぼれ落ちるものなどいろいろあるので、その辺絡めていきたい。

とりあえず今読んでいるのは上橋菜穂子さんの『鹿の王』ですね。あとちょっとのところで止まってしまっている。出だしは物凄く面白くて、わくわくして、中盤も普通に面白いんだけど、うーん。さまざまな要素がうまく結合していない印象を受けてしまう。ちゃんと最後うまくいくんだろうか? というところが怖くて、なんだか読み進められないでいる。まあこれは明日辺りには読み終えるだろうからいいか。

フィクションとか

既に記事に書いたものの中でピックアップするなら記事のタイトルにもしたコールドスナップ・対談集・未必のマクベスあたりだろうか。コールド・スナップ by トム・ジョーンズ - 基本読書 読み終えた後、トム・ジョーンズはシンプルに凄いな、と思って、村上春樹が過去にトム・ジョーンズに言及している本をわざわざ取り寄せて読んだりしてしまった。村上春樹はトム・ジョーンズにパーティで会ったことがあるらしいのだ。遠目から見ても明らかにカタギではなく、編集者からも良い作家ではあるがあいつは異常であるといわれ、パーティで謎の紙袋を大事そうに抱えている、糖尿病患者でもある。

コールド・スナップ

コールド・スナップ

まあそういう周囲からみておかしな、まっとうに道を踏み外してしまっているような人ではあるようなのだけど、それを反映してか作品には強烈に「まっとうに生きられねえ人間がいかにしてやり過ごすのか」が書かれていて、そういう侘びしさはどこか気持ちいいなと思うのだった。自虐的な前向きさとでも言い換えられるだろうか。そんな毎日ポジティブでいられないし、そりゃあクスリにズブズブと溺れて行ったりすることだってあるさねというやるせなさにあふれているのだ。

次は対談集にいこう。これは主には『西尾維新対談集 本題 - 基本読書』と『あのひととここだけのおしゃべり―よしながふみ対談集 (白泉社文庫) by よしながふみ - 基本読書 』になる。西尾維新対談集は、なんというか、改めて他の作家と西尾維新を見比べてみると「あ、やっぱりこの人異常な人なんだな」というのがよくわかっていい。なんか、西尾維新さんは極々普通に、どんどん作品を送り出してくるからこっちもあ、これは普通なんじゃないかな? とちょっと麻痺しちゃうんだよね。ものすごい勢いで作品を執筆されて、こっちもやれやれまた出たのかなんていいながら買って読んでいるけど、一日のノルマ二万文字なんていうのはちょっと尋常じゃない。しかも別に書こうと思えば五万でも六万でも書けるけど、あえて二万におさえているんだよねみたいなノリなのだ。

人類の小説史においてもそんな速度で執筆を続けた作家はいないのではないだろうか。そらまあほんのちょっと前までは手書きだったんだからそんなヤツがいるはずがないし、パソコン全盛の時代になってから西尾維新さんぐらいの執筆速度を出せる人は何人もいると思う(十文字青さんとか、森博嗣さんとかは筆が速いですよね)。それでもこの速度を安定してデビューから出し続けているのはちょっと尋常じゃない。

まあ速けりゃあいいのかといえばそんなこともなく、確かに西尾維新さんの作品ってものすげえ文章の滑りはいいんだけどよくよく読んでみると恐ろしく空虚だったりするので(名言集とか読むとあれれこんなにスカスカだったっけと目が覚める)速いのも良し悪しがあるだろうと思う。実際この対談集の中でも西尾維新はそうした筆の速さを「弱点でもある」と認識している。西尾維新対談集はそうした作家の視点の面白さもあれど、ちょっとこの人やっぱおかしいよというのが実感できてよかった。

西尾維新対談集 本題

西尾維新対談集 本題

  • 作者: 西尾維新,木村俊介,荒川弘,羽海野チカ,小林賢太郎,辻村深月,堀江敏幸,講談社BOX
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/09/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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よしながふみ対談集は新刊ではないのだけど(文庫が去年出た)、対談集繋がりで。BLや少女漫画、フェミニズムについてなどいろいろ語っていて、欠けていた視点を完全に埋めてもらったようなスカッとする気持ちよさがあった。ようは評論家やなんかやたらとご高説を語る人って大抵ものすげえおっさんだったりおじいさんだったりで、女性の批評家ってあんまり見ないんですよね。BLとかもよくわからんおっさんがよくわからん理論と結びつけてブームに説明付けたりして「えーどうなのーそれー」と思うことばかりだけど、女性側からのカウンターパンチとして面白く読みました、はい。

次に『未必のマクベス』未必のマクベス by 早瀬耕 - 基本読書 これは早川書房の塩澤氏が事前にゲラを配っていて読んだ一冊。本当に面白く読んだので今月では唯一オススメタグまでつけてしまった。もちろんゲラをもらったことでものすごーく贔屓目に見ていることは否定できないけど、でも凄く面白い小説だと思いますよ。ぎゅっとコントロールされて、完全に自分のスタイルを構築していて、二作目にも関わらず成熟を感じさせる文体だ。ラブ・ロマンス的な部分と、割り切られた思考のバランスなんかは僕には森博嗣作品を彷彿とさせる。

見ている限りではゲラをもらった人の反応しか見えてこなくて、ありゃりゃ、まあさすがになんの賞もとってなくて、ずっと前に一作を出しただけのほぼ無名の人の新刊だとこんな感じになってしまうのか……と悲しくなってしまったけど。出来からいえばもっと話題になってもいいんだけどなー、分類しづらい作品だし、プッシュもなかなかしづらいのかもしれない。だからせめてこういうところで取り上げていこう。

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

また前作『グリフォンズ・ガーデン』は1992年に出たものであり、こっちも物凄く面白い。エンタメ的な盛り上がりは皆無ではあるものの、ノンフィクション的な情報が編み物のように物語に連結していく語りの面白さ。そして突き抜けて理想的で笑ってしまうような男女のやりとりだけでも充分間が持っている。未必のマクベスの頃から20年以上たっているわけだが、女性の非現実さは対して変わっておらず、なんかこういうものは変わらないもんだなと変な納得をしたりもした。そうだよね、村上春樹の書く女性だって最初からずっとなんだかよくわからないうちに自然に男と寝て、いつのまにか去っていくものだし。たとえば突然女性の書き方が変わっていったりなんかしたら「ああ、きっとなにか嫌なことがあったんだろうな……」とか邪推をしてしまいそうだ。

ノンフィクションとか

小説関連からちょっとノンフィクション方面に話をふってみると、こっちはこっちでなかなかの充実っぷりだった。『経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学 by ポール・J・ザック - 基本読書』は、信頼や共感がオキシトシンの分泌量によってある程度コントロールされてるんじゃねーの? という本だ。オキシトシンを意図的に混入させてやれば人は自分と異なる政治信条を持つ相手や、到底相容れないような相手にも一種の共感を覚えるようになる。人類全体にこのオキシトシンをえーいと注入してやりゃあ戦争はなくなるんじゃねーのと思うが、まあそんなことムリだろうね。

経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学

経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学

相手からオキシトシンを引き出すためには、ハグするなどのボディタッチや直接吸引する以外にも相手に自分はあなたのことを信頼してますよというサインを出すことが有効らしい。もし「あの人には共感や信頼の能力が欠如している!」と思って怒ることがあるなら、信頼のサインを出してみたらどうだろうか。改善されるかもしれないし、改善されないかもしれない(5%の人は根本的にオキシトシンレベルが大層低い状態にあるらしい)。これについては経験的には割合正しいと思いますけどね。僕はだいたい自分に対してつらくあたってくる人にはむしろ二倍ぐらい親切にしたりするんですけど、たいていきみわるがって受け入れて仲良くなれることが多い。

政治・社会系では『地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)』あたりは良いと思った。ようは少子化が日本にどのような影響を与えるのかを数字ベースで見ていきますよという話なのだが、おおよそ日本で仕事に従事している働き盛りの世代なら、ユーザのほとんどが外国ユーザとかでないかぎり打撃を受けるのは当たり前なので、今のうちからうてる手はうつためにも状況を把握するのは必要だと思うんだよね。たとえばこのままいけば2050年には人口が9000万人ぐらいまで落ち込んでしまうわけだけど、日本人だけを相手に商売をしていたら何もしなくても商売相手が3000万人近く減っているわけだ。邦画なんか成り立たなくなっちゃうよ。

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)

マンガとかライトノベルとか

マンガはあまり買わないんだけど本日『ニッケルオデオン 青』が発売されました。道満晴明著作。ショート漫画集で、どれもコマ密度が高くなく、セリフも短くサラっと流されていくんだけど、余韻をひいて思考が一言から広がっていく。舞台も宇宙から童話的な場面、人間から非人間、ロボットから化け物と多種多様で、きっとこの人の視点や価値観はどこにも固定されずにふわふわとあたりを漂い続けているんだろうなと思うような自由さ。頭を切り開いて中がどうなっているかみてみたいですね。

絵もシンプルでそれでいて見飽きない魅力があり、話は毎度綺麗にストンと、ランディ・ジョンソンのスプリッタばりに落ちていく。鮮やかなりぃ。もう僕はこの人を超えるショート漫画が書ける人はこの先出てこないんじゃないかな? と思うぐらい惚れ込んでいる。いやもちろん一言でショート漫画といってもそこには無数のアプローチーがあり、一概にまとめてしまえるものではないんだけど。まあそれはおいといてのニッケルオデオン赤、ニッケルオデオン緑、ニッケルオデオン青と続いてきたニッケルオデオン三部作は、本当にどれも素晴らしかった。三冊で終わってしまうのが悔やまされる。でもまた書いてくれるはずだ。

ニッケルオデオン 青 (IKKI COMIX)

ニッケルオデオン 青 (IKKI COMIX)

同著者の別作品として『ヴォイニッチホテル』は連載中だが、こっちもさまざまな立場の人間が集まってくるホテルを書いた作品で今もっとも続巻を待ち望んでいるシリーズのひとつ。もうね、こんなにおもしろい作品を書く人間がいてもいいんだろうか? はじめてこの作家を知った時、そのあまりの才能にひれ伏して何冊も出ていたエロ漫画(水爆戦シリーズとか)を買い集めてしまったぐらいだ。シモネタ満載の四コマ漫画ぱら☆いぞなど転げまわる面白さなので興味があったらどれでもいいから手を出してみるといい。

漫画だと他にはサンデーからの刺客、『だがしかし』1巻も面白かった。駄菓子屋のオヤジを持つ男の子のところにすげーかわいい駄菓子の伝道師みたいな女の子がきて男の子に駄菓子屋を継がせようとする一話完結駄菓子紹介コメディ。ギャグが面白いとか、駄菓子がなつかしいとか、そういう感情は一切湧いてこないのだがとにかく出てくる女の子がみんなかわいくてぺらぺらと絵をめくって楽しんでいる。どのコマも決めゴマみたいに、女の子の身体がS字曲線やくねっとまがっているポーズを捉えていることが多いんだが、この1コマ1コマのこだわりが素晴らしいと思う。

だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

ライトノベルでは魔法科高校の劣等生の新刊が出たり神様のメモ帳が完結したりした、全9巻。神様のメモ帳、よい作品だったな。現実の難事件や問題を男の子がはったりとぺてんで解決していく話なのだが、池袋ウェストゲートパーク的な、社会のゴミ溜めみたいな人間が集まっている雰囲気が心地よくて、それが最後まで持続した良い作品だったと思う。ぺてんで解決していく流れは後の杉井光作品の基調にもなっていく流れではあるし、作家的にも重要な作品だっただろう。完結前に作品とは関係ない著者自身のトラブルが巻き起こってしまったけど、作品と関係ないところで悪くいうような人が出てくると実に残念な気持ちになりますね。
神様のメモ帳 (9) (電撃文庫)

神様のメモ帳 (9) (電撃文庫)

シリーズ物以外の新規開拓としては『絶深海のソラリス』、著者;らきるちが良かった。海洋能力バトル物という特殊な立ち位置に、ハンターハンターやテラフォーマーズ的な戦闘のシビアさを導入した作品で、文章で、一巻でやるにはいろいろと下敷きが足りねえ……と思うところはあるけど総じて期待の持てる一冊。ライトノベルは正直、既存シリーズや読んでいる作家の新シリーズを追っかけるのに忙しくて新規開拓がぜんぜんできてないんだけどこういうのがあるなら他にもいろいろ手を出してみてもいいかなという気分になる程度には面白い。
絶深海のソラリス (MF文庫J)

絶深海のソラリス (MF文庫J)

ざっくりとまとめてきたけどこんなところかな。ではまた次月。クールの終わりなので見ていたアニメについて語ってもよかったけど長くなるのでやめておきましょう。